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城から脱出して早3日が経過した。
休憩と夜寝る時以外は空を飛んで移動するというハード過ぎるスケジュールは、体力に少しは自信のあったタツキでさえ毎日ヘトヘトな状態になっていた。
しかも休憩と称して恋しい地上に降り立ったとしても、かなりの確率で魔物と呼ばれるバケモンに襲われる。
きっとルナイルの後ろにしがみ付いて隠れていた俺を見ても、誰も責められはしないと自負出来る程にはこの世界の戦闘というのは激しい。
恐らく魔法で地面が思い切り抉られたり、付近の大木が綺麗に切り取られたりへし折られたりなんて当たり前。
そんなやべー事を平然と行う魔物を倒すワッフルと、魔物の攻撃をちっさい短剣でいなすルナイルは更にやべーと思う。
俺の中の異世界の常識が着々と構築される中、同時に生き抜ける自信も消失していく気がするのは気のせいでは無いだろう。
そんな3日目夜の事だ。
いつも通りヘトヘトになりながら地面に横たわり、さて寝るかというタイミングで、ルナイルがガバっと起き上がり、ワッフルもグルルル…と威嚇の声を上げていた。
ああ、いつもの夜襲か…。
と感覚が早くも麻痺しているタツキはこのまま寝ようかなと一瞬考えたが少しだけ考えを改める。
流石にいつまでも紐のような生活を続ける訳にもいかないし今のところ何も役に立っていない。
ならば少しでも役に立つべく魔物の注意を引く位は出来ないかと考えた。
が、ノープラン。
今回の戦闘を見て、少し考えようとルナイル達から少し離れて戦闘をしっかり見ようとした。
様子がおかしい。
いつまで経っても魔物が来ない。
だがルナイルとワッフルは同じ方向を見て警戒している。
ならば魔物はそっちの方向にいる筈だ。
夜の森で視界がかなり悪いといっても、物音ひとつしないのはおかしく無いかと考えていたら。
瞬き一つの瞬間。
微かに見えた俺の背後から来る闇が俺を呑み込んだ。
声を上げる前に呑まれた俺は、ルナイルにもワッフルにも気付かれぬままに、その場から姿を消したのだった。
闇の中で俺は無我夢中にもがいてた。
まるで上下も分からない水の中を無闇に動く。
呼吸も出来るし苦しくもない。
もしかして俺は死んだのかとも思ったが何かそんな気がしない。
しかしまた脱出出来る気もしない。
動いても叫んでもこの闇が全てを飲み込んでしまっている。
『ギャハハハ!!!やっぱ思った通り面白え奴じゃねーか!!!』
闇の中からなんか下品な声が聞こえた。
甲高いおっさんみたいな声だ。
「お前の仕業か!出せ!!」
『良いぜ』
マジ?話がわかる奴っぽくて良いね。
ダメ元で叫んだ甲斐があるってもんだ
謎の声が聞こえてから少し経って、俺は空中に投げ出された。
飛び込み競技満点ぶりの回転をしながらそのまま地面に尻から着地した俺は、腰と尻が粉砕される感覚と共に叫んだ。
「あああああああああああああああ!!!!!」
『ブッ!!!ギャハハハハハハハ!!!ヒィー!!これ以上笑かすんじゃねェ!!ふぅ〜ッブ!!!』
この世界に来てから叫んでばかりな気がする。
だが痛いものは痛いし、怖いものは怖い。俺は普通の人間だ。
「もうちょい着地に対して気を使ってくれ…よ…」
腰と尻をさすりながら声の主に対して目を向けると、8つの目が俺を見ていた。
狼…だろうか、大きすぎて全体は見えないが、その目の付いた顔は犬の様な顔をしていることは分かった。
目の一つ一つが子供程の大きさがあり、一つ一つが赤、黄色、緑…と違う色で美しくもあるが余りに現実離れしすぎて何も感じない。
人間一人程度ひょいと食べられるであろう大きすぎる口からは涎が滴り落ち、下に水たまりを作っている。
夜なのに少し発光している全身は、全てを呑み込みそうな漆黒の色をしていた。
そんな化物が、俺を見ていた。
大爆笑しながら…。
『ん?ビビったか?ビビってるよな?腰抜かしてるもんな!!そりゃ仕方ネェ!!ギャハハハハ!!!』
笑うたびにヨダレが頭に掛かる。
相手のテンションに少し付いていけない。
いつもならテンションに乗っかって更にテンションを上げるだろうが相手が相手なだけになんか…上がらない。
『あぁ…まあいい。とにかく本題だぁ…。お前魔力無いだろ?』
また魔力の話か。この世界に来てからその話題しか振られていない。そんなに魔力無しが珍しいのかそんなに俺を煽りたいか!
なんて事は言えず、無言で頷く。
『いよっし!!最高だア!お前俺と契約しろ。お前しかいねえ!!!』
契約…?契約…。ワッフルみたいな?こいつと?
いやいやいや、絶対魂売り渡す系のやつやん。無理。無理でーす。
「因みに。断ったら?」
『食い殺す』
「……」
『なんてな。ビビった?ビビったよなァ!?ギャハハハ!!』
こいつなんだよ。キャラが掴めねえ。
『まあいい。ちょっと見てな』
そう言うと黒い渦が化物の身体に渦巻く。
俺でもわかる程に存在感と同時に渦がどんどんでかくなる。
黒い渦が化物の全身を覆った瞬間、渦が弾け、化物も居なくなった。
「…え?」
化物が居た場所に、ポツンと一本の剣が刺さっていた。
化物と同じ色の漆黒の剣。シンプルな見た目ではあるが、先ほどの存在感は健在だ。月の光を反射して綺麗に輝いている。
『これが俺だァ!!!ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』
「‥‥‥‥は???」
剣がしゃべった。化物が剣になってる!!すげえ!!けど
『もう一度言うぜ。俺と契約しろ。』
「絶対嫌」
『強情だなァ!いいねェ!!だが良いのかァ?今お前が判断を迷ってる間に連れの女が死ぬぜ?』
「…なんだって?」
『あの女それなりに強かったが、お前を探してる間にヤバい所に突っ込んでる。ありゃ死ぬぜ。』
「おい、どういう事だ!!」
『さてな、俺には関係ないしなァ?』
こいつ…ルナイルに何しやがった。
駄目だ。俺はどうなってもいいが、ルナイルは駄目だ。
あいつは俺なんかと違って酷い目に遭ってるんだ。あの少女には笑顔でいて欲しい。もっと…。
頭の中でルナイルの笑顔が思い返される。
キリっとした顔立ちなのに、ふと見せるあの笑顔がとても好きなのだ。
初めて会った時のあんな恨みのこもった目をさせたくは無い。
「糞!契約だ。そんで早く案内しろ。絶対だ。それでいいな!?」
『いいねェ!!待ってましたァ!!よし、それじゃ俺を握れ!そして念じろ!俺を認めると!!』
起き上がって直ぐ漆黒の剣を握る。
この糞野郎を認める…。認める?
認めてやる。糞野郎ってことをなあ!!!!
俺の身体に黒い渦が巻き起こる。
それはどんどん俺の身体に入ってくる。
不思議と心地よく、何故か安心出来る心地よさがこの黒い渦にはあった。
満たされるとはこの事か。力が湧く。何かを感じる。今まで無かったモノが手に入った感覚。
「うおおおおおおおおおおお!!!!」
渦が弾け飛ぶ。
『さあ、契約は成立だ。もう分かるだろ?あの女の場所が』
「ああ」
不思議だ。
不思議と気分が落ち着いている。
そして分かる。この森一帯の生物の魔力を感じる。
そしてルナイルの魔力が。ルナイルの周囲にいる大きな魔力も。
「すげえ」
『さあ行こうぜ相棒。ここからはお前が主役だ』
俺は一直線にルナイルの元に走り始めた。
闇を取り込む一筋の漆黒として。