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結構豪華な部屋に案内された俺はようやく自分の状況を整理する為の冷静さを取り戻していた。
そこで得た俺の結論は単純だった。
異世界にキタっぽい。
風見樹という男は困惑した。
夢には見たことがある。一度は行ってみたいなとも思ったことはある。
しかし、実際本当に異世界に来るとは本気で思っていなかった。
うんうんと唸っていると、ガチャリとドアが開いた。
麗しのお嬢様!…の後ろからゾロゾロと強面のおっさん登場。
俺は半笑いしか浮かべられない。
「さて、先ずは自己紹介をさせて貰おう。吾輩がこの国、ラージスの王であるドック・ウォン・ラージスだ。そなたには勇者としてこの国の、いやこの世界の脅威から救って欲しいのだ」
漫画だったらドドン!と表示されているであろう程のどや顔をしながら、お前断らないっしょ?という雰囲気を出し高圧的に話し掛けてくる自称王様。
ハッキリ言ってこいつは嫌いなタイプだ。断るという選択肢しか思い浮かばない。
俺にとっちゃ国がどうとか、世界がどうとか言われてもピンと来ないし、そもそも勇者だとか言われても俺に世界を救う力なんてあるわけない。一般人だ。
考える時間があったおかげで冷静になっている。
「ところで勇者殿、先ほどから魔力を隠されているようですが、そこまで警戒をされなくても大丈夫ですぞ」
取り巻きのちょび髭がはっはっはと軽く笑っているが笑えない。
そもそも魔力なんてものは無い。
こいつら俺に魔力があるのが当然だと思っているようだが、無いものは無い。
だから隠してるとか言われてもそんな事してねえ。
「いや、魔力でなくても異世界の方であるぞ?魔力ではなく他の特別な力があるに違いなかろうぞ」
そんなもの無いです。
あーやこーやとおっさん達が騒ぎ始め流石にうざくなって来てしまいとうとう俺は叫んでしまう。
「何もねえよ!!魔力とか異能の力とか!!ただの一般市民だっつーの!!いい加減にしろ!!」
シンッと一気に部屋の熱が冷える感覚が俺を襲った。
あ、これあかん奴や。
「何もない…?本当になにも無いと…?」
「馬鹿な。異世界の勇者の伝説は誤りであったというのか」
「ではこの少年は勇者では無いのであればなんだというのだ」
「少年」
王の一言で取り巻きは静かになる。
皆俺を見ている。
「名を聞こう」
「風見樹」
「カザミ・タツキよ、悪いが我々の求める人材とは掛け離れているようだ。せめてもの情けだ、城から出ていくことくらいの情状酌量は与えてやる。即刻として立ち去るがよい。アリシアよ、後は頼むぞ」
「は、はぁ!?」
王はそれだけ言って、取り巻きと一緒に部屋から立ち去っていく。
残されたのは俺とアリシアと呼ばれた可愛い子ちゃん。
だがそのアリシアも、何故か嬉しそうな表情をしながら俺を少しだけ見つめたかと思うと何も言わず部屋から出て行った。
「いや、なんだってんだよマジで」
嵐が吹き荒れるだけ吹き荒れて去っていった心境だ。
出ていけってんなら出て行ってやるが、何も持ってないし外はもう日が暮れ始めている。
明日の日が昇る頃に出て行っても問題ないだろう。
ならば早く寝て出て行ってやろう。
しかし俺は今深刻な悩みを抱えている。
「トイレはいずこぉ!」
部屋の中を探してもトイレは見つからず、かといって部屋の外をでてもくそ広く長い廊下からトイレを見つけ出す自身もなく、俺は人を探す旅に出る事にした。
しかし探せど探せど人は見つからず、内股になりながら洩らしたら人生終わる位の気持ちでトイレも並行して探していた。
この世界の人はトイレという概念が無いのか疑問が浮かび上がる頃には、俺の膀胱はとうとう限界を迎えた。
壁に寄りかからなければまともに歩けもしない状態で、俺は変なうめき声を出しながら引きづるように歩いていると壁が抜けた。
一見普通の壁が忍者の仕掛け扉のように反転したのだ。
つまり隠し部屋。
トイレよりか遥かにレアな部屋を引き当ててしまったが、壁の向こうは下に向かう階段になっていた。
全体重を壁に掛けていた俺は踏ん張りも出来ずにそのまま階段を転げ落ちていった。
ドカンという音を立てながら何かにぶつかり俺はようやく止まった。
奇跡的に頭を打たなかったが、体が痛い。
少しだけ膀胱も空気を読んだのか、人としての尊厳を失うことなく一応無事だった。
俺はどうやら扉にぶつかって止まったらしい、いかにも何か隠してますよといった頑丈そうな扉がそこにはあった。
もうこの先の部屋で小便を垂れ流してやろうと思い、居ても立っても居られなくなっていた俺は躊躇なく扉を開けた。
開けた瞬間、俺には扉を閉めようか深く悩んだ。
生涯において嗅いだことも無い悪臭がタツキの鼻を刺激し、一瞬にして気分が悪くなってしまった。
しかし逆に考えた。
こんな臭いところで小便をした所で確実にバレることなく、自信の尊厳は保たれると。
刹那に及ぶ思考の末、閉めかけた扉を今度こそ開けきった。
中は以外にも明るかった。
しかしとても汚かった。パッと見何に使うか分からない道具が並び、それは黒く汚れているように見えた。
そして俺は目が合ってしまった。
部屋の奥に貼り付けにされた少女を。
俺でもわかる程に殺してやるというか、末代まで恨んでやるというか、とにかくやばい眼つきの少女と目が合ってしまった。
人がいるとも思ってなかったし、本能的にヤバい奴と出会ったと思った俺はホラー映画で死ぬ脇役のごとく、情けない悲鳴と共に人としての尊厳も失った。