第5話 手を
僕は、いよいよ先輩の部屋に入ることにした。先輩の部屋は、なんかいい匂いがする気がする。多分家全体と変わらないけども。
「まぁ、その…… お見舞い来てくれてありがとね。最初は驚いたけど今考えるとすごくうれしいよ」
「なんだかんだ、喜んでくれたなら。来たかいがありましたよ。僕は、先輩のためなら何があっても飛んできますので!」
「――絶対に飛んできてね?」
「え?」
未来先輩の少し間を開けてからの答えに、僕はドキッとしてしまった。先輩の頬が心なしか赤い気がする。
「ははは、飛んでいくに決まってるじゃないですか」
「やったね」
「せ、先輩どうしたんですか? いつもな感じじゃないですよ?」
「そ、そう?私はいつも通りだよ?」
先輩の顔は依然として赤い。
が、多分僕の顔も真っ赤だろう。ど、どうすればいいんだ……
「い、いやぁ、そ、それにしても、先輩はいつみても、か、可愛いですね~」
いや、何言ってるんだ僕はぁあああああ!! この状況でいきなり、かわいいとかいうやつがあるか!
「あ、ああありがと」
先輩は、顔をうつむきながら言った。なにこれ、かわいい。
「まぁ、あの先輩が元気そうでよかったです。すごく心配でした。学校にも来ないし、実は連絡先も知らないし」
「心配してくれてありがと…… 私、私…… また学校いけるかな?」
先輩は、声を震わせながら言った。さっきと明らかに様子が違う。
「どうしたんですか? なんかあったんですか?」
「うん…… 私ね、学校に行こうとしてあの場所まで行ったのそしたら熱が出たの。でも熱はすぐに下がって、昨日も行こうとはしたの! そしたら、あの場所まで行った途端震えと寒気が止まらなくて、前に、前に、進めなかったんだ」
「え?」
トラウマという奴だろう。人が受けたトラウトいうものは、そう簡単には克服することはできない。それが、体に震えという形で現れてるのか……
僕は、なんて声をかけて良いのかわからなかった。
「ご、ごめんね!! 突然こんな話しちゃって! 全然気にしなくていいから」
そんなこと……
「そんなことできるわけないでしょ!! 気にするに決まってますよ!そこまで言っておいて気にするなんて先輩は……先輩は、鬼ですか!」
「ご、ごめん……」
明らかに、先輩はしょんぼりとした表情を見せた。
「いや、すみません。僕は今間違ったことを言いました。先輩は、天使です。鬼じゃありません。僕は、そんな天使な先輩を見ていたいんです。さっきまでの、学校に行けなくなってしまった話をする前の、先輩はいつも通りで天使そのものでした。未来先輩には、いつだって天使でいてほしいんです!僕は、未来先輩のつらそうな表情を見たくない。絶対に見たくない。できれば笑っていてほしい。だから、今は学校のことを気にするのやめましょ?なんかあったら僕は、飛んできますから。ね?」
自分でも、何を言っているのか、何を口走っているのかわからなかった。だけど、これが僕の今の本心なんだと思う。できれば笑っていてほしい。これが僕の本心だ。
「っ……う……っ……くっ…… 、とね……ほんと」
「いやいやいや、泣かないで下さいよ先輩!!」
どうやら、僕は先輩を泣かせてしまったらしい。これは良くない。ダメぜったい!!
「いや…… これは…… うれし泣きだ……っ……から……」
確かに少し口の形が笑っているように見える。
「ほ、ほんとですか?」
「そこまで言ってくれて…… そして、ほんとに飛んできてくれそうな人に……あえて私よかった」
先輩はそう言って静かに僕に身を預けた。
「せっ!?先輩!?」
「病人の、私のわがまま。しばらくこのままでいさせて? ダメ?」
泣き止むか、泣き止まないかの間くらいの、少しかすれた声と満面の笑みで先輩は言った。
こんな笑顔…… 見せられたら……
「その願いは、僕には断ることができませんね」
☆☆☆
それからどのくらいが経っただろうか。 僕は、目を覚ました。どうやら僕と未来先輩は、いつの間にか肩を寄せ合って寝てしまっていたらしい……
「おはよう。起きた?」
ねぼけまなこの僕の耳に入ってきたその声は、未来先輩のものでも、未来先輩のお母さんのものでもない気がした。でもどこか聞き覚えがあるこの声…… 誰だっけか?この声は……」
「だ、誰だ?」
「わ・た・し」
「ん!?」
完全に思い出したぞ!!僕は、思い出すと同時に、目をしっかりと見開いた。
「きゃは、まさかぁ、未来が言ってた上川君がしゅーくんだったとはね~」
「そ、青空さん!!!!! な、なんでこんなとこに」
「それはこっちのセリフなんだけど、手までつないじゃってぇ~ラブラブだねえ~」
この人は、下田青空天馬の姉で、僕の1つ年上の先輩である。天馬と小学生からの付き合いなのだから、この人とももちろん、小学生からの付き合いで……ん?????手を?ツナイジャッテ?だと……
僕は、咄嗟に自分の手元を見た。
「な、なぜ…… 僕は、手を握った記憶はないぞ。そんな、無意識に握ったのか…… こんなんただの変態じゃねぇかあああああ」
「きゃははは!! 君たちもうそんなに仲なんだねぇ~ まぁ、未来の言ってた上川君がしゅーくんで安心したよ」
「青空さんは、未来先輩と友達だったんですね。 知りませんでしたよ」
「うん。大親友だよ。大親友なんて、簡単に口にしていいことじゃない気がするけど未来にだけは言えるかな、未来は私の大親友さ」
「なるほど…… それは知りませんでした」
「だから、もしも未来になんかあったら~ 背骨削るからね?」
「やめて、これ以上僕の身長を短くしないで!!」
「でも容赦しないぞ?」
「わかりましたよ。背骨削られないように頑張ります」
「ん…… っあはぁ。 寝ちゃってたのかぁ?」
僕が、青空さんとまぁまぁなヴォリュームで話していたからだろう。未来先輩は目覚めた。
「おはよ、未来」
青空さんは、さも最初からこの空間にいたかのように、未来先輩に挨拶をした。
「ん、おはよ、青空」
未来先輩もまた、当たり前のように青空さんに挨拶をした。
「きゃはは」
「ん?そ、青空??? な、なんでこんなとこに!?」
「お見舞いに来てインターホン押しても誰も出なかったからね。ドアのかぎ空いてたし、上がってきたの、熱で倒れてたりしたら大変だし。でもそしたら、まさか、しゅーたそと寄り添って寝てるとは思わなかったよ。ごめんなさいね」
「なっ、よりそってって…… あっ、手つないだこと忘れ…… いやっ何でもない! 上川君はとりあえずはなれて!」
僕は、未来先輩に突き飛ばされた。
「いや、なんでだよ!! どうして僕が」
「あっ、ごめん。つ、つい」
「ふぅ~ん。未来から手、つないだんだ。意外。きゃはは」
「いやいやいや、つないでないから!!」
「ほんとかなぁ~ しゅーたそはどう思う~?」
未来先輩から、僕の手を…… 考えただけで顔が赤くなってしまいそうだ。そんな幸せなことがあっていいのか? だが僕は、手をつないだのがどっちかよりも先に、言わなければならないことがあった。
「僕を、しゅーたそってよぶな!!!!」
「え~何でよ? しゅーたそも昔みたいに、青空姉ってよんでもいいよ?」
「やっ、やめてくれ…… そんな黒歴史!?」
「待って、、青空と上川君はどんな関係なの?ねぇ、ねぇ、ねぇねぇ」
「弟の友達なの、小学生の時から知ってるから、手をつないだこと薄情するなら、小学校時代の可愛いエピソード教えてあげるよ?」
「え?知りたい! 認めます! 私、手をつなぎました!」
「なっ、そんなあっさり認めるのか」
てかやっぱり、つないだんだ…… す、すごいいまなら死ねるかもしれん……
「認めた~ じゃあ色々聞かせてあげる」
「まって、ちょっとまて、それ僕の許可はないのですか?」
「「ない」」
未来先輩と、青空さんは2人そろってそう答えた。
う、うそーん。