蓮見さんと買い物4
蓮見さんが姿を見せたのはそれから10分後のこと。
腹を空かして待つ俺の元に、彼女はのうのうとやって来た。
なんと、お土産付きで——。
「何してるんですか」
「ふぁにって、ふぃればふぁかるでひょ(何って、見ればわかるでしょ)」
「いや、わからないから聞いてるんですよ」
もごもごしている口。
そして片手には、一瞬目を疑うような丸い物体。
箱舟のような容器の中に、それはもう綺麗に整列している。
「それたこ焼きですよね」
「ふぉうふぁけお(そうだけど)」
「何でたこ焼き食ってんですか」
「ふぁんふぇっふぇ、おなふぁすふぃふぁふぁふぁ(何でって、お腹空いたから)」
ハムスターのようにたこ焼きを咀嚼しながら、蓮見さんは悪びれる素振りを見せることなく、俺の質問に答えている。
てか口に物入れたまましゃべるなよ。
あんたもう大人だろ。そのくらいはちゃんとしてくれ。
「とりあえず、それ飲み込んでください」
「うぅん」
俺が少し厳格な口調でそう言うと、蓮見さんは口につめていた物を素直に「ごっくん」と飲み込んだ。
これでようやく口の中が空になったかと思いきや――。
「ふわぁぁ」
とか幸せの吐息を漏らしたりなんかして。
更に口元についていたマヨネーズを舌でペロッとすくったりなんかして。
極め付けには「キミも食べる?」なんて優しさを見せたりなんかして。
――本当に一発しめてやろうかなこの人。
とは思ったが、人の好意には素直に甘えるのも大人な対応というもの。
俺は蓮見さんをキリッと睨みつつも、差し出されたたこ焼きに手を伸ばした。
「あ、まって。それだと手汚れる」
「いや、いいですよこれくらい」
「だめ」
手掴みで食べようとしたが、すぐさま蓮見さんに止められた。
別に少し手が汚れるくらいどうってことないが。
まあ確かに言われてみれば、今のは少し行儀が悪かったように思える。
が、しかしだ——。
にしても今のはちょっと意外だった。
あの蓮見さんが、そんなことを気にしてくれるなんて。
意外過ぎて睨んでたの忘れて普通に驚いちゃったよ。
「あの、それじゃ何か使えるものありますかね。箸とか」
すかさず俺は、使ってない小道具がないかを尋ねてみた。
すると蓮見さんは、手に持っていた爪楊枝を掲げると、
「いい、私が食べさせる」
と、耳を疑うような発言を一つ。
——ん? 今なんと?
あまりにも斜め上すぎたため、俺がすぐさま理解できるわけもなく。
聞き間違いだろうか? などと思っている頃には、もうすでに俺の口元付近までたこ焼きが運ばれて来ていた。
「あの……蓮見さん」
「ほら、早く食べて」
「え、あ、いや……それはちょっと……」
戸惑う俺に構う様子もなく、蓮見さんはグイグイたこ焼きを近づけてくる。
その表情を見る限り、俺をからかっているわけでもなさそうだ。
——素でやってるのかこれ?
だとしたら相当な曲者だぞこの人。
普通女性にこんなことされたら、別に気がなくてもドキドキしちゃうじゃないか。男心わかってないだろ絶対。
というかその爪楊枝。
さっきまであなたが使っていたものですよね?
だとしたらその……間接キスになってしまうんですけど。
その辺に関しては何も思わないんですかね?
なんて、俺がくだらないことを考えていると——。
「何してるの。早くして」
こっちの気を知る由もない蓮見さんは、少しご立腹のようだった。
何か口に入れているわけでもないのに、頬がたこ焼きのように膨らんでいる。
どうやらこれは素直に食べた方が良さそうだ。
「そ、それじゃ……いただきます」
「熱いからふぅふぅして」
「ふ、ふぅぅ……」
俺は蓮見さんに言われるがまま、たこ焼きに向かって息を吹きかける。
が、今の状況を考えれば、全くそれどころではなかった。
——一体周りにはどう見えてるんだろう。
なんて考えようものなら、俺の羞恥心がもたない。
だからこそ俺はひたすらに無心を貫き続けた。
己の意識を殺したかのような堅い堅い無心を。
「口開けて」
そう言われて間もなく、俺は抵抗することなく口を開けた。
無心を貫いているとはいえ、目を開けることは叶わない。
ほんの一瞬でも油断すれば、俺は堕ちてしまいそうだった。
「入らない。もっと開いて」
その声を頼りに俺はさらに大きく口を開く。
今どんな状況なのだろう。
たこ焼きはどこまで迫っているのだろう。
そんなことを考えている最中。
俺の舌の上に一筋の熱が走った。
「熱っ……」
「だからふぅふぅしてって言った」
恐る恐る目を開ける。
すると目の前では、蓮見さんが上目遣いで俺のことを見つめていた。
「どう美味しい?」
小首を傾げ、俺に味の感想を求めてくる。
「お、おいひぃふぇふ(お、美味しいです)」
「そ、ならいい」
俺が一言そう言うと、蓮見さんはそっと口元から手を引いた。
そして再びたこ焼きに手を伸ばし、それを今度は自分の口へと運ぶ。
「うん、おいひ」
満足そうに微笑む彼女に、俺は自然と意識を盗られた。
一体彼女は何を思って、こんなことをしたのだろう。
そう考え始めれば、浮かび上がるのは疑問ばかり。
まだ口の中にたこ焼きが残っているが、その味すらもわからない。
わからないが、なぜか不思議と悪い気はしなかった。
めちゃくちゃ恥ずかしかったはずなのに。
めちゃくちゃ嫌がってたはずなのに。
どうしてか俺の心は、それを拒んではいなかった。
「はい、もう一つ」
そんな中差し出された二つ目のたこ焼き。
先ほどまでの俺だったら、間違いなくそれを退けていただろう。
でも——。
「すみません。いただきます」
そう一言呟いて、素直に口を開いたのはなぜだろう。
全く同じ食べ方なのに、あまり恥ずかしくなかったのはなぜだろう。
疑問ばかりが頭に浮かび、それを新たな疑問が包み込む。
気づけば口の中のたこ焼きは、綺麗さっぱり喉の奥へ。
絶対美味しいはずなのに、その味すらもわからないまま。
結局俺の心には、底知れぬ疑問だけが残されたのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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評価は最新話の最下部から行えます。
次回は蓮見さんと買い物最終回。
お楽しみに。