心を読めても先は読めない
五時間目の授業が終わっても芦屋は教室に戻ってこなかった。あの様子だと反省文だけで済みそうだし良かったと言っていいだろう。
それよりもクラスメイトの視線がほとんど俺に刺さっている。
それも当然だ。事情を知らないクラスメイトは半数を超える。更に、人の心を読め無ければ俺が何故あのような暴挙に出たか知る由もないからだ。
(山口君ってあんなこと言う人なんだ)
(山口もやばい奴なんじゃね?)
(芦屋に言ってやりたいことを代弁してくれてスッキリした)
などなど、たくさんの意見があるようだ。
とにかく居心地が悪いので、仮病でも使って帰ることにする。
俺は、机の横に掛けられているカバンを肩にかけて教室を出る。
学校の構造上、保健室に行くには職員室の前を通らなければならないので少しだけ、芦屋と吉田先生の会話を聞くことにした。
「芦屋はもう少し落ち着いて生きなければならんぞ」
吉田先生の意見はごもっともだ。芦屋はしっかり先生の言葉を胸に刻むんだぞ。と思っていたのだが、芦屋はよからぬ事を言う。
「先生は髪の方を落ち着かせた方がいいんじゃないですか?」
芦屋を助けた俺が馬鹿だったのかな?
もういっそ退学させた方が良いとも思ったが、仏の顔も三度までって言うし最後のチャンスを与えよう。
「芦屋! お前は言って良いことと悪いことの区別もつかんのか!」
珍しく吉田先生が怒鳴り声を上げる。
俺はそのタイミングで職員室に入った。
「山口か。カバンなんか持ってどうしたんだ?」
吉田先生は芦屋にだけ怒っているようで、俺には優しい声で接する。心の声を聞いてしまうと芦屋の怒りで頭がいっぱいみたいだけどね。
「頭痛がするので6時間目の授業は受けずに早退しようと思います」
「そうか。山口は何かと頑張っているもんな。普段の疲れが溜まっているのだろうから健康には気をつけるんだぞ」
吉田先生の優しい言葉とは違い、芦屋の心の中は荒れまくっている。
「おい山口! 俺の前に現れるってことは殺られる覚悟が出来てるんだろうな?」
うん。やっぱりこいつは馬鹿だ。職員室で喧嘩を始めようなんて正気の沙汰ではない。
「そんな覚悟はこれっぽっちもないんだが?」
「うるせぇ!」
芦屋はそう言うと俺の顔を目掛けて拳を振るう。だが、心を読めるのだから顔を狙われていることは分かっているので軽々躱す。
「調子に乗りやがって!」
お前は文句を言ってからしか拳を振るえないのか? という疑問は置いといて、心を読むことに専念する。
(殴ると見せかけて右足でローキックを入れてやる)
ローキックが飛んで来るそうなので、芦屋がアクションを見せたタイミングで後方へ1歩下がる。
すると、芦屋のローキックは空を切るだけだった。
「また避けやがって」
芦屋は更にイラつきを見せるが、この後芦屋が拳を振るうことは無かった。
何故なら、先生方が芦屋を抑えたからだ。
「お前は何をしとるんだ!」
生徒指導部長の山中先生が声を荒らげる。山中先生は50代後半とは思えない程の筋力と生徒から恐れられる顔面を持っている。根は優しい人なのだけれど……。
「山口はもう帰りなさい」
吉田先生は俺の近くに寄ってきて小声でそう言う。
俺は心の中で先生に感謝しながら職員室を去ることにした。
やっぱり慣れないことはしない方が良いみたいだ。
結局、芦屋を助けてあげることは出来なかった。
俺は少し反省するが、どうにもならないので考えることを辞めた。




