第68話 絶望
・2024/03/09
一部修正
【side:ステラ】
今日は待ちに待ったユキナ様とのお出かけの日でした。
私を助けたがゆえに迷惑を掛けることになってしまったユキナ様は、しかし気にする素振りなど見せずに変わらず接してくれました。
聖女となったユキナ様の補佐として少しでも助けに、僅かでも恩を返したくて、側にいました。
そう遠くない内にユキナ様は聖国を出られます。
寂しいことですが、しかたないことだと自分に言い聞かせました。
だからこそ、2人っきりで屋台を回り、買い物をして、楽しく話し合った今日という日を大切な思い出として記憶に残そうとしました。
いつかまた会えるだろう日を願いながら。
なのに、
「ユキナ様ぁあああああああああああああああ!!」
空を飛ぶオークと呼んでいいのかも分からないナニカ。
それが放とうとした攻撃は、私に一度も経験したことのないような危機感を与えました。生きる者の本能として“ダメだ”と思わせたのです。
誰よりも先に動いたのはユキナ様。
空中に躍り出て、スキルや魔法による防御を即座にしました。
ですが空飛ぶオークの放った攻撃はその防御を砕き、ユキナ様に直撃しました。
その瞬間だけ、世界が遅くなったようにも感じました。
響く轟音。震える空気。怯える人々。
全てがゆっくりと動いているようでした。
私の感じる時が元に戻ったのは、空飛ぶオークの攻撃が当たった場所――煙が巻き起こっている場所から地面に向かって落ちる人影が現れてからです。
考えるまでもありませんでした。ユキナ様です。
喉が枯れそうな程の大声をあげ、走ります。
ギリギリのところで落ちてきたユキナ様を受け止めることに成功しました。力を無くすために飛び込むようにして受け止めたので、地面に酷くこすられて擦り傷もできていますし全身が痛いです。せっかくの私服も汚れてしまいました。
でも、ユキナ様はそれよりも酷い状態だったのです。
「ユキナ様! ユキナ様しっかり!!」
「う、ステラか…………いっっって~」
白かったお肌は今や真っ赤になっていました。血が吹き出している箇所も見受けられます。高位の【光系魔法】の攻撃を受けた人の症状でした。
(早く治さなければ!)
「『ハイ・ヒール』!」
ありったけの魔力を注ぎ込んで行う上級の回復魔法。それがユキナ様を包み込みます。身体の中の魔力をごっそり使っただけの効果はありました。痛々しいキズが癒されて、元の白いお肌に戻っていきます。
「――っふいぃ~………………あんがと」
「良かったですユキナ様。本当に良かった」
「心配、掛けたみたいだな……っとと?」
「まだ無理に起き上がらないでください! 先程のユキナ様は本当に酷い状態だったのですから!」
油断はまだ出来ませんでした。
体のキズは治りましたが体力までは戻りません。
現に、立ち上がろうとしたユキナ様うまく足に力が入らないようで、よろめいて尻餅をついてしまってました。
「あ、あれ? おかしいな?」
「全然おかしくありません。ご自身が大怪我で危ない状態だったのをご自覚してください!」
「そっか。そんなに酷かったか……ボソッ(魔法攻撃だったとはいえ、減衰した威力で私のアホみたいな防御貫くってどんだけ?)」
心底不思議そうな表情のユキナ様。
何をそんなに不思議がっているんでしょうか?
「よくも聖女様を!」
「死にさらせ豚野郎があああああああ!」
突然の大声にビクッっと肩を震わせて振り返れば、教会に所属している聖職者や冒険者と思わしき人々が空飛ぶオークに魔法を放っていました。
「……ロース?」
空飛ぶオークは何を考えてか、自身の持つ杖を不思議そうに見て首(肉が多すぎていまいちどこか分かりません)を傾げているだけです。
複数の魔法がいっせいに襲い掛かります。
どれだけ強いかは嫌になるほど理解しましたが、あんな無防備状態なら攻撃は通るでしょう。
私は魔法の直撃によって今度は空飛ぶオークが苦しむ姿を想像し――そんな想像があっさりと砕けちることを思い知らされました。
――ヒュウウウウウウウウウウウウウウ……ボシュ!
「「「「「な!?」」」」」
その場にいた人たち全員が驚きの声をあげました。私もその1人です。
なぜなら全ての魔法が空飛ぶオークに近づいた途端、急激に小さくなって当たる前に消えてしまったからです。
「な。何が……」
「【魔法減衰領域】ってやつだな」
ユキナ様を見れば、苦虫を嚙み潰したよう顔をされています。
「【ヘルプ】で確認したけど、アイツの周りに魔法の力が極端に落ちるフィールドが張られているっぽいんだよ」
「そんな!? それでは手が出せないではありませんか!」
相手は空を飛んでいるのです。魔法が一番有効打を与えられるはずなのに、それが効かないだなんて。
「これならどうだ!『戦技・飛影斬』!」
冒険者の1人が剣を振るうと、そこから斬撃のようなものが飛び出します。
その斬撃は途中で消えることはなく、空飛ぶオークに向っていきます。
「――!?」
途中で気づいたのか手に持つ杖を盾変わりにして受け止めてしまいました。おしいです!
そうです! 冒険者の中には戦技系スキルと呼ばれるスキルを持つ方もたくさんいると聞きます。遠距離でも攻撃できるならあるいは!
「よし! 戦技系のスキルなら奴に通じるぞ! このまま押して――」
「れいしゃぶぅうううううううううううううううう!!」
「ぎゃあああああああ!? 今度は氷のつぶてがああああああっ!」
ああ、何てことでしょう。最初の火の玉に比べれば威力こそ弱いですが、頭上から隙をつけない程に大量の氷が冒険者たちを襲っています。
あれでは戦技系のスキルを使えません。
「でも、そろそろ騒ぎを聞きつけた他の冒険者の方も集まってくるはずです。その人たちと協力すれば……」
「……その時間があればいいけどね」
ユキナ様が力なく笑っています。
「アイツは力を溜めこむことで超強力な魔法が使えるみたい。信じられるか? 私が体張って防いだ攻撃、あれって聖都に直撃していたらこの辺一帯が地獄絵図になる程の威力だったらしいよ? 私が生きているのは運が良かっただけ。防御や耐性スキルで威力が落ちたから。そんで最悪の情報、あと数分しない内にさっきのをまた打てるみたい。今も少しずつ力を溜めてるんだってさ。ホント、どうしよ?」
きっと今の私は血の気が引いているでしょう。
(この辺一帯が消し飛ばされるような威力の攻撃が数分以内にまた? そんなの、そんなのどうすればいいというのですか!?)
次回、雪菜視点に戻って決着です。




