第67話 “物は言いよう”とは言うけどさ……
・2024/03/09
一部修正
啞然。
それが、周囲の人々の反応だった。
そりゃね? 豚が翼生やして空飛んでいたら、どんな反応すればいいのか分からないよ。
「……ユキナ様。私、どうやら幻術の類に掛かってしまったようです。オークが神聖な雰囲気を出しながら宙に浮かんでいます」
「残念だけど現実だよ。最近の豚は空飛べるんだな~」
驚きすぎて私も感覚がマヒってるな。
「いえいえいえいえ! ありえません! 『ヒール』! 『アンチ・ポイズン』! 『アンチ・ファンタズマ』! き、消えません! 何で!?」
「お~い戻ってこいステラ~」
魔法使ってまで全力で現実逃避しだしたステラの肩を揺すってみたけど、「生理的に認めたくありません!」と言う始末。
いや、気持ちは痛いほど分かるけど。
何年も聖職者やっている人からすれば、アレは魔物で、しかもオークなのに、聖女を前にしたような神聖さがあるなんて悪夢でしかないんだろうな。
現に、周囲に残っていた人たちも「もしかして夢でも見てるのかオレ?」「おっかしーなー。今日は昼間の酒は控えたはずなのに……」「神よ。なぜあのような生物を想造なさったのですか?」「さ~って、夕飯なんにしようかしら~?」なんて現実逃避に走ってる。
いや、気持ちは分かるんですけどね、そろそろ正気に戻ってよ! 場がカオスやねん!
「くっくっく。余りの衝撃に言葉も無いようだな聖女」
メタボ卿が当たり前のこと言っている。
あんなもん見たら言葉失って、現実逃避したくなるに決まってんだろ。
てか、あの豚――エンジェルオークだっけ? さっきからずっとこっちを見下ろしているだけで微動だにしない。何しに現れたんだよ?
「ふふ、どうだ? 己より神聖な存在を目のあたりにした気分は?」
「は? 私より神聖なって……アレがか?」
雰囲気だけじゃん神聖なの。
9割方豚だぞ? 残り1割は鳥だけど。
「何を言うか! これだから小娘は! 見よ! あの細く開けられた目を! 慈悲深さに満ち溢れた輝きではないか!!」
……いや、あれって目の上の肉が邪魔して見開けないだけですやん。
慈悲深さに満ち溢れた輝きって、むしろ視力悪そうに思えるけど。
「そして大地母神を沸騰させる、ふくよかな体つき!!」
ただのデブですね。
地球にある神話でも豊作の象徴として、大地の女神はふくよかな女性として描かれるって聞いたことがある。
でも、アレはただのデブですって。見た感じ三段腹だぞ? 栄養の過剰摂取っす。モノホンの大地母神に謝れ。
「私がデザインした聖衣が印象を底上げする!」
聖衣って、あのパッツパツの服か? 下手に動いたら破けそうだぞ?
まあ、印象は上がってるな。……悪い方向に。
「純白の翼が神聖さを後押しする!」
醜さの後押しをしているな。ミスマッチにも限度がある。
どうでもいいけど、あの部位って豚肉と鶏肉どっちの味だろ?
「女性らしさを出すための可愛い靴!」
1番殺意が出る原因ですね。
あの靴を見た瞬間にメーターがMAXになったもん。
「かつて歴代でも名を残した聖女が使っていた杖を持つ姿の、なんと神々しいことか!」
エンジェルオークの左手に持っている杖を見る。全体が金色で宝石だか魔石だかも付いているけど、いやらしさが全くない。
歴史的価値のある物だというのが素人目でも理解できる。
そして――だからこそ、言ってやりたい。
「なぁ、『豚に真珠』って言葉知ってんか?」
「??? な、何だそれは?」
「いや、知らないなら別にいいよ」
ちぇっ。こっちの世界には似た意味の言葉も無いか。
意味が分かってたら盛大に煽ってやったのに。
「あの、ユキナ様。枢機卿は先程から世迷言ばかりおっしゃってどうされたのでしょうか? 拘束後に治療をした方がいいのでしょうか? ……頭の」
「よし、一旦落ち着こうか。いつものステラが1番好きだぞ」
ナチュラルで毒吐くステラとか見てらんねぇ……
もう無視しろって。メタボ卿は頭がおかしいんじゃない。感性が私たちがと違いすぎるだけなんだ。おデブな人が好きなんだよきっと。
私がステラのアフターケアについて悩み、メタボ卿の感性の酷さを哀れんでいた時だった。件のエンジェルオークがついに喋ったのだ。それは、意外にも周囲に響く声だった。そして、印象的すぎた。豚は喋る。……予想の斜め上をぶっち切る言葉を。
「………………チャーシュー」
……うん?
「……トンテキ」
???
「 カ ツ ド ン ! 」
んんんっ!? え、え~っと、あの、そのですね、あの……はい?
すんません。リピートアフタミー?
「 カ ツ ド ン ! ! 」
――――――
「フハハハハハ! 聞いたか民衆よ! エンジェルオークは高い知性も供えられておる! よって、人語を話せるのだぁああああああああ!!」
「人語やのうて、豚料理語じゃねぇかあああああああああああああああああああああああっっっ!!」
「――ゴブフッ!?」
衝動的にクソったれのメタボ卿を蹴り上げた。
そのまま力任せに締め上げる。
「テンメェゴラぁ? ファンタジーっつったってなぁ、越えちゃいけねえ一線っつーもんがあんだぞ? 何を軽々飛び越えてんだよ? 想像の斜め上世界大会高跳びの部に出場でもすんのか? 新記録更新ってか? 金メダル狙いますってか? 安心しろよ。2位と圧倒的差をつけての1位だよ。翼生やしたオークってだけでも謝罪会見レベルなのに、何を世界大戦レベルのやらかしをしてんねん。私の異世界転移生活をどこまで汚せば気が済むんだよ。この世界の神様に謝れよ。土下座して許しを乞えよ! アレはいかんだろ! 森羅万象全てにケンカ売ってんだろ!? 返せよ! 半年ちょっと前の異世界への憧れを返せよ!」
掴み上げた状態でこれでもかと腕を前後に押し引きする。メタボ卿の首がガクガクしてんけど、気にする余裕なんて今はなかった。
「ユキナ様落ち着いてください! 枢機卿すでに白目を剝いて気絶してますから! いえ、私もアレには一言申し上げたいのですが!」
ステラからのストップが掛かる。
膝から崩れ落ちて、涙がこみ上げてくる。
「ステラぁ、もうこんな“ふぁんたじー”いやだぁ……」
「え、えっと、元気出してください?」
怒る気力もなくなるよ。なんなんよあの豚? これから先もあんなのが登場したら、エンカウントするたびに涙出てくるって。
あーもう見なよ。何かエンジェルオークとやらが杖を上に突き出してポーズとってんぞ? 何? 写真でも撮ってもらいたいの?
――そんな私の考えが、的外れなのはすぐに証明された。
「しょ~~~がや~~~き!」
杖に光が集まったと思えば、上に打ち出される。
それはまるで花火みたいに上がって――弾けた。
私の【スキル:危機察知】が、一体いつぶりか働いた。
「――っ!? みんな逃げろおおおおおおおおおお!!」
大声をこれでもかと出す。
でもその時には、無数の火の玉が聖都を襲った。
「【バリアー】広範囲仕様!!」
「――っ! 皆に守護を『大・聖障壁』!!」
咄嗟にバリアーを大通りの見える範囲に展開する。カバーしきれない分は察してくれたステラが広範囲に障壁を展開してカバーした。
そして――火の玉が降り注ぐ。
「う、うわああああああああああっ!」
「逃げろ! 火の玉が降ってくる!」
――ジュゥウウウウウウウウウウウウウウウウッ!
「「ぐっ!?」」
ヤバい。思ってたよりも威力が高い。油断していると突き抜けちゃいそう。さすがに無理に範囲を大きくてしすぎたか? これが狭い範囲ならどうにかなっただろうけど、そうすると被害が拡大する。
実際、建物がある場所は防御していないから破壊音が鳴り響いている。
そっちまでカバーできないんだ。ごめんね。建物が完全に崩れる前に逃げ出してくれ。こっちも余裕がないんだよ。
降り注いでいた火の玉がようやく止まった。
残ったのは無事な人々と、一部が壊れた建物、疲労困憊の私とステラ。そして元凶であるエンジェルオークだった。
……コイツ、今すぐ倒さなきゃマズい!
「ステラ! 疲れてるところ悪いけど、すぐに周囲の人たちの避難を! 私がアイツの――っ!?」
「アイツの相手をしている間に!」と、そう言おうとした時だ。
【危機察知】が最大警報を鳴らす。
上を見れば、地上に杖を向けているエンジェルオークがいて――
「『バリアー』! 『フレイム・カーテン』! 『アクア・シールド』! 『強化・聖障壁』!」
咄嗟にスキルと防御魔法を出したのはほとんど直感だった。そうしなければ無理だと思ったから。出現した4種類の護りに残りの魔力を注ぎ込む。
「カルビ……どーーーーーーーーん!!」
瞬間、閃光が視界を覆った。
それは、4種の盾に阻まれて減衰しつつも全て貫き、私に直撃した。
ぶっちゃけ、この話を書きたいがためだけに飛べる豚が生み出されました(笑)。




