第66話 飛べる豚は何の豚?
・2024/03/08
一部修正
地下室へと続く階段は螺旋状なうえにかなり深かった。
壁にあるよく分からん光が不気味な演出になっている。
「え~っと、こことここを踏み抜いたらダメなんだよな」
そして、当然のようにある罠。正直めんどうにも程がある。
今対処しているのは特定の段差を踏むと大量の水(痺れ薬配合)が流れ込んでくるトラップだ。巧妙に隠されてるからヘルプ無しで初見攻略はキツイ。
1番私をイライラさせている原因は、設置されているトラップが強引に突破できないものばかりで時間が掛かっちゃう点だ。
これが普通の建物の中だったら、加減したハルバードや魔法の攻撃で罠自体を破壊すればもう少し早く進められるけど、現在位置は地下深く。下手に攻撃したら崩落の危険性もある。物語だと建物を支える重要な柱が近くにあって、上の建物まで巻き添えに~って展開もあり得そうだし。
……まあ、この時点で私が生き埋めになる心配を私自身特に気にしていないあたり、異世界チートに慣れた証拠だろうけど。
『〈地下空間の罠〉……この先無し』
「――っ! ようやくか!」
ずっと【ヘルプ】に確認していたトラップがついに無くなった!
もう私を邪魔するものはいない。後は全速力で階段を駆け下りるのみ!
駆け下りて、駆け下りて、駆け下りて――
大きな光が見えた。
そこに――飛び込む。
「――ッッッ!? なん、じゃ、こりゃあ……!!」
想像以上に広い空間だ。
ハッキリ言って、何でこんな規模の地下室が大教会の真下にあって気付かなかったんだよ教皇ぇ……って思ったりしている。
だけど、目の前の光景はそんなことがどうでもよくなるくらい衝撃的だ。
一体誰がこんな光景を想像できるというのか。
私は一体、どんなツッコミをするのが正しいのか分からない。
だって、広大な地下室にあったのは、
「何で…………培養器の中に豚がわんさかいるんだよ……!?」
ズラッと並べられた培養器と、その中で浮かんでいる見知った特徴的な鼻を持つ豚と思わしき――つか、十中八九オークだった。
手前側はテレビで見たことあるような子豚っぽいけど、奥の方に行くと魔物であるオークと分かる姿で培養器の中をプカプカ浮いている。
――うっわ。最悪っすわ。何が最悪って、この光景から想像できることよりも、培養器の中にいる腰の布すらないオークを見ちゃったことだよ。
うえぇ……もうホント、何ていうかさ? とにかく最悪っすわ。
「最悪だな。オマエは私にとって疫病神でしかない」
コツ、コツ、と靴の音が広い空間に響く。
目を向ければ奥から出て来たのは、黒幕だろうメタボ卿だった。
後ろに手を組んで、余裕そう――とはちょっと違うな。諦め半分、自暴自棄半分な雰囲気がある。ただ目だけは私を憎々しく睨み付けていた。
「そいつは光栄っすわ。今度疫病神さんと会う機会でもあれば、アンタのネタをつまみ代わりにしてお酒でも飲みたいね」
冗談だけどね。疫病神と酒飲むとかどんな状況?
「つーかさ? この地下室見てようやく納得いったんだわ。アンタだろ? 天山に行った私に大量のオークをけしかけたの。ここ最近のオークの大量発生も自然的な物じゃない。具体的な方法や流れは知らんけど、アイツらほとんど全部ここで作られたオークたちだ。あぁ、別に説明はいいよ。あとで簡単に調べられるから」
事前に知識として、その年によって特定の魔物が多くなるっていうのを知っていたのが逆にアダになった形だ。
知らなかったら変だと思って【ヘルプ】に確認した……はず。
そもそもこの地下室は何か? どうやってオークを人工的に作ったのか? どうやって外に運び出したのか? どうやって私にオークをけしかけることができたのか? 疑問に思うことは山ほどある。だけど、私が今すべきことはメタボ卿をひっ捕らえて教皇さんに突き出すこと。
さっそく捕まえるために一歩前に出て――メタボ卿が笑った。
「……ははっ。ここまでくると笑いが込み上げてくる。この際、オマエの異常な情報収集能力のことは脇に置こう。私のことも煮るなり焼くなり好きにしろ。だが、これだけは今この場で聞かねばならない」
暗い、汚れ切った目を私に向ける。
「どうやって聖女になった? 先代聖女が失踪してから今日この時まで、聖国どころかこの大陸で聖女は生まれないはずだった。見習い聖女がどれだけ切磋琢磨しようが、どれだけ神に祈りを捧げようが、聖女に至ることはないはずだった。なのに……なぜ聖女が私の目の前にいるのだ!?」
「っ! おい、それ、どういう……!」
聖女が生まれないはず? どれだけ切磋琢磨しても祈りを捧げても、見習い聖女が本物の聖女になるはずがない?
理由なんか想像できない。コイツの意図も。
でも、だったら、今までの見習い聖女たちのがんばりは――
「ちょいテメェ、その話詳しく聞かせてもらお――」
「やはり小娘だな。経験がたらん。私の勝ちだ」
瞬間。私の【スキル:直感】が未だかつてないほど働く。何かマズい。今すぐ何かを何とかしないと、とにかくあのメタボ卿を止めろと……!
「腹パンアタック!!」
「ゴボハッ!?」
一気に距離を詰め、ほとんど手加減無しで拳を叩き込む。
血反吐を吐くメタボ卿が倒れる。その時、ようやくメタボ卿が後ろに回していた手も見えた。……スイッチと思わしきものを握っている手を。
「それは!?」
「ははは……我が神よ。神罰を」
すぐにスイッチを奪おうとするけど――どうやら遅かったようだ。
『緊急射出コードを確認。緊急射出コードを確認。タイプE・O、強制覚醒。地上に向け射出します。崩落にご注意を』
広い空間に機械的な音声が鳴り響いた。さらにずっと奥の方――扉や機材で確認できなかった場所からとんでもなく大きな音がした。
まるで、無理矢理地面をぶち抜いたような音が。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
「――っ!? マズい!」
案の定と言うべきか、本当に物語のベタな展開のごとく天井が崩落し、瓦礫が私(と、ついでにうずくまるメタボ卿)に降ってきた。
それを見た私は瞬時に『バリアー』を展開して――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「キャアアアアアアアアアアアアッ!?」
「さっきから何だこの揺れは!? 何が起こっているんだ!?」
「ねえ? さっき光の柱みたいのが上がらなかった?」
「ステラ様! ここは危険です! 今すぐ離れましょう」
「しかし! まだユキナ様がお戻りに――」
――ズガガガガガガガガッ! ――ドガァアアアアアアアアアアアン!!
「呼んだかステラぁあああああああああああああああああ!!」
「「「「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」」」」」
「ユキナ様!? なぜ地面から!?」
脱出成功! ちょうどよくステラのすぐ側に出られた。
『バリアー』で瓦礫の山から身を護りつつ、収まってすぐに巨大なドリルをイメージして創ったオリジナル【土系魔法】の『ギガ・ドリル・ブレ〇ク』で上に向かって掘り進めながら脱出するという荒業に出てみたけど、案外なんとかなったな。服は汚れたけど。
「ステラ、状況説明。簡潔に」
「はい! ユキナ様が向かわれてすぐに行動に移しました。大教会から外に出つつ、クーデターを目論んでいたと思わしき人たちも捕まえました。次の段階として部隊を編成してすぐにユキナ様を追いかけようとしたら地震が起き、あたふたしていたら地面からユキナ様が現れました。以上です!」
うむ。結構。というか予想以上に行動が早かった。地下の階段の罠、全部解除したわけじゃないから、あとから来る人たち危なかったな。
「あの、そちらはもしやマッケンシー枢機卿ですか?」
「え? あ、忘れてた」
私が襟首掴んで引っ張って来たメタボ卿――マッケンシー枢機卿。
あの場に置き去りにするのもな~って思ったから。一緒に連れてきたんだった。私以上に汚れてるのはかなり雑に扱ったから。生きてりゃいいっしょ。
で、そのメタボ卿はどこかを見てニヤニヤしていた。
「何を気持ち悪い顔してんだよ?」
「まだ気付いていないのか? 最終調整はまだだったが、破壊衝動は付けたからな。今日で聖都は終わるのだ」
「? いやだから、さっきから何の話を――」
「ユキナ様、あれ!」
ステラが空を指す。
目を向ければ、夕焼け空が広がって、2つの太陽が顔を……んん!?
「おんや? 小さな太陽、ていうか光の玉が浮かんでる?」
さっきまで逆光で見えなかったみたいだけど、辺りが暗くなってきてようやく全体像が掴めてきた。
目算だけど、直径3~4メートルか? 光の中に何かいる?
……とりあえず、メタボ卿を殴っておく。
「グフッ!? キサっ、老人をいたわれと教え――」
「今すぐアレについて洗いざらい吐け。さもなくば殴る。“はい”か“YES”で答えろ。拒否は許さん。老い先短い身だろ? 今すぐ殺っても構わないけど?」
「ユキナ様。ユキナ様。ここ大勢の人がいます。皆さん見ていますから。どうか穏便に。聖女のイメージがおかしな方向に行っちゃいますから」
拳を合わせてパキポキ音鳴らしていたら、ステラに全力で止められた。
イメージなんてとうに崩れていると思うけど……解せぬ。
「ふん。今に分かる。どうやらついに行動を起こすようだからの」
意外にも答えたメタボ卿(顔を青くしてブルブル震えていたのは見逃す)の言葉に返そうとした時だ。
空に浮かんだ光球が強い光を放ち――弾ける。
まず最初に、目を疑った。
「……は、はあああああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!?」
私は、開いた口が塞がらない。
「な、な、な」
そこから姿を現したものは、あまりにも予想外で、
「なんで――」
あまりにもふざけた存在だった!!
「なんでオークが翼生やして飛んでるんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
頭部に光輪を、手には大層な杖を持ち、純白の翼を大きく広げる――豚。やけに洗練されたデザインの法衣を着こなしている――豚。後光のように背後を光らせ、地上を見下ろしている――豚
もう、ツッコミどころしかない存在だった。というか、全力で見なかったことにしたい。女性モノの靴履いてるのが特に殺意を高めさせる。
『〈エンジェルオーク〉……特殊な魔道具によって創られたオークの新種。地脈を悪用して女性が聖女となるための力を蓄え続けたことで本来ならあり得ない進化をした存在。一応、生物分類学上はメス。力を溜め込むことで非常に強力な魔法攻撃を使用可能。周囲には魔法減衰領域が常に展開している』
【速報! 飛べる豚が出現!】
某紅い豚「なにぃ、飛べる豚だ? ハンッ! オレは20年以上前から相棒と空飛んで――は? 背中に翼が生えている? おい、そいつは豚なのか?」
3月26日。8年の相棒であったパソコンの死亡を確認。




