SS 猫獣人のチェルシー
・2023/12/18
一部修正
獣人。
それは身体的特徴に動物の要素が加わった亜人種の一種である。
彼らは“獣人”と一括りにされるが、その種類は非常に多い。
基本となる人の姿に各動物の特徴が表れているからだ。そのため呼び方も基本は元となった動物にちなんで「〇〇獣人」と呼ぶことになる。
繁殖力も人と同じぐらい高く、個性――というよりも、それぞれの動物の特徴が色濃く出ている場合が多い。
犬獣人などは鼻が良く利く。
鳥獣人などは翼があるので飛行できる。
耳がいい獣人、足が速い獣人、力がある獣人、死んだふりが得意な獣人。
本当にいろいろである。
そのため固有スキルも多岐に渡り、似たようなモノから完全にその獣人しか持っていないものまで様々。
日常生活だってそれぞれの種族ごとに違いがある。
では、永瀬雪菜の友人にいる猫獣人の特徴はどうだろう?
朝。この日の王都の気温はいつもよりかなり低かった。
季節的に冬に当たる時期に入った影響だろう。
なので……
「寒すぎ寒すぎ寒すぎ寒すぎ寒すぎ寒すぎ寒すぎさむさむさむさむさむさむサムイサムイサムイサムイ寒いよぉおぉおぉおおおぉ~~~!」
――ブルブルブルブルブル!!
超震えてた。
猫獣人のチェルシー、震えまくっていた。
雪菜が見ればスマホのバイブレーション機能みたいだと思うだろう。
「せっかく今日は丸1日お仕事休みなのに、昼になってもこの寒さなら家で大人しくしようかな? ふっ……ヘソ出しスタイルには厳しい時期だ」
――だったら、そのヘソ出しスタイル控えろや……
「ん? 空耳かな?」
ここにはいないはずの雪菜のツッコミが聞こえた気がしたチェルシー。
呆れたジト目姿まで幻視できそうだ。
「……アンタ、冬ぐらいもっと暖かい格好にしなさいよ。ま~ったく、子供の頃からそうだけど、猫獣人の中でも人一倍寒がりだね」
「あ、お母さんおはよー」
台所から姿を現したのはチェルシーに似た容姿の母親だ。
「他のみんなはー?」
「お父さんはお仕事。下の子2人は学校。3人ともアンタが起きる前に家から出たよ? 分かっていたけど、さっきまでずっと寝ていたわね」
「だって寒いんだもん。今日ぐらいいいでしょ?」
チェルシーの家は7人家族である。
両親、チェルシーと同時に生まれた男2人、下の弟と妹。ちなみに上の男2人は冒険者になったので、たまに帰って来るだけで基本家にはいない。
猫獣人を含むいくつかの獣人は、大抵2~3人の子供を同時に産むので大家族になりやすい。
そのため、上の子供たちが手が掛からなくなるほど成長してから、下の子供たちを生む習慣ができている。
もちろん金銭に余裕があり、家も大きく使用人を雇えるような家庭なら当てはまらない。ようは子供の時から元気いっぱいの獣人を無理せず生活させられればそれでいいのだ。
獣人の種類によっては1度に産む人数が多い。これだけ聞くとあっという間に人の数を上回りそうだが、そうならない理由もある。
「次の発情期が来たら、お布団と結婚する」
「おバカ」
獣人には発情期があり、その時期にならないと“子供を産みたい”という欲求が来ない。
誤解なきよう言うが、特定の周期で来る1番発情しやすい時期というだけで、その時期にしか恋をしないわけではない。異性と付き合うこともできるし、双方が承諾すれば愛ある行為をすることだってできる。
ただし、それ以外の時期だと極端に“子供を作りたい”本能が薄くなるのだ。
そして同じ種類の獣人同士でも、個人差によって時期がずれることもある。
結果、言い方は悪くなってしまうが年中発情期の人族の方が長い目で見た時、獣人よりも若干多くなりやすい傾向となる。
なのでお布団と結婚するとか言っているチェルシーは……普通におバカだった。半分寝ぼけているのが原因だと信じたい。
「お母さーん。そこの“世界新聞”取って―」
この世界にも一応新聞と呼べるものはある。
毎日のように発行されるわけではないが、2、3ヶ月に1度大陸中の情報をまとめて大量に発行されるのだ。
簡単な長距離情報伝達や大量生産の仕組みが無いためどうしても値段は高いが、数ヶ月に1度自分の住んでいる国だけでなく、他の国の新聞に載るような情報を自分たちが見れるというのは重要で、毎回売り切れが続出する。
「ふむふむ」
新聞を広げ、読み込むチェルシー。
母親が置いてくれたホットミルクを飲みながら目を通す。
「…………あー、やっぱ貴族の屋敷が爆発した事件と“雷の仮面”が討伐された件が今回うちの国のビックニュースかな?」
記事の内容は2ヶ月程前に王都を騒がせた事件についてだ。
正式発表もされたので混乱は収まり、国が魔王教団の幹部をついに倒したことで外交上の取引でも優位に進められるのではないか?などと、書かれていた。
――『ガザルゾア帝国で魔王教団暗躍か?』
――『聖獣の森についての国際会議の行方』
――『マタルギアで巨大魔道具の開発に成功』
――『エンディミオン、論争で魔法が打たれ過ぎて会場が火事』
――『アリステル共和国の海域で巨大な影』
王国以外、他の国や場所でも新しい情報が家で読める。
1人でする類の娯楽が少ないこの世界では、本当に楽しみにされているのがこの新聞だ。
そして記事は次の国――トリストエリア聖国の話題に移る。
「そういえば聖国ってユキナが向かったんだよね。いいなー。あそこは1年通して暖かいから羨ましいよー」
チェルシーは愚痴りながらもホットミルクを飲み――
「………………ブフゥゥゥッ!!?」
盛大に噴き出した。
間一髪のところで新聞を汚すことはなかったが、無理矢理首の方向を変えたことで少々筋を痛めてしまった。
しかし、チェルシーはそれどころではなかった。
「これ……絶対にユキナのことだよね? タイミング良すぎて疑う理由もない。え? どんなトラブルに巻き込まれたらこうなるの???」
――『トリストエリア聖国で念願の“聖女”認定。十数年ぶりに現れた聖女は、赤い瞳を持つ儚げな白い少女! 記者からの質問に対して言った「どうしてこうなった?」の真意は如何に!?』
「どうしてこうなったは私のセリフだよ!!」
目を点にしたチェルシーは詳細な情報を知るため新聞を読み込んだ。
“聖女”になった経緯を本人からより詳しく聞くこととなるのは、それから大分あとの話である。
~あとがき劇場~
雪菜(T_T)「しくしくしくしく」
剣二(;´・ω・)「ど、どうしたんだよ?」
雪菜( ;∀;)「グスッ。ひっぐ」
剣二(;´・ω・)「え? どうしようもない理由があった? 大量の地雷が埋まってる場所で爆弾抱えながら全力疾走したようなもの?」
雪菜( ;∀;)「ズズッ。……チーーーン!」
剣二(;´・ω・)「ああ。ああ。もう分かったよ。キミは悪くないって。だからオレの服で鼻をかむのはやめなさい」




