閑話 牙を隠す蛇
・2023/10/01
一部修正
魔王教団『終末の闇』。
彼らの拠点は複数存在するが、その数は国によって違う。
レーヴァテイン王国の場合、怪しい人物に対しての対処がしっかりとしていることや、不正に魔王教団に手を貸す人物が極端に少ないため各国の中で最も少ない。
ここ数年ではようやく王国内に力を持った協力者ができたことで活動もしやすくなったが……誰かさんのせいで破綻の危機となっている。
逆に言えば、締め付けが緩い国では魔王教団も活動しやすいということであり、それだけ拠点も多いということ。
最も拠点が多いのは『ガザルゾア帝国』だ。
時計の針で言えば大陸の7時から8時の方向にある、かつては戦争が絶えず、今でも冒険者や傭兵が多く出入りする国となっている。
治安の面では昔に比べると雲泥の差であるものの、まだまだ貧富の差は大きく、どうしても帝国上層部の目が届かない場所がある。
例えそれが帝都だとしても。
そんな帝都にある魔王教団の拠点の1つに、雪菜の知る人物が1人。
「え? 雷の奴、死んじゃったの? 本当に?」
「私も最初は耳を疑ったのですが……事実です。それと同時、レーヴァテイン王国にいた例の貴族とその他協力者たち全員の死亡を確認。このことから王国での活動は振り出しに戻りました」
「まっじでー……?」
レーヴァテイン王国の裏路地で雪菜と会った“蛇の仮面”。そして、その直属の部下であるアナと呼ばれた女性だ。
“蛇の仮面”とその部下たちは王国内での王女誘拐が失敗に終わって早々、部下と共に脱出して帝国まで来たのだ。
判断が遅かった“雷の仮面”とその部下たちは脱出の機会を失って王都に取り残された。自分ならどうとでもなると思ったのか、いつもここぞという時の判断能力が幼稚なのは仮にも幹部として失格ものだったが……
「ついに幹部が死んじゃったかー」
「荒れますね」
「まあね。ったく、アイツって何でも力技でどうにかできると思ってたから、いつかやらかすだろうと思っていたけど……」
「1番最悪なやらかしをしましたね。長い年月の中でようやく見つけたレーヴァテイン王国の協力者がいなくなった損失は大きいです。我々の拠点が2番目に多い水の都市は、王国を挟んだ反対側。移動に大きな支障が出ます」
「そろそろ大事な時期が近付いているんでしょ? やだねー、どうも」
はぁ……と、ため息をつく“蛇の仮面”。
顔は見えないが間違いなく仕事で疲れたサラリーマンのような顔になっているだろう。仮面に手を当て、天井を見上げているので余計そう見えてくる。
「…………ねえ? 情報はそれだけ?」
「と、言いますと?」
「誰のせいで、そんな事態になったか分かるかってこと」
「いいえ。なにぶん、情報が得にくくなっておりますので」
蛇の仮面は座ってたソファーに深く体を沈める。
「…………あの白い女の子が関わっている気がしてなんない」
「…………ああ、あの少女ですか。理由をお尋ねしても?」
「最初に王国内で姿が確認されてからの僅かな期間で、偶然オレらの計画を全部潰してきた子だよ? だったら今回もたまたま、偶然、意図せずに、自覚も無く、結果的に……雷の奴を倒しちゃったんじゃないの?」
「………………」
自身が敬愛する“蛇の仮面”に「さすがに考えすぎです」と言おうとしたアナは、だがしかし、口を開けずにいた。
事実として、誘拐した王女と同じ牢屋に入れてから再び確認するまでの間に、王女・件の白い少女・まだ小さな女の子の3人は牢屋からいなくなっていたのである。それも、魔王教団が数える程しか持っていないスキルを封じる枷を外して。
残された3つの枷の内1つは表面に何度も擦りつけたような、あるいは叩きつけたような跡が確認された。おそらく王女が何とか外せないものかと試した後だと考えられた。実際、牢屋の壁や床にそれらしい痕跡があった。
そしてもう1つの枷には小さいながらも確かな傷が付けられており、後々確認したところ、【風系魔法】で付けられた傷だと判明した。
……スキルを封じられているはずだというのに。
アナが考えていることが分かるのか、“蛇の仮面”は笑いながら言う。
「時間的に城の騎士団の真上に3人が現れ、降ってきたのは何らかのスキルによる効果だ。具体的に何かまでは分からんけど。……それにしても、女の子3人が空から降って来るとかどんな状況だよ? 騎士たちの噂を聞いた協力者も首を傾げたって話じゃないか。ホント、あの子は愉快だねえ」
何がおもしろいのかクックックと仮面越しに笑う。
「蛇様、もしかして楽しんでます?」
「秘密♪」
秘密と言っているが本心を隠す気はないようだ。
付き合いの長いアナにはそれが分かるだけに頭が痛くなる。
「オレはね、思うんよ。もしかしたら、あの白い女の子――ユキナって子になら、“顔ちゃん”を救うことができるんじゃないかって」
“顔ちゃん”とは魔王教団の重要人物でもある幹部の1人、顔の仮面と呼ばれる者のことだ。蛇の仮面は魔王教団の中でも“顔の仮面”のことを気にかけていた。
「滅多なことを言わないでください。顔様の身にもしものことがあれば、今の組織を構成しているシステムが混乱します。各国に潜入している者たちにも影響が出るのですよ? あの方は魔王教団に必要不可欠です」
「……と言いつつも、アナちゃんの本音は?」
「……見ていて辛いのは事実です」
蛇の仮面がよく関わりにいく関係で、アナは幹部以外では1番“顔の仮面”と話す機会があった。だからこそ、彼女の不安定さに良心が痛む。
「実際問題、可能だと思われるのですか?」
「最初から決めつけるのはどうかと思うよ? 例えば――」
――ガシャン!
蛇の仮面が言い終わる前、何かが割れる音がした。
「……どしたの?」
「下のようですね。確認しましょう」
気になった2人が階段を下りて下の階に行くと、魔王教団の中でも下っ端に分類される構成員――の中でもさらに問題ある者が暴れていた。
“雷の仮面”の部下だった者だ。
王都へ行かなかった連中の1人で、頭の悪いチンピラの気配が顔から見て取れるような小物である。
その人物は“蛇の仮面”の部下に怒鳴り散らしている。
「ふっざけんな!! 雷様や他の連中が全員あの世に逝っただと!? オレのこと舐めてんのかテメエら!!」
「おい落ち着け。オレたちだってさっき聞いたばかりなんだ」
「そうよ。あまり大きな声出さないでよ」
何とか落ち着かせようとしているが、余計に怒鳴る始末だ。そろそろ手を出してきそうな雰囲気だったので“蛇の仮面”は止めることにする。
「おいおい、どうしたのよ。ひとまず落ち着けっての」
「あぁん!? テメエ、蛇の! よくもノコノコ姿出すことができたなぁ! テメェが王都から帰ったのせいで雷様が!!」
「……そこのアナタ。蛇様に対してなんて口の利き方ですか」
興奮しすぎているのか、言っていることが支離滅裂になってきている“雷の仮面”の部下だった男。
ただの下っ端構成員でしかない人物の横暴な態度――それもよりによって幹部に対しての言い方ではない態度にアナは殺気を出しながら注意をする。
しかし、
「うるせえんだよ!! いや、あの超絶強え雷様が死ぬとかやっぱありえねえ! どうせ誤報かなんかだ! むしろ騙そうとしてんだろ! 最近じゃオレらのやり方にいちいち突っ掛かって来たもんなあ!? 王国での失敗もオマエが雷様に迷惑かけたに決まってる! 何が裏方に徹するだよ! 幹部だ何だのいっても、噂通り使えない――」
「チンピラ程度がグチグチうるさいな」
瞬間、部屋の中を先程のアナの殺気が可愛く思えるほど濃密で、逆らうことを許さない殺気が全体に行き渡る。
もちろん直接受けているのは、暴言を吐いていた男だ。
「ヒッ――! な、何を……ぐぎゃ!?」
「『黒蛇の呪縛』」
床から這い出るように出た蛇を思わせる黒い物体が男に纏わり付き、その首を徐々に締め上げていく。
「元々、雷の奴が集めた部下ってのは単純な頭ばかりのチンピラやゴロツキ連中だってことは分かっていたけどさぁ……」
「ごびゅ! く、苦し、はなせ……」
「今まで自分たちのこと結果的に庇護してきた雷の奴が死んで、オマエらみたいな下っ端の構成員と名乗るのも恥ずかしく思える奴らがさ? 他の幹部連中の部下になることだってできない程度の奴らがさ?」
「グ、ゲ、コヒュ」
「何を考えてオレにケンカ売ってんの?」
「た、たしゅけ――」
――ゴキッ!
「覚えとけよ。ここはチンピラの集まりじゃないんだ。本気で使えない奴なんてお呼びじゃない。あと、オレのこと舐めすぎ。幹部が弱いわけないだろ――って、もう死んでるか」
男は首の骨を折られて、壊れた人形のようにぶら下がっていた。
“蛇の仮面”は後始末をアナと部下に任せて戻る。
「ユキナって子に全然効かなかったから、加減間違えちゃったな。……なあ、オジサンそう遠くない内にまたキミと会いそうな気がするんだけどさ? キミはどうだろ? その時はお茶でもしようかな? それとも……殺しあいになるかな?」
その呟きに答えるものは、誰もいなかった。
その後、使えないと判断された元・“雷の仮面”の部下は各地で粛清されました。




