第44話 真相
・2023/10/01
一部修正
〔ザッカニーア侯爵視点〕
ワシはザッカニーア家の現当主、ルミアン=ザッカニーア。
ワシの代でザッカニーア家も王族以外全てが頭を垂れるほどの影響力・権威を持つまでになった。レーヴァテイン王国内において植物の根のように少しずつ張り巡らされたそれらは王族とて無視できない。侯爵という地位で得られるものはほぼ全て得たといっても過言ではない。
だが、足りん。内から滲み出る欲望はとどまるところを知らん。
そう、ワシは……王位が欲しい。
幼い頃から何でも手に入った。
遠回しだが、法に触れない正道の方法で欲しいものを手にし続けた。
金も、物も、若い頃であれば女も。
己の地位を確固たるものとするため、表向きは王族を敬い、尊敬するふりをしながらチャンスが来ないものかと待ち続けた。
これでも自らを偽ることに関しては自信がある。
相手の裏を読むべきだと言われる貴族社会であろうとも、本当に裏まで見通せるものなどまずいない。隠せないでバレるのは単にその者がヘタクソなだけだ。ワシであれば完璧に表情を制御するなど容易い。大抵の者は笑顔でいかにもな善人のフリをすればすぐ騙される。
そうして表向きの味方を増やしつつ裏の情報網を独自に創り上げ、可能な限り疑いを持たれることなく王になれないか考え、しかしどのプランも現実的ではないと苛立ちを募らせていた頃だった。
奴らが接触してきたのは。
「オレたちに協力してみる気はねえかオッサン? この国で活動しやすいようにしてくれるってんなら、オマエが欲しいものは好きに手に入るぜ? もっと欲しいなら金はいくらでもある。他国で欲しいのがあるなら奪ってやる。まだ枯れていないってんなら女も見繕ってやる。全てはテメーしだいってこった。さあぁ! のるかそるか!? ヒャハハハハハハハハ!」
裏で築いた情報網から逆にワシを見つけたらしい。
他の貴族と会うために王都を離れた時を狙って、ここ最近で勢いが増しているかの魔王教団が接触してくるのは予想外だったが。
“雷の仮面”。高位の風系魔法の使い手として世界各国で暴れまわっている好戦的な実行部隊をまとめる幹部の1人。漏れ聞こえた噂から性格破綻者ではないかということだったが……噂は本当だったらしい。
しかも詳しいことを聞くために話せばすぐに分かったこともある。
コイツは力に酔った子供だと。
ワシが嫌いな類だ。このような輩は調子に乗るとすぐに足が付くことをする。協力するにはデメリットが大きい。
しかし、同時にチャンスでもあった。
叶う可能性があるというならば、ワシの望みは1つ。
魔王教団を利用した王位の簒奪だ、
ワシは自らの望みを叶えるため魔王教団の協力者となった。
協力者として主に入国や王都への出入りをサポートしてきた。王都以外の街にもワシの伝手を使い、魔王教団の協力者を数人作ることもできた。屋敷の者も順次、怪しまれないよう入れ替えた。今では屋敷で働くメイドや執事、コックから雑用係、さらには私兵にいたるまで魔王教団の関係者で埋まった。
脛に傷を持つ輩もいくらかいたが、“顔の仮面”が持つユニークスキルがその問題すら簡単に解決してしまった。ここ数年では“雷の仮面”が王都に訪れることも増え、癪に障る雷の仮面の代わりに交渉事をすることも多くなった。
正直言ってありがたい。数年も過ぎた頃には初めて会った時以上に増長して、会うことすら嫌で仕方がなくなってきたのだ。
そんな“雷の仮面”は今――
「おいおい、酒のツマミがねえぞジジイ。さっさと給仕にもっと来るよう伝えろよ使えねえーなぁ!」
「……オマエが今飲んでいる酒は、ワシが大事に取って置いた酒のように見えるのだが? 下に転がっているビンの銘柄も覚えがあるぞ?」
「その大事に取っておいたっつう酒だよ! 何か文句あんのか? ここ最近、失敗ばかりの使えないやつがよ! ヒャハハハハ!」
「ホント信じられませんよね雷様!」
「あ~あ。オレらいつになったら王都からでれるのかな~? ……雷様、そこの老害のせいで昨日の作戦も上手くいきませんでしたし、もう正面突破しちゃいません? 雷様が本気になりゃあ楽勝っしょ?」
「まあな。このオレ様に掛かれば100人の騎士で固めたって、速攻でぶっ殺してお終いよ。だけど、どっかの誰かさんの顔を立てなきゃなんねえからな~? オレ様ってば超優しいし~? 協力者のメンツは守らねえとな~? ……例えそれが役立たずでも!」
「「「「「ギャハハハハハハハハハハハハ!!」」」」」
(こ、このクズどもが~~~!)
部下のゴロツキ同然な輩と、ワシの屋敷で好き放題していた。
この半年は散々だ。
元々増長のし過ぎでついに自分のことを“オレ様”などと呼ぶようになっていた此奴が、あろことかワシを完全に下に見るようになったのだから。
(それもこれも、全部あのユキナとかいう女のせいだ!!)
始まりはクラリス第2王女の誘拐計画が魔王教団の中で提案されたことだ。
王族にはその特徴として必ず黒一色の髪色になるという不思議がある。遺伝どうこうで片付けられないようなものが。
そして、それにはスキル以外の別の力が働いているという噂だ。
そのことをどこから調べ上げたのか、スキル以外の力の存在を確信し、魔王教団が1人サンプルとして欲しがった。
だが、当然ながら王族のガードは堅い。
狙うにしても下手な方法ではこちら側にも無視できない被害が出る。
そこで第2王女だ。あの娘は王都に住まう民の暮らしぶりを実際に見るというくだらない理由で、何度も平民の暮らす地区に下りるという情報を手に入れた。
第2王女の予定を調べるのは困難だがそう難しくはない。
あとは当日に騎士団の連中が動きにくい状況を作るだけだった。
魔王教団が扱う秘術によって極秘に確保されたBランクの魔物であるブラッディベアーとマッドバッド。まずはこの2体を国が安全だと思っている場所に解き放つ。あとは平民だろうが冒険者だろうが襲われ殺されれば、ギルドだけでなく調査・討伐のために騎士団を動かさなければいけなくなる。
冒険者ギルドのギルドマスターは視察でしばらく帰らない。
高位の冒険者にはそれぞれワシとは別口で長期の依頼を受けてもらい、王都に実力者がいない状況を作る。
そして、魔王教団が王女を誘拐。城の指揮系統が混乱しているのを見計らい門で騒ぎを起こして王都を出る。成功率が高い作戦だ。
作戦当日は騎士団の会議もあり、天がワシに選んだのだと確信した。
通常より踏み込んで情報の入手に力を注いだだけあって、第2王女の細かい予定も把握した。実行する“雷の仮面”には少々不安があるが、“蛇の仮面”がサポートに回ると言うので気が楽だ。
魔王教団が独自に開発したスキルを封じる枷も用意できたという。
今回の件が成功すれば、ワシの望みを叶える前準備をしてくれると魔王教団の方でも決定したらしい。素晴らしいことだ。
だがここで、予想外のことが起こった。
作戦決行の1週間以上前、ついに秘術で確保した魔物が本来安全だと言われる場所で解き放たれた。
その日の内だ。Bランクのブラッディベアーが倒された報告を聞いたのは。しばらくして、マッドバッドの方も倒されたという。
調べればどちらも新人冒険者が討伐に貢献したとのことだった。
ありえん。なぜ新人如きがBランクの魔物を倒せるのだ?
それにマズい。
どちらの魔物もまともに被害を出すことなく倒されてしまった。これでは当日に王都にいる騎士が予定よりも多くなってしまう! 討伐ではなく調査だと言うなら、動かされる人員も多くない。
さらに作戦当日になっても不幸は続く。
1度は第2王女の誘拐に成功したというのに、騎士たちが本格的に動くまでのわずかな時間の間に門で騒ぎを起こす予定だったというのに……監禁場所から王女がいなくなったという報告がきた。
――なぜ王女が監禁場所から逃げられる?
――どうやってスキルを封じる枷を外した?
――どうやって逃げた直後だと思われる時間帯には、既に城の騎士によって厳重に保護されたというのだ!?
王都の警戒網を掻い潜り、ワシの屋敷にまで逃げてきた幹部2人からの報告の結果分かった事実は頭が痛くなるものだった。
“雷の仮面”の部下はチンピラ同然の者が多いのは知っていたが、まさか作戦のどさくさに紛れて別の誘拐事件を引き起こして“蛇の仮面”に後始末をさせるとは……
しかも“雷の仮面”本人は部下の失敗を棚に上げる始末だ。
それから何とか城の騎士団からの調査も躱し、落ち着いた頃に分かったことは衝撃以外の何ものでもなかった。
例のBランクの魔物2体を倒した新人が、またしても関わっていたのだ。
もはやワシにとっては疫病神としか思えない。
もっと詳しい情報を集めたかったが、貴族の中に裏切り者がいることがバレたせいで大きな動きをできなくなってしまった。
ここ半年は失敗続きのせいで“雷の仮面”たちが好き放題している。
先日も王都にいる冒険者のかぅを減らすためにと持ち込まれたAランクの魔物が、解き放った翌日に被害に遭うはずの低ランク冒険者に討伐されたのだ。
調べた結果、また件の白い女が関わっていた。
本当に疫病神か!!
さらに“雷の仮面”を調子づかせる一件がある。
最大のチャンスを作れる作戦が不発に終わったからだ。
魔王教団から極秘に届けられた小さな宝箱。
蓋を開ければ色とりどりの宝石が入っているようにしか見えないそれは高位のスキルでも騙すことができる幻。その正体は魔王教団が長い長い時間を掛けてようやく完成させたというこの世に2つと無い、高威力広範囲の爆弾。
見た目の小ささからは想像できないが、起動して一定時間が経過すると一瞬で城ほどの大きさの建物ですら瓦礫の山に変えてしまうという。
使われた素材や手間の関係からもう2度と作れない魔王教団の隠し玉の1つ。
起動後、贈り物として渡し、ワシが城から適当に理由を付けて離れた後で大爆発を起こすようにしろと、そういうことらしい。
王族だけでなく、他の貴族一瞬で死ぬだろう。
……だが、それでいい。
最近、ワシですら情報を集めきれない動きが城やギルドの中であることは分かっていた。
恐らく本格的に魔王教団と事を構える腹なのだろう。
ならば、その前に全員殺すまで。
“雷の仮面”たちは未曽有の大混乱に乗じて王都から離れ、ワシは偶然生き残った侯爵として国を纏めるのだ。
数は少ないが協力者であった素行に問題のある貴族や、政治に関わりのある金持ち連中――の皮を被った魔王教団の構成員。其奴らがいれば国も一応の体裁は保てる。国が腐敗しようが構わん。一時であろうとも王にさえなれれば他のことはどうでもいい。
ワシはついに行動に移した。
邪魔者をワシの前から全員排除するために。
贈り物の中身を確認する騎士の前では汗が出るほど緊張をしたが、結果として贈り物をまとめて置く部屋に紛れ込ませることに成功した。
宝箱の中にある爆弾の欠陥として、爆発する少し前になると不穏な気配が周囲に漂うようになるということだったので、部屋の付近にいる者たちを少々強引な方法で離れさせた。
怪しまれること間違いないが、爆発してしまえばどうせ意味ない。誰もワシには辿り着けん。その頃にはあの世なのだからな。
何食わぬ顔で会場に戻れば、第2王女が友達だという美しい少女を紹介したとかで周りの貴族どもがうるさかった。
ワシも挨拶に行った。――例の疫病神だった。
若干俯きながらも丁寧な挨拶をする非常に顔立ちが整った若い女だ。周りの貴族は「妖精のようだ」と言っている。
ワシにとっては憎むべき存在だが。
憎悪を抑えて無難に軽い挨拶を終えたら、すぐにその場を離れた。1秒たりともあの女の側にいたくなかったのだ。
それに爆発の時間まで余裕がある内に城から離れなければならん。
貴族の中には無駄に話が長いバカがいる。中途半端な時間帯でそんな奴に捕まったら爆発予定時刻までに帰れないかもしれんからな。
適当な理由を付けて帰る馬車の中、どんどん離れていく城を見ながら抑えきれない笑い声が口からこぼれる。
これで王族も、疫病神の女も死ぬ。
ワシの時代が来る足音を聞いた気がした。
屋敷に帰ったあと、脱出の準備をする魔王教団や重役に就いた自分たちを想像するバカ共をよそに、窓から見える城をワシは眺めていた。
予定時刻が近づくにつれ、まだ爆発しないのかと、一体どのくらい城は原形を留めず崩れるのかと、ドス黒い感情と共に待った。
子供のようにその瞬間を待ち続けた。
予定時刻を過ぎても城で爆破どころか騒動すら起きず、建国パーティーは終わりをつげ、貴族たちは帰っていった。
「………………なんで?」
自分でも本当にうっかり零したかのようなセリフだ。
そのまま使用人が来るまでの間、呆然とするしかなかった。
結局、望みを掛けた作戦すら失敗に終わった。
ワシの考えでは例の宝箱が不良品だったに違いない。
だが、“雷の仮面”とその部下は一方的にワシに落ち度があったと決めつけ、朝から好き放題のやりたい放題だ。
「クソッ、クソッ、クソォッ!!」
背後から響く下品な笑い声に苦虫を噛みながら仕事部屋まで足早に向かう。
(とにかく情報だ。情報が圧倒的に足りん!)
作戦が失敗に終わり、朝から今までずっと情報を得るためにあちこち回っていた。廊下の窓から空を見れば完全に日が沈んでしまっている。
このワシが忙しくしているというのに“雷の仮面”が高い酒ばかり飲んでいるのを思い出し、重要なポストに就かせることを条件に引き込んだクズ共がどういうことだと非難の眼差しでワシをみてくる。それを思い出すたびに腹が立ち、物に当たりたくなる。
仕事部屋に入ったワシは今後のことを真剣に考えるためイスに座ろうとして――ようやく気付いた。
部屋の中に不穏な気配があることを。
「気のせい……ではないな。何だこれは?」
薄ら寒いものまで覚え、部屋の中を見渡し――見つけてしまった。
あまりにも見覚えがある宝箱を。
間違いなくワシが王族への贈り物として騎士に預けた小さな宝箱だ。魔王教団の奥の手の1つとして送られてきた爆発物だ。
それが、何故かワシの仕事机の上にポツンとある。
――ピ、ピ、ピ、ピ……ピィーーーーー!
どこか不安になる音が部屋に鳴り響いた――気がした。
一瞬、視界が全て白一色に染まった――気がした。
何かが爆発する音を聞いた気が――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レーヴァテイン王国で行われる建国パーティー、その翌日の夜。
貴族地区にあるザッカニーア侯爵邸にて謎の大爆発が起きる。
駆けつけた騎士たちが目にしたのは原形を留めないほどガレキの山と化した元侯爵邸。調査の結果、生存者はゼロ。行方不明者は多数。
レーヴァテイン王国、正式報告書より。
雷の仮面「……え? もしかして、これでオレ様の活躍終わりなの!?」
作者「うん。そうだよ」
雷の仮面「ふざけんな! もっと何かあるだろうが! 死ぬにしても、主人公と激闘した最後に、とかさあ!?」
作者「実はその案もあったんだよね。後半部分を結構書き換えての案が。かなり見せ場があるよ?」
雷の仮面「じゃあ、それにしろよ!」
作者「最初に思いついたのがこのオチだったんだ。『アルビノ少女』らしいかな?って。万が一……億が一……いや、兆が一にでも書籍化とかの打診が来たら、改稿版を考えなくもないかもしれん」
雷の仮面「それ、ほとんど叶わないって言っているようなもんじゃねえかよ!! ちっくしょおおおおおおおおおお!!」




