第37話 城生活の終わり
・2023/08/20
一部修正&削除
「あの~そう言われると逆に気になってしまうのですが……」
気持ちは分かる。でもダメだ。
「日本人の業と言いますか……とにかく、クラリス含めて王族の人生に何も影響しないことだから、忘れて忘れて」
「ぬう、しかしユキナ殿――」
「王様、マジで勘弁してください。たとえ子孫であっても、いえ、子孫だからこそ、知らない方が幸せなこともあるんです」
「本当にどういう意味なのですか……!?」
一体何が原因でそんな言葉が生まれたのか小1時間は問い詰めたい意味と、ただのヘタクソな字の読み間違えっす。
初代国王の剣二さん、遥か未来で同郷の奴に迷惑かけてんじゃねーよ。
いろいろ書いてあるらしい手記にどんな地雷があるのか心配になってきた。私だって、異世界人への説明に困るネタが大量にあるんだぞ!
「とりあえず、他の質問はあります?」
「そうですね……初代国王である剣二様によると、日本は黒髪黒目の人ばかりだとありました。たまに茶髪の方がいるくらいだと。ユキナ様はこちらの世界でも珍しい容姿をされていますが……」
おずおずといった感じで聞いてくるクラリス。
まあ人種関係はどうしても慎重になるよね。それも異世界の人間で、自分たちのご先祖様と同じ国の出身が相手なら。
「一応、純粋な日本人。ただ、私は生まれつき日本人の特徴である黒髪黒目に必要な色素を持って生まれなかったんだ。実際、向こうでも浮いてたしな」
「それは……申し訳ありません」
急に王族の人たち暗くなっちゃった。
今の話だけでいろいろ察したんだろな。本当、優しい人ばかりだなー。
あれ? そういや何で日下部が家名になってないんだ?
「レーヴァテインって家名、どっから持って来たの?」
普通に考えれば語呂が悪かったとかだけど……
「剣二様によれば、異世界に伝わる伝説の剣の名前だそうで。1番有名なのは『エクスカリバー』と呼ばれる剣だったようだが、国の名前としては適していないとして、その次ぐらいに有名な剣の名から国と王族の家名として『レーヴァテイン』が採用されたとある。一説には剣二様の名前からヒントを得たとあるが……」
私の疑問に答えてくれた王様の歯切れが悪くなる。
そうだよね。代々王族の嗜みなのか日本語を――漢字を覚えていれば、これに関しては予想が付くよね。
つまり……剣二 → 2番目の剣 → レーヴァテイン(?)
こういうことだ。2番目ぐらいに有名な剣は人によって違うけど、自分の名前から連想しただけ。さっきのネタの件も含めれば明らかなこと。
そんなこったろうと思ったよ!
「――と、いうわけ」
「へえ~。ユキナお姉さんと初めて会った時から不思議な感じがしたけど、全然違う世界から来たんだ。不思議~」
順番は変わってしまったけど、ようやくリリィに私の秘密を打ち明けることができた。不機嫌になっていたのも、今はなくなっている。
王族としてはリリィにある程度誤魔化したいこともあって日本語でずっと喋っていたらしいけど、私から頭を下げてお願いした。
結果として、王族は折れてくれた。
リリィも両親含めて誰にも言わないと約束してくれた。
「ユキナ殿、お互いに聞きたいこと、言いたいことが言い終わったであろうところで、私から言うべきことがあるのだ」
「え? 王様から?」
最後の最後でなんすか?
「実は、初代より王となった者と異世界人にのみ入出を許可された秘密の部屋があるのだ。そこには剣二様が残した手記とそれ以外の様々な物が揃っておる。城を出る前に、ユキナ殿にはその部屋を見てほしい」
「剣二さんの……残したもの」
それは……すごく興味がある。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「では部屋の外で警護に当たってくれ」
「はっ!」
場所は変わって王様の仕事部屋。
異世界や日本に関する秘密の話し合いが終わり、王様と私だけが食事用の部屋から出て向かったのがこの部屋だった。
護衛の人も王族+αが無事でホッとしていたな。
あ、そうそう。これはさっきまでの話の中でちょろっと出たことなんだけど、レーヴァテイン王国を守護する『ヤマト騎士団』ってのは剣二さんの息子さん――つまり、2代目国王が名付けたらしい。
なんでも剣二さんが国王になったばかりの頃は寄せ集めの騎士たちという印象の方が強く、息子さんの代になってから他国相手にも騎士として侮れない程の練度や規律ができた。それで2代目国王は父親である剣二さんから聞いた “大和魂”なるものから『ヤマト騎士団』の大元を創り上げたとか。
今じゃ仕事に誇りを持った騎士が多く仕えていると他国からも一目置かれるほど有名になり、騎士たち個人の感情で言えばレーヴァテイン王国を建国した初代国王より2代目国王の方がネームバリューは高いという話だ。
「さて、ユキナ殿。これからお見せすることは他言無用で頼む」
「はい。え~と、それで何で王様の仕事部屋なんで?」
「うむ。こういうことだ」
つかつかと、本棚に向かって歩く王様。よく分からないタイトルの本がビッシリと並んだそれから、3冊の本を取り出す。
「王様、その3冊に何か秘密があるのですか?」
「秘密は本ではなく、本棚の方だな」
「それって――」
私が言い切る前に、王様は本棚の横を手で掴み……扉のように開いた。
向こう側に見えたのは別の部屋だ。
「隠し扉!?」
「その通り。先程の本があった場所が魔法的なストッパーとなっていてな。そこに収まった3つの本を全て抜くことで、剣二様が残された部屋へ入ることができる。ちなみに、間違って誰かが本を抜いてしまっても大丈夫なように、鍵となる本の種類は全く関係ないものにしている」
本を抜くことで開けることができるようになる隠し扉だなんて、ベタな。
もしかしてこの城、こんなギミックが地味にあるんじゃ?
「さあ、ユキナ殿。お入りくだされ。私はここで待つゆえ」
「王様は一緒に入らないんですか?」
「剣二様の手記には異世界から来たものが現れた時、その者が善性の人物であれば秘密の部屋に案内すること。その際は可能な限り1人にさせること、とあった。いろいろと、思うこともあるだろうから1人にさせるようにと」
「そうですか」
「ここからは角度の問題で部屋のすみっこしか見えんが、中に入ればそれなりの広さで物に溢れている。剣二様が残された手記は机の目立つ所に置いてあるので、是非とも見てほしい。劣化防止の魔法が掛けられているので、乱暴にしなければ問題ない。……どうぞ」
王様から勧められたまま、秘密の部屋に足を踏み入れる。
最初に感じたのは意外にも臭いだった。
(不思議だな。何だか落ち着く……)
普通に生活している分には気にならないけど、ふとした拍子から日本にいた時から微妙に違う空気というか、臭いを感じていた。
でもこの部屋は、日本にいた頃を思い出す物が溢れているせいか、嫌でも懐かしい気持ちに私をさせていた。
「畳に障子の一部が立てかけられてあるし、あれは武士が着込む甲冑か? 何で兜の飾りに『愛』ってでかでかと漢字で付けとんねん。剣二さんの趣味か? というか、刀がやけに多く壁に飾ってあるな。こっちの主流って西洋剣のはずだけど、特注で作らせたのかな? あ、あれ携帯だ。原型留めてる。この世界に来た時、一緒に持ってきたやつか。スマホ世代ではなかったんだな……」
見ればあるある日本を思わせる物の数々。
そんな部屋の中、ポツンとある机。学生が使う勉強デスクのようなデザインで、いくつもの資料らしきものが置いてある。
その上に少し大きめの手帳があった。これが王様の言っていた剣二さんが残した日記なんだろう。
「……拝見します、剣二さん。転移者の先輩……」
ここにはいない剣二さんに向けての言葉を呟く。
さすがに全部を見るのは憚られるから最初の方だけ見よう。
手帳を開くと、もう懐かしく思える日本語が目に入った。
その日私は、自分よりずっと前にこの世界で生きてきた転移者――日下部剣二の始まりを知ることとなる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「わずか数日とは言え、ユキナがいなくなるのは寂しいですね……」
「そんな悲しそうな顔すんなって。しばらくしたら必ずまた来るから。許可証的なものができたら家に届けてくれるんだよね」
「はい。1週間以上掛かってしまいますが……」
「なら大丈夫。しばらくはずっと王都にいるし。魔王教団関連で安全が確認されるまでは、この国から出ていくこともないよ」
「ユキナは世界中を見て回るのが夢でしたね。わたくしは立場上自由に動けないので、ユキナの話など楽しみにしています」
秘密の部屋から出てしばらく。ついに帰宅の時が来た。
あの部屋で知ったことは多くない。だけど、何百年も前にこの世界で生きてきた日本人の残した記録を見ることは私にとって意味があった。
「ユキナ殿。落ち着き次第、例の武具や魔法具を渡そう。さすがに全部と言われては困るが、必要だと思ったものは持って行って構わない」
「ありがとうございます」
実は剣二さんの遺言で、あの秘密の部屋やお城にある宝物庫から武器や魔法具の類をいくつか貰えることになったのだ。正直ありがたい。王様から私が貰ってもいいモノをいくつか紹介されたけど、どれも便利そうだった。
今度来る時までにリストを用意してくれるらしいので最低限必要なモノを手に入れなければ。例えば武器とか。
「ね~え、本当に私も来ていいの?」
「もちろん。しばらくはユキナと一緒に来ていただくことになりますが」
私もビックリだったのは、リリィにも私と同じく貴族が住んでいる区域、及び城への出入りを自由にする許可証を手に入れる約束を王族相手に取ったことだ。秘密の部屋から戻ったら、いつの間にかそんなことになっていた。
王族からのサービスだそう。ホント、人格者ばかりだなー。
「ユキナ様、リリィ様。帰りの場所の準備ができたようです」
「魔法の修行、ちゃんと付けてあげるから必ず来るんだよ!」
「ユキナ殿、心よりお待ちしております」
おっと、クラリスたちと話し込んでいたらもう馬車の準備ができてしまったそうだ。フィオラさんがわざわざ知らせに来てくれた。
ニコラさんとエリザさんも別れの挨拶をしてくれる。
「またねクラリス」
「まったね~!」
「はい。また、です。ユキナ、リリィ様」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
城を出てから家に着くまでの間に夕日が出てきた。いつもならこの時間帯には帰るようにしている時間帯だった。
家から出てきたカイルさんとリサさんを見て、真っ先にリリィは馬車から降りて親子で抱きしめ合っている。邪魔したら悪い気がしたので落ち着くまで見守るつもりだったが、リリィに呼ばれて出ていかざるを得なくなった。
「「おかえり、ユキナさん」」
2人は当然であるかのように私へ「おかえり」と言う。
それに私は胸の中心が暖かくなるのを感じて……
「ただいま」
はにかみながら、小さくそう言った。
剣二の日記は後日、閑話として投稿します。




