第34話 ウェルナー=ブラッドレイン
・2023/08/14
一部修正。
「ハハハ、そぉかい。キミがクラリスくんを救い出したのかい。礼を言わせてもらうよ。おっと、紹介がまだだったねぇ。改めて、ボクはSランク冒険者にして今は城勤めの研究者でもあるウェルナー=ブラッドレインだ」
数分後。ようやく落ち着きを取り戻した私。
用意されたイスに座り、新しい白衣を着て気さくに笑っている40代前半ぐらいの男性こそ、Sランク冒険者【血染め】のウェルナーさん。
……この人、本当に味方側の人間なんだよね? どう見ても敵組織で人体実験とかしている系の科学者にしか見えないんですけど。
ちなみに、部屋にあった放送禁止モノの物体は、いつの間にか片付けられていた。ウェルナーさん、どうも【アイテムボックス】のスキルを持っているらしい。おかげでSAN値がこれ以上削れずに済みそうだ。
でも油断は禁物。すぐに目を覆い隠せるよう、現在リリィは私の膝の上。
SAN値直送物体が見えそうになったら即視界を塞ぎます。
ウェルナーさんに話を聞いてみると、クラリスが魔王教団の魔の手に掛かったと聞いて地味に怒りが湧いたそう。で、せっかくだからとクラリス救出の知らせを受けたあと、拷問用に改良した血を作っていたとか。
ただ最後の仕上げの段階で邪魔が入ることが嫌いで、そろそろクラリスや私たちが来るのは覚えていたけど、数分ぐらいならいいだろうと扉に鍵を閉めてアレコレ。完成した瞬間に私が扉を開けたらしい。
「ボクはクラリスくんがこ~んなに小さい頃から知っていてねぇ。自分が変わっているのは自覚しているけど、そんなボクにも変わりなく接してくれるから、まあそれなりに愛着を持ってねぇ」
手の高さを調整してどのくらいの身長だった頃のクラリスと会ったかを表す。う~ん……リリィよりもだいぶ小さい。5歳児ぐらいかな? そんな昔からの知り合いなのか。あ、クラリスが少し恥ずかしそうにしている。年上の人に小さい頃の自分のこと言われると変に恥ずかしいよね。
分かる分かる。私も身に覚えがある。古本屋の爺さんがまだ8歳ぐらいだった私の写真を大切そうに保管したの見て顔が熱くなった。
「ウェルナー殿、クラリス“様”です。お間違えのないよう」
「えー、いいじゃない。昔からこう呼んでいるから今更変えようとは思えないよ。そこのユキナくんだっけ? そっちは呼び捨てだろ?」
「ユキナ様はクラリス様の恩人であり、友人です。アナタはSランクの冒険者とはいえ、もう少し王族の方に適した態度を――」
「あー、あー。きーこーえーなーいー。ボク、そういうの壊滅的に苦手なんだよねぇ。王様もそれでいいって言ってるんだから問題ないでしょ?」
「問題だらけです!」
フィオラさんの注意に子供みたいな反応をするウェルナーさん。
……この2人、相性悪そうだな。
「と、ところでウェルナー様! 先程扉の前に手の形で血の跡があったのですが、あれは一体? 正直、ユキナやリリィ様をお連れしていきなりのことだったので非常に紹介しづらかったのですよ!」
クラリスが必死に話題転換。
今更だけど苦労人の素質があるよなクラリスって。
「うん? あぁアレか。普通に血反吐を吐いて、うっかりそのまま扉を触ってしまっただけだよ。洗うのはあとでいいかなって」
「そうだったのですか。気を付けてくださいね」
オマエの血かい!?
しかも、くしゃみしたみたいな言い方で血反吐を吐いて堪るか!? 何で普通に対応してんの!? フィオラさんも納得した的な顔だし。
何なの? おかしいのは私だけっていうのか?
確かめたくなったので微妙に距離を取ってたニコラさんの元へ。
「あの、血反吐って……ウェルナーさん身体が悪いんすか?」
「え? あー、ユキナちゃんは知らないんだっけ?」
「Sランク冒険者の知識ゼロです」
「ウェルナーって生まれつき病弱らしいの。血反吐なんて年がら年中吐きまくっているのよ。そもそも血の研究を始めたのも切っ掛けはそれで、Sランクになるまではスキルの力に頼って強引に生きてたんですって」
笑い事じゃなかった。
戦っている姿は見たことないけど、いざ戦場に出てさあ魔物どもめ覚悟しろ!って時に突然血反吐撒き散らしたら、知らない人なんか「Sランクが負傷おおおおおお! メディーーーック!」となって、現場混乱するんじゃ?
そのことを伝えたら、聞こえてたらしい本人から答えが。
「それなら、とっくにやらかしたよ! Sランクになってから初めての戦いがねぇ、大規模発生した魔物たちの討伐だったんだ。新たなSランクということで後ろの冒険者には期待の眼差しで見られ、ボク自身テンションが上がってねぇ。気持ちが高ぶっていたせいか『さあ、Sランクの力を見せてやろうじゃぁないか!』と声高々に宣言した瞬間、これまでにないレベルの血を吐いちゃって……。しかも量が半端じゃないから貧血で膝ついてねぇ。さらに言うと、着ていた服が吐き出した血で悲惨なことに……」
何やっとんねん……
どのくらい病弱なのか知らないけど、スキルの力である程度抑えていたっていう話だし、テンション上がった拍子に制御誤ったのか?
「もう現場は大混乱さぁ。何とか立て直しつつ混乱させちゃった分の働き以上はしたけど、実力とは別に有名になっちゃって。それまで別の二つ名だったのが、自分の血で自分を汚したってことで【血染め】のウェルナーって呼ばれるようになったんだぁ。いやー、参った参った。今までの人生で1番の汚点だよ!」
オマエの血かい!?(パート2)
【血染め】っていうから、ブラッディベアーみたいに返り血のこと指しているのかと思ったら、予想外すぎるだろが!?
「話は変わるけど、ユキナくんとリリィくんのことはある程度知っているからねぇ。ボクにできることなら気軽に相談してくれ」
「ありがとうございます?」
一応信用は得られたと考えていいのかな?
そうだ。聞きたいこと今の内に聞こう。
「あの、今この国には魔王教団の幹部で“蛇の仮面”と“雷の仮面”が潜伏しているみたいなんですが、ウェルナーさん勝てますか?」
クラリスにも聞いたけど、やっぱ本人から聞きたいな。
「……直接戦ったことがないから何とも言えないけど、当然勝つために最善を尽くすさ。簡単にやられるつもりはないしぃ、命取るつもりで戦うことにしているよ。問題があるとすれば“雷の仮面”を相手にした時、後手に回ってしまうかどうかだねぇ。対策も考えているけど、どこまで通用するかなぁ?」
やっぱネックは“雷の仮面”か……
強い人が先手を取れれば何とかなるんだろうけど、難しいよな。せめて私が王都を離れるまでの間に誰かが倒してくれるとありがたい。
私も戦うこと視野に入れといた方がいいか? またクラリスが攫われたらと思うと、胸がざわつく。
問題は私が戦闘のド素人という点だ。やっぱ冒険者としての実力を上げるために戦闘経験増やすのが地道だけど必要になってくるな。
いや、どっち道必要か。SP0はマズい。
「はぁ……本当に迷惑な奴ら」
「だねぇ。魔王に関する新しい情報が載った文献は、ボクも冒険者時代の伝手を頼って入手できないか昨日の時点で知り合いに手紙とか出してみたけど、可能性は低いだろうなぁ。魔王を復活、もしくは新たに生み出すとして、具体的にどうするのかが分かれば……。1番有力なのは“魔王に世界を滅ぼしてもらう”っていう自分たちも巻き込みかねない破滅思想なんだけどぉ、どうだか?」
破滅思想か。宗教の延長線上ならあり得そうだけど、私には違って思える。
魔王教団はず~っと昔からある大組織だ。つまり、それだけ下っ端を含めて人数が多いということ。破滅願望――自分も巻き込んだ世界滅亡になんて目標を掲げて、多くの人間が仲間になるとは思えない。
小説にしたって映画にしたってそうだ。
幹部と下っ端とで最終的な目標に関する情報量が違っていたとしても、何らかの形で自分に利があると考えたから魔王教団に入ったはずだ。
そうなると、私の頭の中で思い浮かぶのは――
「魔王と交渉して、世界の半分を貰う……とか?」
「……何だいそれ?」
「いや私のいた国、日本って言うんですがね? 何十年も前から世界征服企む魔王と、その魔王を倒そうとする勇者を題材にした物語が多いんですよ。で、魔王のセリフで1番有名なのが『フハハハハ! 勇者よ、我の仲間にならないか? さすれば世界の半分をオマエにくれてやろう!』ってなもので、世界って広いから半分ぐらいなら自分に忠誠を誓う部下にやっても不思議じゃないというか……」
「ニホン? 初めて聞く名前の国だけど、そんなに魔王が出てくる物語が多いのかい? ボクの知る限りどこの国にもそんな物語は無いけど?」
「……私が小さい頃にはそっち系の物語が爆発的に広がりましてね、素人が書いたのは計測不能。実際に本として売り出されたものに関しては、たぶん100以上の物語に魔王が登場しますよ」
「そんなにかい!?」
「ここ数年だと、普通の魔王じゃ読む人が増えないってことで、たまたま魔王になっちゃった良い人系から、むしろ善人な魔王様系、逆に勇者が悪役系と幅広い種類の増加が。もうどんな魔王が来ても私は驚きませんね」
「不思議な国だねぇ。ユキナくんが知っている物語の魔王はどんなのがいるんだい? 参考までに教えておくれよ」
「いいっすよ。……さっき言った『世界の半分を~』とか言うような魔王が、俗にテンプレ魔王と呼ばれるものですね。他のだと――」
「ふむふむ」
それから私とウェルナーさんは、なぜか魔王の話題で盛り上がった。
でも、そのせいでクラリスの呟きは聞こえなかったんだ。
「日本? それに『世界の半分を~』? 先日のことといい、まさか本当に? ユキナ、アナタは初代と同じ……」




