第17話 命を奪うということ
・2023/05/26
一部修正。
ギルドをギランさん、クラウドさん、ハルさんと共に出発してからしばらく。前に薬草採取に出かけた森の中間地点に私はいる。
この森、王都にいる新人冒険者がよく来るということで定期的にギルドからの依頼でセーフティーエリアもどきを造っているらしく、そこで私はハルさんと一緒にテント作りを教えてもらいながらその辺のことを聞いていた。
「この森って、深さによって魔物の分布がハッキリと分かれているのが特徴でね。浅い所は全然魔物が出ないし、今いる中間地点は初心者用の弱めの魔物しか生息していないの。さらに奥に行くと上位種の魔物が独自の縄張りを持っていたりするから、注意が必要ね。クラウドの奴も新人の時に奥に入りかけて、先輩に怒られたことがあるわ」
「新人向きの森っすね」
ゲームに出てきそうな森じゃん。
あれだよ。序盤で普通に入ることできるけど、途中で特殊な技を覚えなきゃ通れない箇所があって、それを習得したら先に進める的な。
「で、今いるのはユキナちゃんみたいなEランクに上がるための試験や新人向けに造った場所なの。拠点を造りやすいように、【風系魔法】で邪魔な木々を切り倒して、【炎系魔法】で辺りを念入りに焼いて、【水系魔法】で周りに引火しないようにして、【土系魔法】で整地して。……ギルドが新人の死亡率を減らすための努力をしているから、アタシだってうまくやれるようになったんだもん。先輩冒険者にしてもらったように、新人にいろいろ教えるのが密かな楽しみだったから」
そう言って笑うハルさん。
この人、特に美人な顔なわけでもないのに不思議な安心感があるんだよな。大学だったら密かにモテていそう。
たぶん自然な笑顔だからだろう。
雑念ゼロの笑顔は私的にも評価が高い。
リリィの笑顔が100点満点だとしたら、ハルさんの笑顔は80点台はいっているな。身内贔屓? 多少自覚はある。
「ここ以外の森で野営する時は0から準備しなくちゃいけないの。この森は木と木の間に空間があるけど、森によっては足場にも気を付けなきゃいけないぐらい植物が生えて見通しの悪い場所もあるから。ユキナちゃんがどんな冒険者になろうとしているかは知らないけど、他の森に踏み込む時は注意することがここより多いよ」
言われてみれば確かに。
野営する場所は基本的に見通しのいい比較的安全な所を選ぶ。王都に来るまでの馬車旅でもそうだった。見通しが良ければ襲撃にだってすぐ気付くことも、次の行動に移すこともできるから。
森の中だとそうはいかない。
ご丁寧に人が腰を落ち着かせる場所を見つける方が難しいに決まってる。木の根っこが地面の上にまで盛り上がっている可能性だってあるし、移動の邪魔になるような植物だって好き放題に生えている。
思い出せば、私が山賊に追いかけられた森だってここほど見通しも足場も良くなかった。落ち着いて考えてみると、私がアイツらから逃げられたのは偶然の要素もあるんだな……。たまたま走るのに最低限苦労しないエリアだった。
ぶっちゃけ運が良かったんだな。
……う~ん。こうして考えると私の持っている【幸運(大)】のスキル、あれって意外と効力発揮しているのか? リリィたちと出会ったのも運が良かったと言えるし、ブラッディベアーを倒せたからお金の心配をしなくてもよくなったし。
そういえばスキルで思い出したけど、SP全然溜まってなんだよな……。
図書館に行った日に大量消費してそのままだし、【ヘルプ】による【EXスキル:SPマスター】の説明だと複数回弱い魔物の討伐してようやく1SPになるみたいなこと言っていたし、明日魔物を倒しても上がらないようなら、マジでSPの使い道を考え直さないと痛い目会いそうだな……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夜。
私は今日一番の強敵に悩まされていた。
「……ぐごぉおおおおおおおおお! ……ぐがあああああああああっ!」
「う、う、うるっせぇえええええええええええええ!!」
ギランさんのいびき、マジうるせぇええええええええ!
こんなん眠れるかボケ!
拠点となるテントの設置も終わって、冒険者用の携帯食(可も無く不可も無い微妙な味)を食べ終えたとこまでは良かったんだ。
最初の見張り役には私とギランさんが担当することになって、周囲を警戒しながらも冒険者としてタメになる話を聞くことができた。
そこまでは……そこまでは良かったのに……!
いざ寝ようと思ったら、数分して隣から聞こえてくるのは安眠妨害音波攻撃。
耳から侵入したいびきの名を借りた音波攻撃は私を眠らせてくれない。
ヤバ。ちょっとクラクラしてきた。
明日からが本番だっていうのに……こりゃアカン。何とかせな。
【ヘルプ】! とにかく私を眠らす方法を教えてくれ!
『〈まともに寝れる方法〉……【スキル:耳栓】が有効。自分にとって不要だと判断される音を聞こえないようにする。(大)では微調整が可能となり、脳を含む各器官へのダメージを無効にできる』
「これだ!」
サンキューヘルプ! マジ愛してる!
さっそく取得。
【耳栓(小)】とその次の【耳栓(大)】をそれぞれ1SP消費して取得。これで残りSPが5にまで減ったけど、背に腹は代えられない。
明日が大事な試験だっていうのに出し惜しみできるか。
効果はすぐに表れた。
……スゲーな。さっきまで響いていた近くからの音波攻撃が鳴り止んだ。いや、正確には私だけ聞こえなくなったんだ。
でもテントの外で鳴っている風の音は普通に聞こえるから、これがスキルのお陰だってことがよく分かる。
これで安心して寝れるわ。
おやすみなさい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「じゃあ改めて試験の内容を確認するね。今回ユキナちゃんには初心者用の魔物であるララビット、ガルウルフ、ゴブリンを1匹ずつ倒してもらう。基本的にボクたちは見ているだけで、ピンチの時には助けるけど、その場合は失格という扱いになるから注意してね。さっき言った魔物以外が現れたり、討伐予定の魔物が1度に複数現れたらボクたちで対処するから安心して」
クラウドさんが丁寧に説明してくれている。
翌日の朝、ついに試験が始まった。
ギランさんのいびき攻撃にはうんざりしたけど、新スキルのお陰で何とか快適な朝を迎えることができた。
しかし、スキル取得のための2SPの出費は地味に辛い。
だから朝食時にジト~とした視線を向ければ、とても困った顔で理由を訪ねてきたからあえて何も言わなかった。
私のチートスキルの話すわけにはいかねーし。
まあそのせいで、ハルさんったら私が寝ぼけたギランさんにセクハラされたんじゃないかと疑って、朝っぱらから仲間割れになりかけたのはご愛嬌だ。
ちなみに、その時クラウドさんはオロオロしていた。
曰く、ハルは怒ると手が付けられない。曰く、前に仲裁したらトバッチリ喰らったんだ勘弁して恐いんだよ――とのこと。
小声で「ヘタレ」って言ったら超落ち込んだ。
なんかすんません。
「うまくいきゃあ午前中で3種類とも会えるだろうし、早めに試験が終わったら、昼飯はオレが奢ってやるぜ」
「“うまく会えたら”ですよね? 運が悪いと昼過ぎになっても目当ての魔物と出会えないことだってあり得るんですから」
そりゃそうだ。
ゲームだったら歩いて数秒でエンカウントするだろうけど、現実でそんな頻度で魔物が襲ってきたらたまったもんじゃない。
……とりあえず、私の好きに歩いてもいいから移動しようということになった。
早めに終わりますように。そうすれば昼飯の奢りじゃ!
私の願いが通じたのか、はたまた【幸運(大)】のお陰か、10分ほど歩いたところで最初のターゲットを発見。
見た目は……ウサギだな。
何となく名前聞いた時からそうじゃないかと思っていたけど。
「ララビットね。基本的に大人しい魔物だけど、襲われれば向かってくるわ。最初の相手としてはいいから、落ち着いて」
ハルさんの言葉を半分ほど聞きながら数メートル先のちょっと大きめなウサギ――ララビットを見る。
さっきから自分の心臓音がうるさい。
一昨日練習した【風系魔法】を当てれば1発で済みそうなウサギモドキ。でも、魔法を発動させるための言葉がさっきから出ない。
のども乾いてきた。
今から明確に自分の意思で生きている生物を殺そうとしているんだ。緊張もする。日本にいた時じゃ、まず経験することがない感情だろう。
軽く息を整えて――
「…………『ウィンドカッター』」
――ザシュッ!
「キュ!? ギュ、ウ、ゥ……」
――ドサ
私の放った魔法の風の刃は、ララビットの首元へ吸い込まれるように到達してその身を切り裂いた。
断末魔のような鳴き声と、目から光を失って地面に倒れる姿なんて覚悟してたって“くる”ものがある。
「おめでとうユキナさん。あと2匹ですよ」
「……ありがとうございます」
これから何年も経験することになる魔物の討伐。その最初の1匹との戦いは戦いと呼べないくらいあっけなく終わった。
「……うっし!」
気合を入れ直す。
残りの魔物は2匹。1度やったんだからあとも同じだ!
雪菜、ファイトー!
「次、行きましょうか!」
終わったら飯が待ってんだ。
美味しいもの食べて、寝て、リリィと王都を回って……せっかくの異世界なんだから楽しんでいこう!
それから出会った2匹目の討伐対象のガルウルフ(茶色い狼だった)には【土系魔法】も併用してやっつけてみた。
具体的には私の存在に気付いた瞬間に唸り声をあげてこっちに向かってきたから、進行方向に段差を作って転ばせてみた。
あとは態勢を立て直す前にララビットと同じ方法で倒した。
「嬢ちゃん、顔色が悪いが大丈夫か? 残っているのはゴブリンだけだが……」
「大丈夫っす」
実は問題だらけだけど。
ウサギより狼の方が吹き出る血の量って多いのよ。
スプラッター耐性はそこまで高くないんす。
しかしゴブリンね。私が思っている通りならいいけど……
「……! どうやら向こうから来たみたいですよ」
クラウドさんの言葉に集中力を高める。
そしてガサガサと草を掻き分けて出て来たのは、
「ゲギャ? グギャ、グギャア!」
何とも醜悪なゴブリン。
手には棍棒を持って、汚い布を腰に巻いていた。
「いつ見ても嫌悪感しか湧かない見た目ね。ユキナちゃん、ゴブリンは人間に近い姿をしているけど立派な魔物で――」
「『ウィンドカッター』『ウィンドカッター』『ウィンドカッター』!!」
先手必勝! ゴブリンは細切れになった!
「よし! これで試験終了ですね。早く終わったし、約束通り美味しいもの食べさせてもらいま――どうしたんすか3人とも?」
ゴブリン倒したのに複雑そうな表情で見てくるのはなぜ?
「え~とね? 冒険者の初心者にとっての難関が“ゴブリンを倒せるようになるかどうか”って言うのがあるの。魔物とはいえ、人に似た姿のゴブリンを相手にした時、無意識に躊躇っちゃう新人がたまにいるんだけど……」
――ララビットやガルウルフの時の方が躊躇っている風だったのに、一切躊躇わずに瞬殺したよね?
そんな疑問をぶつけてくるハルさんだけど……
「いや、女性の天敵ですし」
一体どれだけの数の作品で女騎士が“くっころ”されたと思ってる。
オークと共に数多の女性を泣かせてきたんだ。
あの醜悪な見た目ですぐに分かったよ。アレは同人誌に登場するような女性に乱暴狼藉を働くタイプのゴブリンだって。
最近じゃ、良いゴブリンが登場する作品もあるけど……アレは絶対に違う。女の本能で分かる。友好関係0%だ。
そんなのに躊躇いなんてこれっぽっちも湧きませんって。
さっき討伐した2匹に失礼じゃないっすか?
~おまけ~
ゴブリン「オレ、そんなことしないよ。そもそも魔物は基本的に自然発生型だから、繁殖とか必要ないのに……」
ララビット「とんだ濡れ衣ですね」
ガルウルフ「どんまい」