第14話 獣人のウェイトレス――と、再会の魔族
・2023/04/30
全て書き直し。
「では、朝の挨拶から!」
「「「おはようございます!」」」
「もっと大きな声で! お客様が来たら!?」
「「「いらっしゃいませ!」」」
「もっと大きくできるはずです! お腹の底から~はいっ!!」
「「「いらっしゃいませー!!」」……ごほ、ごっほ!」
どうも永瀬雪菜14歳です。
本日はとある食事処に来ています――ウェイトレスとして!
初めて着るフリフリのエプロン!
鏡見て思ったよ。似合わねー! キャラじゃねー! ってさ。
(こ、この状態で接客をしなきゃいけないのか!?)
羞恥心やら何やら大事なものがゴリゴリ削れていく……!
事の発端は昨日の鍛冶屋からの帰り。依頼達成の報告をしに冒険者ギルドへ寄った時だ。エミリーさんから雑用依頼の申し出があった。
今思うと半分不意打ちだよねアレ。
写真撮る人が両手の親指と人差し指を使って四角形を作る形で私を見ながら「……ユキナさん、声は大きい方ですか?」と聞いてきたのが始まり。自分で言うのもなんだけど大きい方ではあるので肯定すれば「ピッタリの雑用依頼が明日ある」と提案してきた。
雑用依頼は2回連続でエミリーさんの意見を聞いているので「好きにして」と言い、「朝1番で来てください」という声をバックに帰宅。鍛冶の手伝いで火照った体を休めることにした。予想より疲れてたのかベッドインしてすぐ眠ったよ。
そして翌日。つまりは今日。
――“依頼内容は疲れていても確認する。それが知り合いからの提案でも”。
それを身をもって知ったのが現在の私の姿だ。
笑いたければ笑え!
「ユキナー、笑顔が硬いよ? もっと自然に」
「チェルシーパイセン……私は陽キャじゃない。どちらかと言えば陰キャっす」
笑顔が硬い?
これが私の全力だよバカヤロー。
「パイセン? ヨウキャにインキャって何さ?」
「あー、何でもないっすわ。忘れてください」
私に付いて仕事を教えてくれているのは獣人のチェルシーさん。ちなみにネコミミとネコ尻尾のある理想通りの猫獣人だ。
普段ならテンション爆上がり何だろうけど、昨日のドワーフとは違う理由――接客業が精神的に疲れるのが理由で落ち込んでいる。
「私だって、私だってがんばってるんすよ! お客さんから注文受ける際とかちょっとした会話の時は普通に仕事をこなしてるんすよ!」
「こなしたあと、厨房の影で顔色悪くしてるから心配してんの」
「代わりに清掃に力を入れてるじゃないですか!」
「確かに綺麗にしてくれてるよ。近づくなってオーラを出しながら」
普通の人には理解してもらえないけど、まともに関わりのない人とコミュニケーション取るのが変に苦手な人っているんだよ。リリィみたいになし崩し的に半ば覚悟を決めて関わったのならともかく、それ以外は接客業ですら拒否感が体の内側から出るんだ。
時間があれば改善するけど……この異世界に転移してからまだ1ヶ月も経っておらず、人と関わらざるを得ない雑用依頼はまだ3回しかしていない私にはキツい。
そもそも雑用って街の清掃業とか郵便の仕分けとかじゃないの? 3日連続で人と関わる依頼ばかりって運悪すぎじゃない? スキル【幸運】が仕事しているのか怪しいぞ。てか、この【幸運】を感じる出来事が全然ない件について。
(うっ、ダメだ。思考がネガティブになってきている……)
これが実の家族との関係がギクシャクして、友達0人な14歳の姿か。
本日2度目だけど、笑いたければ笑え!
「笑わないよ。キミは自分の速度で成長しているからね」
ふぁ!? 誰だ人の心を読んだかのような発言するのは!
声のした方へ振り向く。そこにいたのは――
「あ? ……図書館の魔族さん?」
「やあ、縁があったようだね。こんにちは」
数日前、図書館の中で話しかけられた魔族の女性だった。
「いらっしゃいませー! 久しぶりですねマオさん」
「久しぶり。チェルシーも元気なようだね」
しかもチェルシーさんの知り合いかよ。
マオって名前なのか。メモメモ。
「チェルシーさん、知ってる人? もしかして常連?」
「確かに常連だが、彼女とは仕事の関係であってね」
「仕事……そういえば前会った時も言ってたな。え? 何の仕事?」
「役者さんだよ。私はそこのお客さんだね」
役者さん!? もしかして宝塚みたいな!?
気になって詳細を聞いてみたけど、役者全員が女性ということはなかった。
「随分昔にそいう案があったと聞いたことはあるけど、様々な種族の役者がいるからね。そいう種族の違いによる“役”の多様性の方を優先したらしいよ」
「ドワーフの人とか男女で大分違うからねー。獣人も種類豊富だし」
「あー、そいう問題もあるのか」
確かにヒゲもじゃとロリッ娘じゃ大分違う。獣人もチェルシーさんみたいな猫獣人の他に犬とか鳥とかの獣人もいたはずだ。
平等公平に舞台をするならそうなっちゃうか。
「では立ち話もこのくらいにして注文を頼もうかな。注文はすぐ決めるから……そちらの白いウェイトレスさんに側にいてもらいたいな」
キラキラした表情で私に向かってウインクをするマオさん。
わざわざ私をご指名だと!? 一体何の用だ!
「あー……そんな感じ? じゃ、ユキナあとはよろしく~」
チェルシーさんが裏切った! 置いてかないで!
く、何の用か知らないけど我慢だ我慢。
今の私はウェイトレス。お客様のご注文をとるんだ……!
「えっと、ご注文は――」
「ボクは様々な役を演じていくうちに、仕事仲間たちの演じる役を見ていくにつれて、ちょっとした特技ができてね」
急に語り始めたんですけどこの人。
「大体のことは顔を見れば分かるのさ。話をすれば精度も上がる」
それでさっき私の心情に対して答えてきたのか。
ほとんどエスパーじゃねえか。
「これは完全にお節介だけどね。焦る必用なんてないのさ。キミは本格的に働き始めてから――他人と接する機会が増えてから日が浅いんだろう?」
「まぁ、1週間も経ってないな」
「なら十分だよ。ボクじゃなくてもキミが人と関わるのが苦手だということは分かる。だが、恐れずに前に進んだじゃないか。苦手なりにがんばっているじゃないか。なら、それで十分だ」
「え、えー……そんなのでいいの?」
古本屋の爺さんという例外を除けば、みんな急かしてきたのに。
「他人に言われて簡単に変わるなら誰も苦労しないさ。他人がしていいのは肯定すること、道標を示すことまでだ。だからボクはキミのがんばりを肯定する。何日、何ヶ月、何年掛かっても良いんだ。前に進もうとしているだけで十分立派だよ」
「まさか、ここまで本格的な人生相談みたいになるとは思わなかったけど……ありがと。おかげで肩の荷がちょっと減ったわ」
実際、少しスッキリした。
異世界に来たし、心機一転変わってやるぜ!と高校デビューするような心境で無自覚に焦っていたのかもしれない。言われて初めて自覚したわ。
自分の速度で……か。良い言葉だな。
「フフ、良い顔になったね。――っと、ではランチセットを頼もうかな」
「かしこまりましたー。しっかし、マオさんってば役者も似合ってそうだと思っていたけど、副職でカウンセラーとかできるんじゃないっすか?」
「遠慮しておくよ。ちょっとしたお節介ぐらいがボクには合っているのさ。……ただでさえ、これをすると熱を帯びた目を向ける女性が多いのに」
「それはどういう……?」
ここで初めてマオさんが私でも分かるほど表情が崩れだした。
「何というか、お節介した人物――特に女性なんだけど、ボクのファンになるだけに留まらず……こう、恋愛的な意味で近づいてくることが多くなってきて」
「……ああ、そういうオチか」
私の脳裏に「お姉様!」とか言ってマオさんに対し百合の花を咲かせる少女マンガ風の女性が出てきた。そしてマオさんは宝塚系の女性だ。つまり……そういうことなんだろなー。
「ボクがお節介して熱に浮かされない女性って中々に少なくて、できればキミとは普通の関係を結びたいんだが、どうだろう?」
「私で良ければ、まあ……」
今度はこっちが人生相談することになりそうな展開だなこれ。
オチとしては今までに比べると軽い部類だし良いんだけどね。
人生相談――というほど仰々しいものではないけど、ちょっとした雪菜の心のケア回でした。実際、無自覚に焦っていたせいで余計にストレスを溜め込んでいました。




