閑話 タイムアタックは1人でお願いします
何故か難産だった。
【side.レイブン】
オレはレイブン。
元・Bランクパーティー所属の軽戦士で今は案内人の仕事をしているオッサンだ。
結婚を機に危険な仕事から手を引いてほしいと嫁さんに懇願され、ストレスこそ溜まるが比較的安全で給料もそこそこいい案内人の仕事を主とするギルドの公務員に就職した。
最近の悩みは年頃の娘との距離感。
少し前に「ママ、パパの靴下と一緒に私の服を洗濯するのはちょっと……」と嫁に言っていた娘を見てしまった時は、まるでホーンラビットの角に胸を貫かれたかのような衝撃を受けた。ギルドの酒場で愚痴っていれば、数名の娘を持つ男性冒険者たちに慰められた。どうやら年頃の娘には良くあるパターンらしい。あの子も今年で13だからな……
そんなわけで年頃の娘のためにも、嫁さんのためにも、定期的な金は必用となってくるので今月も体を壊さないよう気を付けながら働く。
案内人の仕事は意外と大変だ。
普段はギルドの事務をしたり、ギルドマスターを尋ねて来た要人の警護をしている。だけど初めてダンジョンに挑む奴らが来た時は、案内人としてオレが10層まで丁寧に説明しながらダンジョン初心者を案内するのが仕事となる。
物わかりの良い奴が来るなら問題はないんだ。
苦労するのは自分のことを過信している冒険者になりたての田舎のガキや、本当にいい年した大人なのか?と聞きたくなるぐらい単細胞で人の話を聞かないダメな大人となる。
聞いた話じゃ前任者がやめた理由が胃の不調だって話だ、
マジメ過ぎたか、押しに弱いタイプだったか。
どっちにしろ、向いていなかったんだろうな。
そんなオレが今日ダンジョンを案内することになったのは、真っ白な見た目の若い女冒険者だった。どうやらレーヴァテイン王国でDランク冒険者となった少女らしく、仲間もいるが諸事情で先に1人先行してダンジョンに入ることにしたそうだ。
話してみればすぐに地頭が良いのが分かった。
まさか娘とほとんど変わらない少女から同情されるなんて……
今日は久々に楽に終わりそうだな!
その時のオレはそんな風に思っていた。
まさかこんなにも疲れることになるなんて。
~ダンジョンから帰還後~
疲れた。
肉体的だけではなく、精神的にも疲れた。
「よぉレイブン。初ダンジョン攻略者の案内ご苦労さ――ってどうした? オマエちょっと見ない間に老けたか?」
休憩所に戻ってきて出迎えたのは、甲冑に身を包んだ同僚のガッツだ。
彼は主に荒くれ冒険者の鎮圧を担当している。
普段はのんびりと休憩所で過ごしているが、バカな冒険者が騒ぎを起こせば相手が複数人だろうが鎮圧のために動かなければならないし、極希にだがダンジョンで救援要請が出れば援軍のメンバーとして行かなければならない契約を結んでいる。
帝都内でする仕事としては危険と隣り合わせだが、その分給料がいいと本人は満足しているそうだ。
有名なAランク冒険者パーティーの前衛を務めていたが、ケガが原因で以前ほど上手く立ち回りが出来なくなったと引退し、されど貯めた金銭で隠居するにはまだ早いからもう少し働きたいとこの仕事に就いた口だ。
「あぁ、今日案内した子がね……」
「あん? とんでもない問題児だったのか? オマエ、半年ぐらい前に話も聞かずに勝手に罠に掛かって自業自得でケガしたバカガキを相手にした時だって涼しい顔してたじゃないか」
あの子供かぁ。
そういえばいたなぁ半年ぐらい前の案内の時。
どっかの田舎で持ち上げられて鼻を高くしたのか傲慢で、こっちの話も聞かずむしろ邪魔だと言って独断専行して罠に掛かったの。
罠から助けたあとも騒いでうるさかったっけ?
結局、そのあとも騒ぎを起こすわルールを守らないわで嫌われてって、ダンジョン攻略も上手くいかずに田舎へ追い出されるように帰ったって話だ。
その話を聞いた時に思ったのだって「だろうな」という呆れた気持ちだけだった。呆れすぎて怒りも同情も沸いてこなかった。
だが、今回はそういうのとは違う。
「いや、案内した子――ユキナさんは普通に良い子だったよ。こっちの話は聞くし、事前に気になったら質問してくるし」
「??? なら何があったんだよ?」
「いやさぁ、オレらはこういった仕事をする前は何年もダンジョンを攻略して魔物の素材や偶然見つけた宝を金に換えたりしていっただろ」
「まあな」
「魔物への対処や罠への対処、はては隠し扉を発見した時にどうするかってことまで教えて貰ったり自分で学んだりしたじゃないか」
「そりゃそうだ」
「けど本物の規格外っていうのは何も教えなくても自分で答えを考えて、ゴリ押しで問題を解決したりするんだなーってさ」
「あーまどろっこしい! 何があったかさっさと言えや!!」
そうだな。そろそろ言うか。
浅瀬と呼ばれるダンジョン地下10階までに何があったか。
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「おい、これ以上聞くのが怖いぞ」
最初の1階部分を話し終えた時点でガッツは嫌な予感がしたようだ。
奇遇だな。オレもその場でそう思ったよ。
「いや、一先ず地下10階より先に行きたいって気持ちは分かるし、邪魔してくる雑魚はできるだけ効率よく倒したいって気持ちは理解できるんだぞ。ただ、その、道ばたで転がってる石を蹴るような感覚で歩きながら雑魚を倒すってのは……」
「雑魚魔物に同情しそう?」
「そうそれ。そもそもいくら脚力に自信があるからって、武器も魔法も、それどころか攻撃するモーションすら省略して歩いたまま倒そうって考え方が普通は思い浮ばないっての」
「武闘家の冒険者だって1度止まってから殴るなり蹴るなりするからね。で、ここまでが序の口だった」
「明日じゃダメか?」
「明日オレはギルドで仕事の予定だ。今聞いとけ。いや、聞いてくれ」
とにかく誰かにこの思いを共有してほしいんだ。
生け贄のようで悪いがガッツには最後まで付き合って貰う。
「地下2階は魔物にガルウルフが加わるだけで数もそこまでじゃない」
「1階の延長みたいなもんだからな」
「ララビットと同じように歩きながら蹴られていたのが憐れだった」
「1番弱いとは言えウルフ系でもそれかよ……」
ララビットより重いはずなのに壁までぶっ飛んだからな。
「地下3階からは魔物数が多くなる」
「1階と地下2階は階段までで2、3匹しか遭遇しないが、そこからは遭遇頻度が急に上がるからな」
「まだこの階までは罠がないって聞いて、小走りしながら軽快に魔物を轢いたり撥ねたり蹴飛ばしたりして次の階段に到着した。……途中、たまたま複数体魔物が現れた時もリズミカルに蹴っていたよ」
「本当に倒される魔物側に同情しそうだ……」
全くだ。
事切れたガルウルフの顔を見たら、まるで「え? オレ、こんな適当な感じに倒されちゃうの?」とでも言いたげな表情に見えてしまったのは内緒だ。オレが勝手にそう思い込んでいるだけだと信じたい。
「地下4階からは各種罠があったな」
「初心者に会わせてかどうかは知らないが、地下10階までは罠のお試し仕様のように素人でも対処できる類いばかりだからな」
中層からは罠のえげつなさが違うだけに、非常に優しく見えるんだ。
罠の数が減る代わりに巧妙に隠れていたり、嵌まってしまうと本当にマズい状況に陥るモノまであるから。
オレが最後に到達した階の罠なんて酷いぞ?
宝箱に施されていた罠の解除に成功して喜んで開けてみれば、そこから毒ガスが吹きだしたからな。さらに肝心の宝は低品質ポーション1個だけ。あれは酷かった。パーティーリーダーが宝箱ごと力いっぱい放り投げたぐらいだ。
「地下4階の罠は落とし穴だろ?」
「そうだ。対処としては簡単で、落とし穴のある場所を見極めて避けて通る。魔法なら氷づけにして上を通るか、風で宙を飛ぶか、ダンジョン内の床を使って土系魔法で橋を作って通る。それさえ出来ないならダンジョン攻略用の道具や魔道具を駆使するのが一般的だな」
「その子はどう対処したんだ?」
「歩いて通過した」
「? いや、それじゃ罠が……」
「正確には数ミリだけ浮きながら歩いて通過したんだ。」
オレに自分の知っている落とし穴との違いがないか確認したと思ったら、当たり前のように落とし穴の上を歩いたんだ。
聞けば、どうも風系魔法の応用らしく、『ようは上に乗った時の重さで罠が動くんですよね? なら数ミリでも浮いてれば罠も感知しないでしょ?』と言われてしまった。オレが教えたような方法でするより隙が少ないし魔力の消費もすぐ回復する程度で済むって。
「言われてみれば確かに。なんで気付かなかったんだオレは?」
「ほんの少し浮かせて歩いて貰う程度ならパーティーの魔法使いへの負担は大分へるから早めに知っておけばと思うよ」
魔法使いにとって魔力は生命線だから、いかに目的地に着くまで消費を抑えられるかがダンジョンに挑む魔法使いの評価の基準となったりする。
「そこから先が酷かったんだ……」
地下5階からは本格的に通路も大きくなるから武器持ちの冒険者としては戦いやすくなってくるけど、その分階層も広くなって魔物も強い種が出てくる。
その辺りのことを説明したユキナさんが「このままのペースだと上層の攻略って時間掛かります?」と質問したので「ベテランでも最短ルートを見つけ出して攻略するまでかなり日数がいる」と答えた。
で、しばらく思案顔になったと思えば、
『めちゃくちゃペース上げても良いですか?』
と聞いてきたんで、
『他の冒険者に迷惑掛けず、自己責任で上げられるものならどうぞ』
――って答えた。答えてしまった。
彼女――ユキナさんの言う“ペースを上げる”って意味をオレの中の基準と同じにしてしまったんだ。これまでの攻略具合から下手な真似はしないだろうと思って。強い魔物も出てくるからそこまで上がらないだろうと。
結論を言おう。
甘かった。
許可を出した瞬間、ニッコリと笑ったユキナさんが左手で俺の手を握ってきたんだ。そして右手には明らかに上位のモノと思われるハルバードが。
『タイムアタック、スタート!!」
急にぶれる視界。
体に掛かる負荷と風圧。
数秒の刻をおいて理解したんだ。
この子、オレを引っぱりながらすごい速さで走ってるって。
『どけどけ魔物共!! チュートリアルで時間を食ってる余裕はこっちには無いんだよ!! 私は中層に用があるんじゃい!! あ、そこのパーティーの人たちお隣通りますねー?』
何でこの子、この実力でDランクなんだろって不思議に思う強さだった。
ハルバードは魔道具らしく非常に性能も良かったけど、その使い手であるユキナさんが振り回されないで使いこなしてるから、通路に現れる魔物という魔物が立ち塞がった瞬間には斬撃や爆炎で吹き飛ばされていくんだ。
罠のあるエリアに立ち入っても、事前にソレを知っているかのように人がいないのを確認してから強力な魔法で辺り一面を破壊しながら進むんだよ。
「止まって!」てお願いしても「ブツブツ(ヘルプ、次の罠はー?)」と集中しているせいで聞き入れてもらえないし。
それから、どれくらいの時間が経ったころだろう?
地下11階に続く階段を守護しているゴーレムを爆散四散させたところでようやく止まってくれた。
「精根尽きたオレを見て不思議そうにしているユキナさんに、どれだけ『オマエのせいだよ!』と言いたかったか……」
「うわぁ……」
ガッツがドン引きしていた。
それもそうだろう。いくら先に許可を取ったとは言え、案内人を引っ張って浅瀬をノンストップで走り続けるなんて非常識だ。
「大変だったな。……しかし、中層ねぇ? 聞いた限りだとやけに急いで中層に向かおうとしているようだが、大丈夫か?」
ガッツの言う“大丈夫か?”というのは例の件だろう。
「……現在の中層の危険については事前に忠告しておいた。それでも行く理由があるのなら止める理由はないよ」
大規模パーティー壊滅の知らせを受けて、ギルドの誰も中層の調査を受けてくれないのが現状だ。最近はみんな上層にばかりいる。
「ユキナさんが何か情報を掴んでくれれば良いんだが……」
彼女なら原因を突き止めても、生きて帰ってくれる気がするから。
少しでもいい。情報が欲しい。
僅かでも手がかりになる情報を持ってきてくれるなら、今日のことは綺麗さっぱり忘れてやる。
~あとがき劇場~
剣二「速攻で判決を言い渡す……ギルティ」
雪菜「しゃーないじゃん! この時点で予想以上に時間掛かりそうだし、いつまでも上層をウロウロしてたら魔王教団がしびれを切らすかもじゃん!!」




