決まり事
死ネタ、初です。
シリーズものにしたら涙腺とメンタルがもたないので短編にしました。
直接的な残酷な描写はありません。
付箋もわかりやすく貼っているつもりなので、想像しながら読んでいただけたらと思います。
「おい、起きろ間抜け」
突然耳に入ってきた不愉快きわまりない暴言に、せっかく眠りの世界へと入ろうとしたすんで起こされた俺は、暴言を吐いた張本人を無視し、もう一度眠ろうと組んでいた腕に顔を埋めた。
「おいこら無視してんじゃねぇよ。いつからそんなに偉くなったんだ?」
お前こそ何様のつもりなんだよ、と言い返したいが、思ったよりも深い睡魔に邪魔されて言葉にすることは叶わなかった。
うとうとと眠りの世界の入り口で微睡んでいると、いきなり真っ白な世界へと無理やり引きずり込まれ、まぶたの上からでもわかる痛いくらいの光にぐっと眉間に皺を寄せた。
「あ…な、に…まぶし」
まだ頭のなかでいまいち理解できないでいると、突然頬に感じた鋭い痛みに一気に頭が覚醒した。
「っいってええええ!!!テメェいきなりなにすんだよ!!」
怒り心頭で殺気めいた目付きで相手を睨むと、相手はひょいと肩をすくめ当たり前のように「俺の一言で起きないお前が悪い」と飄々と言った。
眠ることのどこが悪いんだ。いつもなら絶対に起こさないのに。つねるとかガキかよ。
頭のなかで文句を垂れていると、相手はペチン、と先程の本気のつねりが嘘だったかのように優しい力で頬を挟み、口を開いた。
「お前、まさか忘れてんのか。忙しい俺様が今日というこの日のために予定を削ってお前に割いているのに夢の中だと?調子にのるのもいい加減にしろよ?」
極上の笑顔に黒いオーラを滲ませ、早口に捲し立てる男に「お前こそ調子にのんな」という言葉をぎりぎり飲み込んだ。
口喧嘩ではこいつに勝てたためしがないのが現実だ。
悔しいのでせめてもの抵抗に口をぎゅっとつぐんでそっぽを向くと、相手は苛立たしげに舌打ちをし、怒気の籠る指先で顎をつかみ無理やり目を合わされる。
至近距離に見える強いダークグレーの瞳が、俺を掴み心臓がどきりと音をたてた。
「誰が目を逸らせって言った?なあ、本当になんの日か覚えてねぇの?ナツ…」
力強い瞳が一瞬揺れる。
そこで俺はハッとした。
思い出すのと同時に、背中に冷たい汗が伝う。
「は、はは、馬鹿野郎だな。覚えてるに決まってんだろ」
絞り出したような俺の言葉は小さく震えてしまい、バレたかと思い無意識に逸れていた視線を戻し顔色をうかがう。
相手は値踏みするようにス…と冷然と目を細めると、いきなり噛みつくようなキスをした。
唇を犬歯でなぞるように噛み、歯列を舌でぞろりとなぞる。
喉奥まですくいとるように舌を動かし痛いくらいに舌を吸われる。唾液を送り込まれ上顎をなぞられると、背骨をぞくぞくと快感がかけのぼった。
全てをのみ込むような狂暴なキスに目眩がする。
ぎらつく瞳に、陶然と酔ったような気分になる。
怒りなんて忘れていると、何もなかったかのようにパッと男は離れた。
濡れた唇を親指で拭い、赤い紅を引き伸ばしたかのように艶然と笑うと、それとは真逆の鋭い瞳で俺を見据えると愛おしそうに言葉を紡いだ。
「ナツ、言わなきゃ俺はやらねぇよ」
残酷に、耳元でそう囁くと唇は自然と言葉をのせようと口を開きそうになる。
それをぐっと引き締めると、男は呆れたように表情を崩した。
ホッとしたのもつかの間、目を閉じたかと思うと、強く閉まった唇をツ、とわざとらしく赤い舌を見せつけるようになぞる。
かとおもえば湿った熱い唇で優しく食んでくる。
甘えるように、甘やかすような優しい口づけに力が抜けていき、次こそがくんと力が抜ける。
俺を危うげなく抱くと、離れる間際に啄むようにキスをした。
俺はそれをただボーッと見つめていると、相手はいたずらっ子のように目を三日月にして笑った。
その意味がわからず首をかしげると、いつもなら絶対にしない行為をした。
「なっ…」
顔に暖かな衝撃が走り、目の間が真っ暗になる。長い筋肉質な腕に捕らわれると、前もうしろも相手の匂いとぬくもりで包まれた。
いつもなら絶対にしないから、だからなのか、脳まで響くような、有り得ないくらい心臓が速く鼓動した。
だきしめるなんて、似合わない。
恥ずかしくて照れ臭くて、余計なプライドが邪魔して離して欲しい反面、嬉しい愛しいと離して欲しくないという矛盾した気持ちが俺のなかで交錯した。
そんな俺の心情を表すかのようにゆらゆら宙をさ迷っていた腕は、おずおずと目の前の温もりにすがるように抱き締め返していた。
絶対に、好きとか言ってやらねぇけど。
我ながら糞ガキだな、なんて思い、愛しい人の腕のなかで微笑んだ。
しばらく経つと目の前の温度が離れて行き、少しだけ名残惜しいと思いながら顔をあげた。
間髪いれずに唇をすくわれ、ちゅ、と可愛らしい音をたて離れる。
恥ずかしいやつ。音なんて立てなくてもよかったのに。
しかし視線が再び混じり合うと、今度はどちらかともなく唇を合わせた。
相手の瞳に、吐息に、温度に、好きという気持ちは膨らむ。
確かめ合うような触れあいに、しばらくおいて漸く相手は問いを投げ掛けた。
「今日、なんの日かわかったか?」
柔らかく聞いてくる声に、またひとつ好きが増えた。
「わかってるっつの。」
だって、付き合い始めた記念日だろ。
馬鹿にしたように鼻で笑うと、男は甘さをどこかへ隠し煽るように言った。
「うそつけ。少し忘れてたくせに。やっぱ鳥頭のナツくんには数年前のことなんて覚えられなかったかぁ」
言葉は全くもって可愛くないが、そんな男の言葉と表情とは裏腹に俺を撫でる手は底無しに優しかった。
でもやっぱり可愛くないのでなにかひとつふたつ言い返してやろうと思ったが、あまりにも優しい眼差しに言葉をつまらせた。
悔しくて視線を逸らすと、なにも言い返してこない俺を不思議に思ったのか、少し心配げに顔を覗き込んできた。
彼は俺の真っ赤であろう表情を見て驚いたのか、目を見開き、次には口角をあげにやりと笑った。
挑発的な笑みなどではなく、愛おしそうに目を細めて、誰もが見惚れるような、そんな甘い笑みで。
「~~ッッ!」
そんな顔を見てられなくて慌てて立ち上がり、視界にはいったものを手に取り最大級に照れてることを誤魔化すように相手に向かって投げた。
「おっと」
キャッチするのを見届けると、未だ爆音を鳴らす心臓に手をあて自分を落ち着けることに専念する。
紙が擦れる音がして、気配で包みを開けているのがわかる。
擦れる音が止み、中身を見たらしい彼が静止したのが目端にうつった。
なんのアクションも起こさない彼に焦れ、やはり、早かったのだろうかと嫌な音を心臓がたてはじめる。
いつもの俺らしくなかったし、彼もそんなもので喜んでくれるかわからなかった。
自己満足と言われればそれまでだが、俺が何より彼に贈りたかったものだ。
でもやはり、気に入らなかったのだろうか。
途端に不安と後悔が俺を渦巻き、あぁ買わなきゃよかったとうつむく。
ぐらりと視界が揺れ、押し付けられるように重なった熱に思考が一瞬とまる。
「ありがとう」
小さな声で呟くように吐き出された言葉は、俺の心のなかにすっと入っていった。
嬉しい、と本当に嬉しそうに言うから、いつも俺を罵るその声が震えているのがわかるから、
不覚にも俺は泣きそうになった。
「たりめーだろ、馬鹿野郎」
そう言うと、男は破顔して「ああ、そうだな」とこぼした。
素直な彼に僅かに精神的な年齢の差が見え、少し悔しくて少し恥ずかしくて、また俺は誤魔化すように彼の腹に優しく拳をあて殴るフリをした。
ふいと視線を横にずらすと、彼も俺の視線を追うようにしてある一枚の写真に目を留めた。
「……もう、何年だ」
わかっているが、なんとなく問う。
「5年だな。」
懐かしげに目を細めて俺の指先を握る。
「わりとなげぇな。」
彼の長い指を弄びながら呟くと、自信たっぷりに彼は答えた。
「長いものか。まだ短いだろ。」
そういって俺の手を包む。それを強く握り返して俺は笑った。
「どんだけ先見てんだよ」
肩を揺らして笑うと、彼も同じように笑った。
穏やかに流れる時間が愛しい。
写真から彼に視線を戻すと、彼はまたなにかを思い付いたのか突然目をつむった。
「なんだよ」
彼は方目を開き言う。
「野暮なこと聞くな。恋人が目をつぶったらキスするもんだろうが。」
そういってまた目を閉じた。
照れ臭い。さっきまでの雰囲気に任せてしまえば出来たのに、この男はそんな意地悪をするのだから質が悪い。
「馬鹿か、しねーよ。」
相手も結果は分かっていたのか、でも少し残念そうに笑った。
そういえば。
「おい、俺まだお前からなにも貰ってないんだけど」
拗ねたようにそう言うと、彼はゆったりと視線を合わせ、こどもに言い聞かせるような声音で
「それ、明日渡すから待っとけ」
それ、明日。
自分は俺にせがんだくせに自分だけ違う日に。しかもそれ呼ばわり?
微かに感じる苛立ち。
今日、どんなに大切な日か。
俺が、なんでもいい、お前から今日もらうものが最高の宝になるのか。
「…なんで。今日じゃなきゃ駄目なの。」
「……言えない」
何か隠し事のある雰囲気に、俺のなにかが切れる音がした。
言えないことって?
今日以上に大切な日ってなんだ?
真面目な顔して、おれが騙せると思ってんのか?
本当は忘れてたのはお前なんじゃないのか?
「今日じゃなきゃ意味がないだろ!!なんでだよ、こんなの、俺ばっか…!!」
ぐらぐらと煮立った苛立ちは爆発し、言ってはいけない言葉まで出てきそうになる。
こんなにも感情の制御が利かないのに、男は呆れたように俺を見るだけだ。
そのことにも俺は酷く腹が立った。
なんでこんなにもムカつくんだよ!!!
「だから、明日まで待てって言ってるだろ」
咎めるように、こどもを叱るような口調で言った。
俺が悪いのかよ。
「いい。もういい。」
「は?何言って」
「人にはでけぇ態度とるくせにな。俺の気も知らないで」
これには彼も苛ついたらしく、眉間に皺を寄せた。
「おい待てナツ、なにか勘違いしてる…」
「勘違い?勘違いはお前だろ?俺とは違って、そこまで大事な日じゃなかったんじゃねえか?」
怒りで先ほどまであった出来事が思い出せず、口早に思いのまま言葉をぶつける。
怒りと悲しみで今にも泣いてしまいそうで、それを見た彼は僅かに怯んだ。
「ナツ…!」
他にもまだ言ってやろうと思ってたことがあったのに、口から突きそうになるのは嗚咽だけで、俺は自分への嫌悪でその場から飛び出した。
最後、扉の向こうに見えた彼の顔は焦ったような悲愴な表情で、いろんな感情で泣きそうに歪んで見えた。
ズキズキと痛む胸を押さえて、止めどなく溢れる涙を止めようともせずしゃがみこむ。
違う。違う。ほんとは違うのに。
こんなにも愛してるのに。
心の奥底で自分が叫ぶ。
彼は俺になにか伝えようとしてた。
それを無視して怒りを振りかざしたのは誰でもない俺で。
思ってもないようなことが口をついて出た。
違う違って。嘘で。
こんなにも好きなのに。彼を傷つける言葉だけが口からこぼれ出てしまった。
最低だ。謝らなきゃ。そう思うのにおれの足は動かない。口は使い物になりそうにない。
心から血がどくどくと溢れだし、壊れた蛇口のように涙はこぼれ続ける。
後ろから彼が俺を呼ぶのではないか。そう思うのに、今は追わないで欲しいと意地になった俺が言う。
彼から遠ざかるほどに、体と心が軋む。
今ならまだ、間に合う。ごめんって謝れる。
そう思うのに、歩く足は逆の方へと向かうのを止めなかった。
「……ただいま。」
乾いた感情の含まない声に返事が来ることはなく、暗い空虚に反響して耳鳴りとなって俺の耳に響いた。
静かに、溢れる涙を囲うようにそっとしゃがみこんだ。
ふと目を覚ました。
どうやらあのまま疲れて寝てしまっていたらしく、ポケットの中から携帯を取り出して時間をみると、朝の8時になっていた。
そして1通、
彼からメールが届いていた。
怒らせて悪かったと、言い方がまずかったんだと謝罪の言葉、
9時36分お前の家に行く、と。
誰よりも愛してる、と。
9時36分、その時間に心当たりはない。
彼のことだからなにか訳があるのだろうが、待てなかった。
今すぐ、会いたい。
彼に、伝えなくちゃならないことが山ほどある。
彼に、伝えなくちゃ。
目を荒い仕草でごしごしと擦ると、幾分かふっきれたのか、体が軽かった。
それまでに、あと数十分の間にかっこいい俺に戻らなきゃ。
風呂に入り、綺麗な服に着替え髪や肌を整える。
彼の好きな俺であるように。
だが、鏡のなかに映る酷いかおの自分を見てため息が出た。
泣きはらした腫れぼったい目、唇も所々切れてしまっていて元の形のいい唇は痛々しい。
これではあいつに馬鹿にされてしまう。
勝手に一人走りするからそうなるんだと言われるのがオチだ。
最高に今の俺はぶさいくだ。そう自分で認めてしまうとどうにもならないような気がして、またひとつ溜め息をもらすと、目の前の自分をうらめしそうに睨むしかなかった。
背に腹は変えられない。
思いきって扉を開ける。
空はどこまでも吸い込まれそうなほど青く澄んでいて。
生ぬるい風が頬をなでじっとりと湿気を孕んでいた。
「…来てしまった」
そう呟き空をあおぐ。
先ほどまで快晴だった空は、少しずつ太陽をかくしてしまっている。
八百屋と寂れた服屋の前、彼が俺の家に向かう途中必ず通る場所だ。
ここは人通りも少なく、何度も何度も二人でこの道を通った。
幼い彼が残した、油性のペンで壁にかいた身長。
彼はここだったんだ。
随分おおきくなったなとそのあとをなぞった。
彼が俺を見つけたらどんな顔をするだろう。
驚きにあのダークグレーの瞳を見開くのだろうか。
それとも、仕方ないなと笑う?
なんでもいい。彼が俺を抱き締めてくれるのなら。
微笑み彼の過去の跡をなぞっていると、大好きなあの低い声が聞こえた。
「ナツ…?」
期待を込めて振り向くと、彼が驚いたような顔をして、仕方ない奴だなと笑った。
ほら、やっぱり。彼はそうやって。
彼に向かって。伝えたいこと、想いが溢れる前に、彼に向かって走る。
「ナツ!!」
一瞬のこと。
俺をきつく抱き締めた彼は、
俺の大好きな笑みを浮かべて。
「…………、」
「………、……、」
嘘。
声にならない声で呟く。
目をつむった彼の頭をそっと抱きよせる。
うそ。
彼が握る手をほどき、小さな箱をとりだした。
「」
彼が薬指に嵌めてくれたように。
俺も証を薬指にそっとはめた。
裏には、『Birthday、Natsu』と。
証と証を重ねて、強く握った。
「野暮なこと聞くな。恋人が目をつぶったらキスするもんだろうが。」
震える口で、彼に口付けをした。
「愛してる。」
中学の頃の私の走り書きを書き起こしてみました。
当初イケオジ×ナツくんの予定だった(らしい)のですが、そのナツくんの過去を考えたのがこの作品ですね。つまりこの作品もひとつの作品の布石なわけです。
このあとナツくんを絶望から救って幸せにする人がいるのです(私のなかで)