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夜蝦蟇


 普通に、人間を、書く。

 コメディ禁止。規制かけても構わない(くらいの気持ち)。怖さとは何だ。

 そんな条件下で出来た作品。笑い禁止かぁ……(チッ……)。

 作者、ボケツッコミをとられると絶望的。




『起きてますかあ? 今夜もオールナイトでイッちゃうよよん。さあて さてさて今夜の1曲目は何ぞ……』

 見えないラジオパーソナリティが夜を盛り上げようと陽気に頑張ってくれている。

 それを片横で耳に入れながら、大型トラックも軽貨物自動車も。トンネルや田畑の間を点々と秩序よろしく並ぶ外灯に誘われて、整備された道を道なりに進むのみで ある。


 森下西部広域農道と呼ばれる、県道と県道を結ぶ農業用の道路が あった。まだ去年に開通したばかりで、地元の人間も客も あまり利用は していない。しかも区間は山間地を縫っている所が ほとんどのため、信号は全く見当たらなかった。

 緩やかに道路はカーブを描き、琴原 賢次の運転する普通車は真夜中に制限速度をとうに超えて駆け抜ける。


 ヘン、どうせ誰も通っちゃいねえよ、こんな田舎道。見晴らしがいい広い道だしな。ヒック。


 それが彼の下した間違った自己判断。しかも飲み屋から出た帰りで酔いは覚めきっていないという。

 今年28才に なる氷菓子企業 勤めの男で、部署は営業宣伝部だった。

 たまにモテる。


『……ザザ……誰も聞いちゃいねえよ……ザザ……』

 山道だからかラジオに雑音が混じる。たいして聴いては いなかった賢次は大あくびをした。眠気まで何だコノヤロウと天下り降臨し、彼に付き添い纏わりつく。前方の視界に見えるは右カーブで、大きく山裾は曲がりくねって続いているのが見てとれて、彼は しっかりとスピードを緩めていった。

「イッツマイ、ラ〜イ♪」

 もう一度 言うが、酔っている。声の調子が外れても、車内には彼一人しかいないので問題は ない。構わない。

 構わない、が。


 ドンッ。


「ふ?」


 ……。


 左側の前タイヤに衝撃を感じた。

 鈍い音が確かに聞こえた。気のせいにするには明瞭で大きな音。

 ちょうどカーブが終わり、しばらくは真っ直ぐな道が続くだろうと予想される所で だった。

「……」

 無言。表情の ない賢次はアクセルを踏む事は なく。ブレーキを強めに踏み、落とし続けていたスピードをさらに落とし続けて、ついには停まるに至ってしまった。

 自動車の教習所ならば満点をとれるほどの完璧に落ち着いた待避所への進入停車で、彼は草木の においが濃く漂うなか、億劫だなと言わんばかりに気怠そうにドアを開けて……降りた。

 周りには誰も いない。1台も車両は通っていない。

 ゲェチョ ゲェチョ ゲェチョ ゲェチョ……

 ジー……ジー、ジー……。

 辺りでは、そんな音が する。


 フン……種も わからない虫どもの雄たけび だけだ。勇ましい叫び声。何を言っているのだか、人間の俺様には わからんな。はは……


 本当は蛙とセミの正体も種類も普段は言える彼だったはずなのだが、ご覧の通りに冷静さを見失っている。だが それは表からでは見えぬ事。見える彼の姿には動揺は ない。装いが平然と している。

 赤めの光を放つ外灯に照らされている地面を目と歩幅で追い続け、車で進み来た道を一心不乱に生ける屍のように辿って行く。歩みを止める事を禁じられているとも、とれた。

 呆然と、ただ ひたすらに……。

 やがて彼の目撃した それが、皮肉にも彼を駆り立てて生気を与える事と なった。


 あ、る。


 小さな毛皮が、片側車線上を横切る方へ向いて落ちている……いや、倒れている。外灯が照らす地面の光と光の隙間に もさり……と。

 こちらから見えたのは背中だけ。暗がりだったが恐らくは褐色の体毛で、体長20センチくらいで ある。ダラリと四股や体を伸ばしきり首も反り返り、異物を吐くような格好で それは あった。いや、何かを吐いている。


 イタチ……だ こいつは。小せぇから雌……だな。

 何だよ……人間じゃねえ、のかよ……ビビッ……た……。


 田舎では山や野でイタチが散歩していても それほど珍しくは ない。賢次は額の冷たい汗を腕で拭った。それから彼の口元の締まり加減が ほころびる。

 犬でも猫でも猪でも なく。自分が車で はねたかいたのは、イタチ。気味は悪かったが、人間では なかったと わかっただけで彼は充分に満足だったのだ。


 へへへ……こう見えても奴らは自分より大きなウサギや鶏も食べちまうんだぜぇ、ひひひひぃ……


 わかった途端、賢次は不安解消の反動か愉快な気分に なった。どうだ、俺の大笑いを聞いてみないかと気持ちの高ぶりに のって抑えきれない。

 彼は車へと足先の方向を変えて元気に歩き戻る。来た時とは対照的に、時々小走りさえして闇の中を。夜蝦蟇(よがま)の声が騒々しく追い立てている。


 なにも見えない。見えなかった。暗かったせいだと言い訳を残して。

 これから夜が明ける。空暗さは薄くなり明けていく……。


 ……



 夜が明ける前に。

 山間部からは遠く離れ、大学や研究施設の密集している地と緊密な関係で工業団地が ある所。

 工場などをチラリと覗けば人の気配は無にも等しく。機械の稼動音が所どころに響き、また響き、夜の空気の静けさを、感情 無く静かに破壊し続けている。本当は、内部をちゃんと捜せば人が居るだろう。鼠も何処かに潜んで息をしているだろう、と思われた。

 だが夜は不思議だ。日が無いだけで こんなにも隠されてしまうとは。……


 敷地内の一角に……寂しげに設置されていた雨水貯水用の大型タンクが ある。角型で、蓋の開け閉めなど容易で、運搬用としても機能できるタンク。その中に。

 女が、ひとり。

 雨水は少ししか溜まって いないが、女の頭は底へと体ごと飛び込むようにして静止している。

 ほんの数分前なら、生きていた彼女を見る事が できただろう。

 しかし もう手遅れだ。遅すぎた。

 呼吸を許さない水溜まりは、彼女を別の世界へと連れて行った。さあ行け 行くんだ 行きなさい 行けよ 行け、行け、行け、いけけけけけばあああああ。……



 彼女は朝に発見される。




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