討伐
軽く準備を終え、ローゼは宣言通り俺と同じ宿屋に移動した。
そして、手続きを終えると、依頼を受けるために傭兵協会へと向かう。
傭兵協会へ向かう道中、周囲を見渡しながらローゼが口を開いた。
「へぇ、いい場所の宿屋じゃない」
「ああ。協会にも近いから、便利だよ」
「そうね。協会に近いから、どこの『シマ』にも属してないだろうし……」
「『シマ』?」
俺は、聞き慣れない単語に首を捻る。
「知らない? この傭兵都市は、いくつかの傭兵団によって運営されてるでしょ?」
「ああ」
「そんな都市だから、それぞれの傭兵団が都市をいくつかに区分して、そこを縄張りにしてるのよ。傭兵団の『シマ』に足を踏み入れたら、お金を納めなきゃいけないし、色々面倒なのよ」
「そんなことになってたのか……」
「まあ、悪いことばかりじゃないわ。お金を納めれば、一応後ろ盾として使えるからそれなりに安全だし、実力があればスカウトされることもあるわよ。私もスカウトされたけど、全部蹴ってやったわ」
「……相変わらずだな」
「当たり前でしょ? アンタのところの団に所属する気でいたんだから」
ローゼは、嬉しいことを言ってくれた。
それにしても、本当に俺が知ってたのは基礎知識だけみたいだな……一応、協会周辺はどこの傭兵団の干渉もないだろうから、少しは気が楽だけどな。
「とにかく、さっさと依頼を受けるわよ」
無駄話を切り上げ、協会に着くと、荷物の運搬作業の依頼達成報告を行っていなかったため、ローゼに依頼を選ばせている間に、俺は受付へ達成報告をしに向かった。
「あ、レオス様」
「今日はよく会うな、ミルフィーナ。まあ、俺が勝手にきているだけなんだが……」
「と、とんでもありません! 依頼を受けていただけるだけで、こちらは大変助かります!」
「そうか。……それと、今朝受けた依頼の達成報告だ」
「ありがとうございます! ……はい、不備はございません。こちらが、報酬となります」
ミルフィーナから渡された麻袋の中には、三万ガレが入っていた。……まあ、こんなものだろう。
「ありがとう。それと、また依頼を受けたいんだが……」
「依頼ですか? どれでしょう?」
「それが――――」
「レオス、これでいいかしら?」
ミルフィーナと話していると、ローゼが一枚の依頼書を手に取ってやって来た。
「どんな依頼だ?」
「【ウルフッド】の討伐よ。まあ、ここら辺は比較的安全なせいで、この程度の依頼しかないわけだけど……ってその子は?」
「ん? ああ、この子は俺が最初にここで登録した時に担当してくれたミルフィーナだ」
「…………へー…………」
……なぜだ。急にローゼが不機嫌になったんだが……。
ミルフィーナも、不機嫌になったローゼを見て、あたふたしている。
「え、えっと……」
「アンタ、レオスの何?」
「は、はひっ!?」
「いや、お前は何を言っている……登録した時に担当してくれたと説明しただろう」
俺がため息をつきながらそういうと、ローゼはハッとし、気まずそうに顔を逸らした。
「な、何でもないわ。……ごめんなさい、急に変なことを訊いて」
「い、いえ……あの、お二人はどういったご関係で?」
「ん? どうして?」
「ふ、深い意味があるわけではないのですが、今日登録したばかりのレオス様と一緒におられるのでちょっと気になっただけでして……!」
それもそうか。
確かに、俺は今日登録したばかりで、そのときは一人だったわけだから、急に人を連れてきたら驚くだろう。
特に、実力主義で、信用が大切になって来るこの世界で、一日だけで仲間を得るのなんてよほどの軌跡か、騙されているかのどちらかだ。
「まあ、幼馴染ってやつだな」
「幼馴染、ですか……」
「そういうことだ。まあ、一人より全然心強いから、助かったわけだ」
「感謝しなさいよね」
「感謝はするが、強要するなよ……」
話が脱線してきたため、咳払いで一度話を区切ると、俺はローゼから依頼書を受け取って、ミルフィーナに渡した。
「んん! 話が逸れたが、この依頼を受けたい。大丈夫か?」
「あ、えっと……【ウルフッド】の討伐ですね、大丈夫ですよ! 討伐証明として、牙を20本ほど回収してきてください。毛皮や、肉なども、持ち帰っていただければ、買い取りますよ」
「了解した。じゃあ、行ってくる」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ!」
俺は、ローゼを伴って、傭兵協会から出て行った。
◆◇◆
「……」
「なあ、なんで機嫌が悪いんだ?」
「……別に」
「いや、別にって表情じゃねぇだろ……」
傭兵協会から出ると、なぜか再びローゼは機嫌が悪くなっていた。
「どうせアンタも胸が大きい方がいいんでしょ? 変態」
「いや、急に罵られても困るんだが!? というより、何の話だ!?」
「あの受付嬢の胸ばかり見てたでしょ!?」
「見てないぞ!? 言いがかりも甚だしい!」
「……本当に?」
「本当だ」
一体何に怒ってるのか分からないが、断じてミルフィーナの胸を見ていたなんてことはない。
真剣に依頼の話とか聞いてたわけだからな。
……ただ、確かにローゼの言う通り、ミルフィーナの胸は大きい。相当だろう。
それに比べ、ローゼは……うん、ないわけじゃないが、普通だな。
「…………アンタ、死にたいのかしら」
「えっ!?」
か、考えてることがバレたか!? 怖いな!
思わず身震いしていると、ローゼは深いため息を吐いた。
「はぁ……いろいろと言いたいことや聞きたいことはあるけど、一応討伐依頼だからね。討伐対象は決して強くはないとはいえ、油断はできないわ。気を引き締めないと……」
「ああ、そうだな」
【ウルフッド】とは、狼型の魔物で、人間を見つけ次第襲い掛かり、容赦なく食い荒らしてくるのだが、『紋章』さえ持っていれば楽に倒せるのだ。……俺? 普通だよ。
理性のない赤い瞳は、闇の中でよく目立つため、夜は赤い光が見えたら、近づかないようにすれば戦闘の危険性はぐっと下がるのだ。
傭兵都市の外に出ると、そこは都市内部とは打って変わり、荒野が広がっている。
「もう少し先に行くと、ウルフッドの出現エリアになるはずよ。そこまで行きましょう」
「ああ」
しばらく歩いていると、俺はふと昔のことを思いだした。
「……そう言えば、最初の頃は俺たち二人で依頼をこなしてたよな……」
「……そうね。私も、まだまだ弱かったし。まあ、実際は先輩や団長が陰に隠れて見守ってくれてたわけだけど」
「ははは……確かに、あれは驚いたよな。おかげで危険な目には合わなかったけどさ」
そんな他愛のない話をしていると、ウルフッドの出現エリアに辿り着いた。
そこは、道中の荒野とは違い、草原で、もう少し先に進むと森があった。
「じゃ、さっさと見つけて、終わらせましょう」
「そうだな……っと。ローゼ、気付いてるか?」
「えぇ……探すまでもなかったようね」
どうやら、出現エリアに足を踏み入れた瞬間、俺たちはウルフッドに囲まれたようだった。
「巧く臭いまで消してるせいで、囲まれてたことに気付けなかったな」
「そこは野生で生きてる向こうの方が上手なんでしょう。まあ、やることに変わりはないわ」
そういうと、ローゼは両手をだらりと下げた。
その瞬間、袖からナイフが出現し、ウルフッドの群れに投げつけた。
「ガアッ!?」
「キャンッ!?」
すると、ナイフは近くにいたウルフッドに命中する。
「今ので二匹」
「おいおい。本当に倒せたのか?」
「私を誰だと思ってるのよ。同じように団長に鍛えてもらったんだから、私がどこ狙ったか分かるでしょ?」
「そりゃあ、まあ……」
事実、ローゼは先ほどのナイフでウルフッドの急所を確実に狙い当てていた。
「じゃ、ちょっと数を減らすわね」
そういうと、ローゼは両手を思いっきり引く動作をした。
そうすると、先ほど投げたはずのナイフが手元に返って来る。
「ちょっとしゃがんでなさい」
「おい、まさか……!」
「『鳳仙花』」
ローゼは、またも袖から追加でナイフを出し、片手に四つ……合計八つのナイフを投擲した。
そして、ナイフが周囲のウルフッドに命中すると、そのまま勢いに任せて体を一回転させた。
「ギャンッ!」
「ガアアアアアアアアッ!?」
「ゴアッ!」
「グアアアアアッ!」
あちこちからウルフッドの悲鳴が上がる。
一回転させると、またも両手を思いっきり引く動作をし、ナイフを回収した。
「ま、これで数は減ったわね」
「お前はバカか……仲間の近くで物騒なもん振り回してんじゃねぇよ……」
「だからしゃがみなさいって言ったでしょ? それに、コイツ等には私の紋章を使うまでもないし」
それどころか、俺の出番すらなさそうだが。
なぜ、ローゼの投げたナイフが手元に戻って来るのか。
それは、ローゼのナイフに特殊なワイヤーが付いているからだ。
ワイヤーの切れ味は凄まじく、ウルフッドの体は簡単にバラバラになってしまった。
ローゼは、紋章以外にもこうしてナイフとワイヤーで戦うことを得意をとしていた。
「ラーディア社の防弾ジャケットもそうだが、前よりワイヤーの切れ味が増してないか……? 一体いくらお金を使ったんだ……」
「当然よ。ラーディア社は高いけど、質はいいからね。命を守る防具に、お金は惜しまないわ。ワイヤーは、最新の特殊素材で作られたものだから、切れ味もレオスが知るときより増してるのは当然ね」
「そんなもの体に仕込んでて、危なくないか?」
「大丈夫よ。普段は服の中のワイヤー専用の機械で自動射出と回収をしてるから」
いかん。師匠と過ごしてたせいで、こういう最先端技術がまったく分からない。
俺のフォトン式剣銃がギリギリついてこれてるくらいだな。
「それよりも、アンタも手伝いなさい。このままじゃ、私が全部倒しちゃうわよ?」
「いや、それでもいいが……」
「私がよくないのよ! いいから、倒しなさい!」
ローゼに背中を押され、俺は一人殺気立つウルフッドの群れの前に突き出された。
ローゼがいくらか倒してくれたはずなのだが、数は多い。
「あー……ローゼさん? 手伝ってくれたりは……」
「しないわ。できるでしょう? これくらい」
「……」
世知辛い世の中だな。
俺はため息を吐くと、背中からフォトン式剣銃を取り出す。
俺のフォトン式剣銃は、ロングソードとライフルが合体したタイプで、今回は剣としての機能のみで戦うつもりだ。
銃を使えば、弾を消費して、金がかかるからな。
「ガアアアッ!」
怒り狂った、ウルフッドが俺めがけて突撃してくる。
ウルフッドは、二足歩行の狼のような姿で、鋭利な爪や牙は、簡単に俺の体を切り裂くだろう。
その上、素早さは狼並なので、一般人以下の俺には十分早い。
そんな様子を冷静に見つめ、ウルフッドの攻撃を見極めると、紙一重で攻撃を避けると同時に、首元にそっと剣を添えた。
「ガ――――」
それだけで、ウルフッドは首が飛び、絶命する。
それを皮切りに、ウルフッドは一斉に攻撃をしてきた。
「フッ……」
だが、俺は最初に仕留めたウルフッドと同じように、その場からあまり動かず、相手の急所に剣を添えるように置き、次々と殺していく。
流れ作業のように、同じことを続けていると、気付けばウルフッドは全滅していた。
剣についた血を振り払うと、再び背中の鞘に納める。
「ふぅ……これでいいか?」
「フン。できるなら最初からやりなさいよ」
そうは言うが、よく見ると、ローゼはいつでも助けられるように、袖の下からナイフを出していた。
それに気付き、俺は思わず笑みを浮かべる。
「ありがとな」
「っ! な、何のことかしら?」
「別に……それじゃ、帰るか」
「ええ、そうね。……それにしても、あれが『剣者』から学んだ戦い方なの?」
ローゼは、俺の戦い方を見て、疑問に思ったことを口にする。
「そうだ」
「変わった戦い方ね」
「……師匠の剣は、攻めの剣じゃない。守りの剣だからな」
「守り? 人類最強クラスなのに?」
「変な話だよな? でも、師匠の剣術は守る剣なんだ。全部の技は、紋章が使える前提の剣術だからこそ扱えないが、今みたいな簡単な動きなら身体能力が普通の俺でもできるんだよ」
「へぇ……何か流派の名前でもあるの?」
「流派の名前はないが、付けるなら師匠の名前だろうな。技名はちゃんとあるぞ」
「それじゃあ今のも技?」
「ああ。『添え斬り』ってヤツだ」
「ふぅん……何よ、ちゃんと強くなってるじゃない」
「そう感じてくれたなら、努力した甲斐があったよ」
そんな会話をしながらウルフッドの討伐証明を回収し、一応何体か死体も持って、俺たちは帰るのだった。