真実
「……あの……そろそろ離れてくれねぇか?」
「嫌よ」
「何でだよ……」
ローゼは、未だに俺に抱き付いたままで、離れる気配がなかった。
「その……さ。人の目もあるし、何より、その……胸が、当たってるんだが……」
「え? ……!? ~~~~っ! レオスの変態っ!」
「さすがに理不尽だろ!?」
唐突に放たれた平手を何とか避け、俺はそう訴える。
「気付いたならすぐに離しなさいよ、バカっ!」
「俺言ったよな? 離れてくれって……」
「そんなの知らないわ」
「相変わらずだな……」
何とも言えない気分になるが、親父が生きてた頃からこの調子なので、もはや慣れたものだ。
だが、それも六年ぶりということもあって、すごく懐かしい。
少し、感傷的になっていると、ローゼが訊いてくる。
「……ねぇ。アンタ、今までどこにいたのよ」
「ん?」
「……団長の死は、世界中の傭兵を驚かせたわ。私も、信じる事が出来なかった。あの、食えない団長が、死んだなんて……でも、それはもう過去の出来事として、みんな忘れてしまった」
「……」
「あの日は、団長とアンタ二人だけで、仕事に向かった。他の団員達も別々の戦地で仕事をしに行ってたし、私もその一つに参加してたけど、アンタは団長と一緒にいたのよね」
「……」
「そして、団長の死体が見つかったって、報告があった。でも、アンタの死体は見つからなかった。なら、アンタが生きてる可能性もある……そう信じて、私はいろいろな情報が集まる、この傭兵都市にやって来た」
ローゼは、ずっと俺が生きてると信じてくれていたのだ。
こんな、無力な俺を……。
「私は、アンタに聞きたいの。あの日、何があったのか。誰が、団長を殺したのか」
真っ直ぐ見つめてくるローゼを、俺は見つめ返す事が出来ない。
何もできない俺を、親父が庇ったこと。
狂ったように笑い続ける、あの【悪魔】みたいな神のこと。
どれも、思い出したくもない、俺の記憶。
だが、俺には伝える義務がある。
同じ団で過ごした仲間に、親父のことを伝える義務が……。
「……ここじゃなんだ。場所を変えよう」
俺の提案に、素直にうなずいたローゼは、俺よりこの傭兵都市に詳しいので、二人で話すにはちょうどいい酒場を紹介してくれた。
その酒場には、多くの傭兵たちが集っていたが、ローゼは一言店主らしき人物に何か告げると、奥へと通された。
「ここは、完全に個室だから、内緒話するにはちょうどいいのよ」
そう言いながら、通された部屋は、無駄に豪華で、正直俺が金を払える気がしなかった。
「おい、ローゼ。俺、そんなに金を持ってないんだが……」
「あら? 団で一二を争う稼ぎ頭だったアンタが、金欠なんて面白いわね」
「……昔の話だ。それに、俺はそれだけ頑張らねぇと、みんなに顔向けできなかったしな」
「誰もそんなこと気にしてなかったけどね。それに、お金なら心配しなくてもいいわよ。私がここの常連だから、普通にこの部屋を貸してもらってるだけだから。もちろん、何か頼んだらお金は払うけど、話をするだけならタダよ」
そういうと、ローゼは笑った。
そんな会話のあと、すぐに居住まいを正し、俺は本題に入った。
「……まず、誰が親父を殺したか……それは、『神』だ」
「っ!」
俺の言葉に、ローゼは息を呑む。
「か、神って……あの『神』よね?」
「どの神をさしているのか知らないが、太古に俺たち人類を弄んだ、あの『神』だ」
「そんな……それじゃあ、神々が復活したとでもいうの!?」
「そこまでは分からない。ただ、確実に言えるのが、親父を殺した神だけは、復活していた」
「……」
「その神に、親父は殺されたんだ。…………俺を庇って」
「っ!」
「本当に殺したのは、神なんかじゃない。何もできなかった、無力な俺が親父を殺したんだ……! 親父は、神の攻撃から俺を庇うと、全力で俺を連れて逃げた。幸い神は追ってこなかったが、そこで親父は……」
「……」
俺の話す真実を聞いて、ローゼは黙っている。
……俺は団のみんなに顔向けできない。
自分の身も守れなかったから、親父は死んだんだ。
「それから、この六年間、俺は強さを求めた。紋章を持たない俺が、強くなるなんてたかが知れるが、それでも俺は強さを求めたんだ。【剣者】に弟子入りしてな」
「なっ!? 【剣者】!?」
【剣者】とは、俺の剣の師匠であり、俺は師匠について、この六年間は旅をしてきたのだ。
「師匠からは、一応免許皆伝は貰ったが……それでも、師匠の剣術は、紋章が使えること前提……つまり、身体能力がそもそも違う俺は、使える技も限られている。だから、大したことじゃない」
「大したことじゃないって……【剣者】って言えば、一つの武の到達点みたいなもんじゃない……その技を一部でも使える時点でおかしいわよ……」
「はははっ。まあ、確かに師匠は化物だったよ。90歳を超えた老人とは思えない強さだった。……まあ、取りあえず、これが俺の話せるすべてだ」
……いや、親父から紋章も受け継いだことは言ってないが、使えないからな……。
「確かに直接親父を殺したのは神だ。……でも、俺が……無力な俺が、親父を殺したんだ。何の役にも立たない、俺なんかを助けたせいで……」
そう言い、思わず顔を俯かせたときだった。
「ふざけんじゃないわよっ!」
「!」
強く、机を叩くと、ローゼは立ち上がった。
「いい!? 団長はアンタを庇って死んだ。何で庇ったと思ってんの!? 生きていてほしいからでしょ!?」
「……」
「親が子を助けるのに理由なんていらない……団長なら、そういうと思わない?」
「っ!」
ローゼの言葉に、俺は衝撃を受けた。
あれだけ、長い間親父といたのに、親父のことを何もわかっていなかった。
親父は、俺を息子だと言ってくれたのに……。
「もう、自分を卑下するのはやめなさい。団長は、ただアンタに生きて欲しいから、助けた。その助けられたアンタが、自分を卑下する発言なんて……団長の行動を無駄にしたいの?」
「……」
そうだ。
俺はもう、大切な人を失いたくないから、この六年間、師匠の下で修業したんだ。
親父も、助けた俺がいつまでも立ち直れないで、その上自分を卑下する発言ばかりしている姿なんて見たくないだろう。
「……そうだな。俺が、間違ってた」
「……」
「ありがとう、ローゼ。俺は、親父に胸張れるように、生きてくよ」
そう言い、微笑むと、ローゼは顔を赤くしながら顔を背けた。
「あ、相変わらず世話が焼けるわねっ! 本当に私がいないとダメなんだからっ」
「ああ、そうかもな」
「……本当にそう思ってるのかしら……」
「え?」
「な、何でもないわよ! こっち見るな!」
「だから理不尽すぎる」
思わず苦笑いすると、ローゼは咳払いをした。
「まあ、こうして私はアンタに会えたわけだから、これからはアンタと行動するわ」
「え? いいのか? 俺は助かるが、どこか新しく団に入ったりしてないのか? ローゼだったら、引く手あまただと思うんだが……」
「してないわよ。言ったでしょ? 私はアンタを探すために、この傭兵都市にいるって」
「あ……」
「他のみんなも、それぞれ新しい団に入ったり、違う仕事をしたりしてるけど、それでもアンタが生きてることを信じてたわよ。みんな、アンタを待ってたんだから」
「っ……そう、か……」
ローゼの言葉が、たまらなく嬉しかった。
みんな、俺のことを信じてくれていたのだ。
「てなわけで、今度こそよろしくね、レオス!」
――――こうして、俺はローゼと行動を共にすることになったのだった。