依頼
ホテルを出て、再び傭兵協会にやって来ると、今度は受付に行かず、先に依頼の掲示板を確認しに行った。
掲示板には、様々な依頼が貼り出されている。
そんな中でも特に多い依頼は、この傭兵都市に住む一般人からの依頼で、主に荷物の運搬作業やら迷い猫の捜索、果てには店番など、本当にいろいろとあった。
だが、これらの依頼書は、報酬が安いことや、傭兵という職業なのに、戦わずに雑用をやらされるのが嫌という理由から、人気がないため、たくさん残されているのだ。
俺も、基本的には魔物の討伐などで稼ぐつもりだ。
なぜなら、その依頼の報酬だけでなく、討伐した魔物の素材も買い取ってもらえるからだ。
だが、今回は魔物の討伐ではなく、こうして不人気の一般的な依頼を受けるつもりだった。それも、この傭兵都市内で済む依頼。
なぜなら、俺にはまだ傭兵都市の土地勘がないため、こういう依頼を受け、少しでも傭兵都市の街を把握しておきたかったのだ。
掲示板に貼られた依頼のうち、俺は荷物の運搬作業の依頼を手に取り、受付に向かった。
受付には、俺の登録を担当してくれたミルフィーナがいる。
「先ほどぶりだな、ミルフィーナ」
「へ? れ、レレレオス様!?」
「いや、そんなに驚かなくても……」
見ているこっちが心配になるくらい、ミルフィーナは顔を真っ赤にし、大慌てだった。
「この依頼を受けたいんだが、大丈夫か?」
「は、はいぃ! こ、こちらの依頼ですね! 少々お待ちください!」
ミルフィーナはそう言うと、手元のタブレット端末で何やら操作をし、しばらくして俺の方に顔を向けた。
「大丈夫です! 依頼内容は、荷物の運搬作業と言うことですが、依頼先はガランディア商会で、恐らく荷物は商品になるかと思われます」
「ガランディア商会って言うと……主に食料類を専門に扱ってはいるが、他にも手広く取り扱ってる店だろう?」
「よくご存じですね。今回はその支部が依頼先となっています。場所ですが……こちらになります」
そう言うと、ミルフィーナは地図を取り出し、わざわざ場所を教えてくれた。
「なるほど……ありがとう。まだ土地勘がないから、助かるよ」
「い、いえ! 当然のことをしたまでですっ!」
「なら、早速行ってこようか」
「あ、お待ちください! 魔物の討伐などは、その証明となる魔物の部位を提示していただけたら依頼達成なのですが、運搬などの依頼の場合、こちらの書類を依頼主に渡し、依頼終了後、依頼主から依頼の証明の判子を貰い、こちらまで提出してください」
「了解。んじゃあ、今度こそ行ってくる」
「い、行ってらっしゃいませ!」
やたら元気のいい見送りに苦笑いしつつ、俺は依頼先へと向かった。
◆◇◆
「依頼できました、レオスです」
「おお! 依頼を受けてくれるのか! ありがとう! 私はこのガランディア商会の支部を任されている、エリオだ。今日はよろしく頼むよ!」
ガランディア商会の支部に到着し、依頼のことを告げると、支部の責任者……エリオさんがやって来た。
「それで、荷物の運搬ということでしたが、何を運べば?」
「君には、割れ物が入った荷物を運ぶのを手伝ってもらいたいんだ」
「運搬光力車はないのでしょうか?」
「残念だけど、今は他の荷物を運んだりしてるので、全部出払っちゃってるんだよ」
「なるほど……了解しました」
光力車とは、フォトンの力で走る車のことである。
フォトンとは、フォトンニウムと呼ばれる特殊な鉱石から抽出できるエネルギーであり、様々な場所でフォトンは活躍している。ミルフィーナの使っていたタブレット端末や、俺の武器もフォトン式だ。
エリオさんに連れられ、やって来たのはガランディア商会の倉庫。
倉庫自体は、ガランディア商会の支部から結構離れた位置にあった。
中に入ると、食料品を始め、医療品やら衣服、武器までもがあった。
その中にある、割れ物注意と書かれた箱が、多く積み上げられていた。
「これを、店まで運んでほしいんだ。できるかい?」
「大丈夫です」
「そうか! それじゃあ、私は一足先に店に戻っているから、よろしく頼むよ」
そう言うと、エリオさんは帰って行った。
「うーん……運搬光力車が使えないのは痛いなぁ……」
光力車があれば、一気に荷物を積み上げていけるのだが……。
それに、俺は普通の人とは違い、筋力などの身体能力は格段に劣っているのだ。もちろん理由は、紋力が流れていないから。
「まあ、これも筋トレの一つだと考えて運ぶか」
一つ20キロほどの荷物を、五つ積み上げて、俺は持ち上げた。
「よっと」
これくらい一気に運ばないと、紋力のない俺はそれだけで時間がかかってしまう。
ただ、これでも俺の運んでいる量は、他の人間からすれば少なく見えるのだろう。ヘタすれば、子どもの筋力にすら負けるからな。
そんなこんなで、何度も店と倉庫を行き来し、とうとう最後の荷物が運び終わるといったときだった。
「お、お客様困ります!」
「うるせぇ! 客は神様なんだろう!? それに、テメエのとこの店員が俺様にぶつかってきたから、慰謝料を請求しているだけじゃねぇか! それとも何か? この俺様に文句があんのか!?」
店に入ると、傭兵協会で女と言い争いをしていた男が、エリオさんに向かって、怒鳴り散らしている光景が目に入ってきた。
……今日の俺は厄日なのか?
それに、今の男の言葉が本当なら、店員さんがぶつかって、それで慰謝料を請求すると言っているのだ。
…………これ、笑うところか? 冗談だろ?
「なんなら、この俺様の紋章で、この店を燃やし尽くしてやってもいいんだぜ?」
いや、だから冗談だよな? あれ? コイツ、本気で言ってる?
ニヤリと厭らしい笑みを浮かべる男に、エリオさんは必死に謝っていた。
……本来はこういう面倒事に首を突っ込まないが、今回は別だ。
なんせ、俺の依頼主だからな。
「おい、アンタ」
「ああ? んだ? テメェ……俺様に文句でもあんのか!?」
「文句しかねぇけど?」
「なっ!?」
俺の言葉に、男は酷く驚いた様子を見せた。いや、俺の方が驚きなんだが。この状況で、文句以外何を言えばいいんだよ。
「俺様が誰か分かってて言ってんだろうなぁ!?」
「いや、知らねぇよ。誰だよ、お前」
「なあっ!?」
女と言い争いをしてるのを見ていたときにも思ったが、なんでコイツは自分が有名だって思いこんでんだ? それとも、俺やあの女が知らないだけで、本当に有名なのか?
俺の言葉に、男は顔を真っ赤にすると怒鳴り散らす。
「テメェもあの女と同じで俺をバカにしやがって……! もう許さねぇ、テメェはこのドーガ様を怒らせたんだ!」
「ふーん」
「そ、そんな態度がいつまで続くかなぁ!?」
「アンタがアホみたいに強くならない限りはずっとだな」
「なっ……なっ……」
男――――ドーガとやらは、口をパクパクさせ、とうとう我慢できなくなったのか、殴りかかってきた。
「テ……テメェエエエエエエエエエエエエエッ!」
「フッ……!」
俺は、ドーガの拳を軽く右掌で受けると、そのまま受けきらずにドーガの体に巻かれるように受け流す。
そして、ドーガの軸足を払い、転びそうになって前のめりになったところで膝を置いておくと、面白いことにドーガは俺の膝で顎を打ちつけた。
「あがッ!?」
「店内で騒ぐな、バカが」
そのまま流れるようにドーガを組み敷くと、動けないように腕を捻りあげる。
「な、何だその動きはっ!?」
「教える義理はねぇな。……エリオさん、警備隊に連絡してもらえますか?」
「わ、分かった!」
俺がそう言うと、エリオさんはすぐにフォトン式通信機で警備隊に連絡を始めた。
ちなみに、警備隊の連中は、戦闘力がアホみたいに高い連中で組織されており、まず逃げることは不可能だろう。まあ、まっとうな職業だよな。
どうでもいいことを考えていると、組み敷かれていたドーガは、プルプルと震えはじめた。
「どうして……何でこの俺様が……」
「ん?」
「許さねぇ……許さねぇぞ……この俺様をバカにしやがってぇぇぇぇぇぇええええええええええええっ!」
「なっ!?」
突然、ドーガの体が熱く燃え上がり、触れ続けることが困難になった俺は、ドーガから飛び退くと、店に引火してもマズいので、思いっきり蹴飛ばして店の外に叩き出した。
その際、扉が壊れてしまったが、大目に見てもらいたいものだな。
「どいつもこいつもこの俺様をバカにしやがって! こんな街、ぶっ壊してやる……!」
「大紋章じゃあ、無理だろ……」
「うるせぇぇぇぇぇええええええええええええ!」
それにしても、コイツの知能レベルはどんだけ低いんだ? なぜ、大紋章程度であそこまで威張り散らせる?
コイツ、この街が本当にヤバイ連中によって、運営されてることを知らねぇのか?
「あのクソアマも、この俺様がせっかく傭兵団に誘ってやったってのに、『アンタじゃ話にならないわ。……それに、私はもう誰について行くか決めてるから』なんてほざきやがって……!」
知能低い割には言われたことはきちんと覚えてるんだな。
「どうでもいいが、フラれたなら現実を受け入れろよ」
「ああ!? この俺様の誘いを蹴るなんてあり得ねぇだろうが!」
「アンタのその思考回路こそあり得ねぇよ……」
メチャクチャだ。話してると俺までおかしくなりそうだ……。
思わずため息をついたが、周囲では、何事かと多くの人間が集まり始めた。……目立ちたくねぇんだが。
「どーだっていい。テメェは、ここで俺に殺されるんだからなぁ!?」
「いや、それは遠慮するわ」
ドーガが、基本的な紋章術で、炎を飛ばしてくるのを、俺は一般人に当たらないものは避け、当たりそうなら、熱いが蹴りで相殺していった。街中で武器振り回すのもな……。
「ちょこまかと逃げてんじゃねぇ!」
すると、ドーガは背中に背負っていた、大斧を取り出した。
おいおい……俺がたった今、街中で武器振り回すのはどうかと思ったそばから……。
「潰れろ、ザコがあああああああああああっ!」
ドーガが、大斧を思いっきり振りかぶり、俺めがけて振り下ろそうとした瞬間、俺は全力で踏み込み、ドーガの懐に入ると、男にとって鍛えようのない部分に、思いっきり蹴りをかました。
グシャッと、何かが潰れた嫌な音が響き渡る。
「あ、ああ……がああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
ドーガは、大斧を取り落とし、下半身を両手で押さえ、思いっきり悶え始めた。
その光景を見ていた一般の男性陣が、切なそうな表情を浮かべ、同じように両手で下半身を押さえる。
俺は、気持ち悪い感触を振り払うように足をプラプラさせ、一言。
「小せぇな」
『酷いっ!』
俺の言葉に、見ていた男性陣が一斉に叫ぶのだった。