大紋章と貴紋章
俺の目の前では、やたら筋肉ムキムキのモヒカン男と、真っ赤な長髪のツーサイドアップに金色の瞳を持つ女が、言い争いをしている。……いや、言い争いって言うか、男が一方的に騒いでるだけみたいだけどな。
どちらにせよ、女側にとっては、いい迷惑だろう。
――――まあ、だからと言って、俺が首を突っ込むわけもないが。
俺は、言い争いをしている男女を無視すると、メニューにあったAセットを注文した。
それにしても、俺が登録しに来たときはいなかったから、登録が終わった後にこの二人は出会って、何かしらの理由で言い争いを始めたのだろう。俺には関係ないが。
なぜ、助けないのか? とか思うかもしれないが、理由は単純。面倒だから。以上。
そもそも、傭兵都市の、しかも傭兵協会に来ている時点で、女だろうが子どもだろが傭兵なのだ。依頼も、今では受付で直接一般人が依頼することもなく、フォトン式のタブレット端末で手軽に頼む事が出来るため、傭兵協会に足を運ぶ人は少ない。それに、女の服装は見た感じラーディア社製の防弾ジャケットを着てるし、上手く隠しているが、武器も持っているようなので、傭兵で間違いないだろう。
傭兵ならば、自分の身は自分で守らなきゃいけない。
仲間が助けてくれることもあるが、基本的には自分が全てだ。
……そして、俺に力が無かったから、親父は死ぬ事になった。
自分を守る力すらないから、大切なモノを失ったのだ。
今の俺も、確実に昔より強くなったとはいえ、中途半端どころか、戦闘力的には下位に属しているだろう。
しばらくの間、男女の言い争いをBGMにしながら注文した料理を待っていると、ようやく料理が運ばれてきた。
実際、料理が出来上がるまでの時間は短かったのだろうが、周囲の緊張感とかのせいで、やけに長く感じられた。迷惑だから、争うなら外でやってほしいな……。
しかし、残念ながら、傭兵協会はこういった傭兵同士のいざこざには不干渉を貫いている。
そりゃあそうだろう。傭兵なんて職業は、今でこそ一般人の雑用もするようになったが、昔は戦争だけで稼いでたような荒くれ者の連中がなるものだ。
ただ、もしも傭兵協会の人に手を出すような馬鹿が現れれば、この都市を運営している最強クラスの傭兵団が文字通り消しに来るだろう。傭兵協会の人間は、傭兵のように強くはないが、強力すぎる後ろ盾がある。でないと、危険すぎてこんな場所で働きたいなんて言うヤツもいないだろう。
それはともかく、運ばれてきたAセットは、白米にビックホーンのカツとキャベットの千切り、そして野菜スープというバランスのいい食事だった。やっぱり、傭兵は体が資本だし、こういう部分では相当気を使ってるのだろう。ありがたいことだ。
「いただきます」
食前の挨拶をすませ、カツを一口。
ジュワッと肉汁が溢れ出し、自家製ソースと絡み合って、メチャクチャ美味い。
そのカツを口に含んだまま、白米を口に入れるともう最高。というより、白米が最強すぎる。
俺が非常に美味しそうに食べてるのを見て、料理を作ってくれた酒場の店主も笑顔だった。
だが、店主はすぐに表情を曇らせると、未だに言い争いをしている男女に視線を向けた。
俺もつられて視線を向ける。
「テメェ……俺様は【大紋章】の使い手だぞ!? 痛い目見たくなけりゃ、今すぐ泣いて詫びるんだなぁ!?」
筋骨隆々の男は、そう言うと肩を出し、そこに描かれているただの三角形の紋章を女に見せつけた。
男の言う大紋章とは、固有の紋章術を持っていない平民出身の人間が持つ紋章のなかでも強力な方で、固有の紋章術さえ持たないものの、その下に存在する【中紋章】や【紋章】を持つ人間と比べれば、紋章術の威力は桁違いだった。
だが、それはあくまでもお金のない平民に限った話であり――――。
「だから?」
「なっ!?」
不意に、女性の背中から浮かび上がる紋章。
それは、男の紋章とは違い、装飾が施された白ぶちの三角形のなかに、不死鳥が描かれた紋章で、一目見ただけで男との格の差が分かった。
――――【男紋章】か。
女の示した紋章は、貴族の紋章……【貴紋章】の一種であり、三角形のふちが白色なのは、男爵家の紋章の証であった。
それにしても、あの紋章……どこかで見たような……。
不思議なことに、俺は目の前で軽く展開された紋章に、懐かしさを抱く。
何か引っかかりを覚えながら眺めていると、女の示した紋章を見て、男が尻もちをついた。
「ば、バカな……何でこんな場所にノーブルが……!?」
「アンタに教える義理はないわ。……それと、二度と私の前に顔を見せないで」
女は冷たくそう言い放つと、一瞬協会内を見渡し、俺の方に視線を向けてきたので、顔を見られる前に逸らすと、どうやらそのまま男に背を向け、去って行ったようだ。
……何か、俺の方に視線がやたら向いてた気もするが……気のせいだろう。あの女の紋章にも見覚えがあるのだが、よく分からないしな。
正直な話、俺も何でこんな場所にノーブルがいるのか分からない。
ノーブルクラスになると、どこかしらの団に所属して、活躍してるようなものだからだ。
所属してる傭兵団がこの都市に来てて、その暇つぶしに来たってのも考えられるが、何より女は所属している傭兵団のマークが入ったモノを身につけていなかった。
所属している傭兵団を表すマークのモノを身につけるのは、傭兵たちのなかでも暗黙の了解になっているので、ノーブルがそれを知らないとは思えない。
本当に謎だな。
完全に他人事気分で、呑気に俺は飯を食いながら残された男を見ていると、男が顔を大きく歪ませているのが分かった。
「……あのクソアマ……! この俺様に恥をかかせたこと、後悔させてやる……!」
「……」
男は、周囲の成り行きを見ていた野次馬たちに怒鳴り散らしながら去って行った。
そこまで完全に見送ると、俺はちょうど食事を終えた。
「ふぅ……ごちそうさま。美味しかったよ」
「……アンタ、あの状況でよく冷静に食べれたな」
「まあ、俺には関係ないしな。店主からすると、店を壊されないかヒヤヒヤしてただろうが」
「ハハハ! そうだな。おっと、俺は見ての通り、この店を取り仕切ってるクレイガーだ。まあ、マスターとでも呼んでくれ」
「そうか。俺はレオス・カルディア。今日登録したばかりの新米傭兵さ」
「それにしちゃあ、肝がだいぶ座ってるようだったがな!」
「そうか? とにかく、ここの料理は美味かったから、また利用させてもらうよ。……次は落ち着いて食いたいがな」
「おう! いつでも来い!」
マスターのクレイガーと別れ、俺はミルフィーナに紹介してもらったホテルに向かうことにした。
ホテルは意外とすぐに見つかり、ススメられただけあって、結構な大きさだった。
内装も綺麗で、中に入ってきた俺をすぐに店員が出迎えた。
「ようこそ、ヤドリギへ。わたくしはこのホテルのオーナーである、ルーベルと申します。本日はどうされましたか?」
初老の男性店主……ルーベルがそう訊いてきたので、宿泊したいことを伝える。
「部屋は空いてるだろうか? 空いているのであれば、泊まりたい」
「部屋は空いております。それで、何泊のご予定でしょうか? わたくしの店は一泊5千ガレですが、三食セット、風呂もご用意しております。一ヶ月以上の長期宿泊ですと、割引もございますが……」
「そうだな……それじゃあ、一ヶ月ほど頼む」
「かしこまりました。では、こちらにお名前をご記入ください」
ルーベルに名簿を渡され、それに名前を記入するとそのまま宿泊料金を渡し、鍵を受け取る。
「レオス様ですね。こちらが、レオス様のお部屋になっております。鍵に関しましては、お出かけになる際は、フロントの方へお預けください。食事に関しましては、あちらに食堂がございます。朝食は朝5時から8時まで。昼食は11時から14時まで。夜は18時から22時までとなっております。食事の時間帯につきましては、お部屋にも表がございますのでご安心ください。時間内でしたら、いつご注文されても構いません。何か質問などございますか?」
「いや、大丈夫だ」
「かしこまりました。また、何かご不明な点がございましたら、気軽にフロントでお尋ねください」
ルーベルはそう言うと、綺麗な一礼をした。
部屋に着くと、少ない荷物を置き、ベッドに腰を掛けて一息つく。
「さて……こうして傭兵都市まで来たが、傭兵団を立ち上げたり、どこかしらの傭兵団に所属するにしても、お金がいるからな……」
まだ、手持ちの金はあるが、無駄遣いはできない。
それに、本格的に傭兵の活動……それこそ魔物相手や戦争をしていくと、武器の整備やらで金が一気に飛んでいく。
「まあ、この傭兵都市付近に出現する魔物程度なら、消耗品無しで倒せるが……」
紋章を持つ人間は、紋章術を使わずとも、紋力のおかげで、身体能力が飛躍的に向上している。それは、紋力が体内を巡り続けているからだ。
だが、その紋力が俺にはない。
……その理由が、俺には分からないのだ。
紋章は、遥か昔の神々との戦いの際に生み出された力で、紋章を作り出したとある【王】と、その当時【聖女】と呼ばれていた女性の力で、世界に普及させ、平民や奴隷でさえ、その力を使い神々と戦ってきたため、それらは遺伝している。
なら、紋章を持たない俺は何なのだろうか?
昔は、周囲から『無印』と蔑まれたこともあるが、ある意味で神々との戦いの証がないからこそ、俺の祖先は神々との戦いを放棄したとでもいうのだろうか?
しかし、昔調べたのだが、一般人も紋章を使えるのは、【聖女】の紋章術で世界中の人間に【王】が生み出した紋章の力を分け与えたかららしい。
だからこそ、全世界の人間は紋章を持っているのだ。
なら、世界で唯一紋章を持たない俺は、どういう存在なのだろう。
人類の裏切り者なのだろうか?
親父は、何か知ってたみたいだが、結局教えてもらうことは叶わなかった。
いや、俺の生みの親を探せば――――。
「……何言ってんだ、俺は。俺の親は、親父一人だろ」
考えることを放棄した俺は、ため息を吐くと、立ち上がる。
「こういう時は、体を動かすに限るな」
金も必要だし、依頼でも受けよう。
そう考えた俺は、用意をすると、再び傭兵協会へと向かうのだった。