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動き出す災厄

「……」


 薄暗い一室。

 小太り気味の、豪華な服に身を包んだ男が、震えながらその場で必死に頭を下げていた。

 頭を下げている相手は、白い毛皮のロングコートを羽織り、漆黒のシャツとズボンを優雅に着こなしている。

 中折れハットを目深く被り、その表情はうかがえない。

 だが、高級なソファに足を組んで座るその姿は、圧倒的な威圧感を放っていた。

 その男の横にしな垂れかかるように座る妖艶な女性と、背後には天井からぶら下がっている不気味な男。

 そして、妖艶な女性の反対側には、全身真っ黒なスーツを着て、葉巻を咥えている男が佇んでいた。

 彼らの服装はバラバラだが、一様に胸元に黒色の蝗のバッヂが付けられている。

 すると、葉巻を咥えている男が、口から煙を吐き出して目の前で震える男に声をかけた。


「んで? もう一度言ってくれねぇか?」


 スーツの男の言葉に、ビクッと体を硬直させた小太りの男は、必死に言葉を紡いだ。


「で、ですから……お金はもうお支払いしたと……」

「確か1000万ガレだったか?」

「は、はい!」

「そりゃあ頭金に決まってんだろ?」

「なっ!?」


 スーツの男の言葉を受け、小太りの男は絶句した。


「そ、そんな無茶苦茶な! 契約では、1000万ガレで……!」

「だから、テメェの敵だったギロード侯爵家は滅ぼしてやったじゃねぇか」

「それじゃあ……」

「んで、俺らは頭金で働いてやったんだ。5000万ガレ。これがテメェが俺たちに支払う額だ」

「はぁ!?」


 小太りの男は目を見開いた。


「そんな話は聞いていない! 君らは、1000万ガレで……!」

「確かに1000万ガレとは言ったよ。だが、それが全額だとは一言も言ってねぇ」

「そ、そんな……」

「まあそんなことはどうでもいい――――で? 払えんのか?」


 スーツの男だけでなく、妖艶な女性、天井からぶら下がっている不気味な男から、その空間が軋み上げるほどの威圧が放たれた。

 その威圧に晒された小太りの男は、歯をガチガチと鳴らし、震える。


「――――やめろ」


 一言。

 今まで無言だった、毛皮のコートを羽織っている男が、そう口にした。

 その瞬間、部屋を支配していた圧力は綺麗に消え、小太りの男は空気を求めて必死にあえいだ。


「はぁはぁはぁはぁ!」


 毛皮のコートを羽織っている男は、中折れハットの下から金色に光る、鋭い眼光を小太りの男に飛ばす。


「――――お前が金を払えないことはよく分かった」


 コートを羽織っている男の言葉に、小太りの男はつらい中でも顔を上げ、表情を明るくした。

 それと異なり、控えているスーツの男が訝し気にコートを羽織っている男に訊く。


「ボス。どうするつもりで?」

「――――金がないなら、喰い荒らす・・・・・だけだ」


 だが、コートを羽織っている男の言葉は、小太りの男が期待していたようなものではなかった。

 突如、漆黒の『ナニカ』が、大量に地面から湧きあがる。


「あ……ああ……」


 その光景を前にして、小太りの男の表情は、絶望に染まった。

 コートを羽織っている男は、そんな小太りの男を冷徹に見つめ、一言口にした。


「喰い荒らせ」

「あああああああああああああああああああああああっ!?」


 漆黒の『ナニカ』は、一斉に小太りの男に襲い掛かった。

 メキ、グチャ、ブシュ。

 さっきまで小太りの男がいた場所からは、肉が千切られ、骨が砕ける音が響き渡る。

 そして、少しの時間の後、漆黒の『ナニカ』が消えると、そこには何も残っていなかった。


「やだ、ボスったら……相変わらず圧倒的ねぇ」


 妖艶な女性は、コートを羽織っている男に色っぽい視線を向ける。

 だが、そんな女性を無視して、コートを羽織っている男は背後の天井からぶら下がっている不気味な男に命令した。


「グリード。全団員に命令だ――――蹂躙しろ」

「へいへいっと」


 グリードと呼ばれた男は、軽くそう返事をすると、その場から闇に溶けるように消えていった。


「俺たち【黒の災厄】を雇ったからには、何が何でも払ってもらうぞ……その命でな」


 コートを羽織っている男は、ソファーから立ち上がり、その場を後にした。


◆◇◆


 俺――――レオス・カルディアは、互いに武器を構える形で、ウォードと対峙していた。

 あの衝撃的な報酬の提示があった後、すぐに返答するわけにはいかなかったので、クライカー男爵に何とか頼んで、返答を先延ばしにしてもらっていた。

 なぜ、すぐに返答しなかったのかというと、もし俺が領地を貰うとなれば、それはある意味でクライカー男爵の傘下にある、傭兵団という扱いになってしまうのだ。

 もちろん、クライカー男爵はいい人だと思う。

 だが、今のところ俺は、どこかの貴族に仕える形で傭兵を続けようとは思っていない。それはもう、傭兵ではなく私兵と同じだ。

 だが、活動拠点という意味では確かに領地ほどではなくても、どこかに土地が欲しい。土地があれば、そこを起点に仕事の内容も選びやすくなるからな。

 こういった理由から、俺はクライカー男爵の報酬に対して、考える時間をいただいているのだ。

 それはともかく、目が覚めてから、本当に俺の体は特殊らしく、短期間で普通に戦闘するのに支障がないレベルで回復した。

 まあ、ローゼが過保護気味に動くことを止めてきたが……。

 しかし、俺は紋章が使えるようになったことで、体中に紋力が駆け巡り、今までは力も紋章者たちと比べて圧倒的に弱かった俺が、今回の戦争でそれ以上の力を使えるようになったのだ。

 力が強くなることはいいが、俺は弱いままで戦い慣れていたため、今の自分との力の差に戸惑いが大きく、まともに戦えない状況になってしまった。

 そして、ウォードと対峙しているのは、その俺のリハビリを兼ねているからである。

 どうせ体を動かすなら強いヤツが相手の方がいいだろうということで、ウォードが買って出てくれたのだ。


「レオス。準備はいいか?」

「ああ。いつでもいいぜ」


 俺の言葉を聞いて、ウォードはニヤリと笑う。


「んじゃあ……行くぜ?」

「ッ!」


 ウォードは、自分自身もケガを負っていたにもかかわらず、そんなことを微塵も感じさせない圧倒的な速度で迫り、得物である大剣を振り下ろしてきた。

 以前の俺なら、避けるのがやっとだったウォードの攻撃が、体中を駆け巡る紋力によって強化された俺には、しっかりと見切る事ができ、その場から余裕をもって飛び退いた。


「! ……ずいぶんと動きがいいじゃねぇか」

「そりゃあどうもっ!」


 俺は飛び退いた後、すぐに着地した地面を力強く踏み込み、一気にウォードへと迫る。

 そして、剣銃でウォードの頸動脈を狙った。


「チッ! いやらしい攻撃しやがるなぁ!」


 言葉とは裏腹に、何やら楽し気なウォードは、その場にしゃがみ込んで攻撃を避けると、俺の足元めがけて大剣を振る。


「ハッ!」

「うおっ!?」


 その大剣を避けるために、俺はウォードの頭上に跳ぶと、そのままウォードを狙って銃を撃った。

 もちろん、これは訓練なので当たっても死ぬほど痛いだけのゴム弾を使用しており、遠慮なく銃を使えた。

 ウォードは、そんなゴム弾を大剣を盾にするようにして防ぐ。

 その隙を逃さず、俺はウォードの横腹めがけて剣を振り下ろした。


「ッ! そう簡単に……喰らうかよッ!」

「ぐっ!」


 すると、ウォードは超重量であるはずの大剣を軽々と振り回し、俺の攻撃を大剣で防いだ。

 俺とウォードは、鍔迫り合いの状態になる。


「ハッ! 驚きだな! 最初に会ったときは打ち合うことを避けてたってのに、今は関係ねぇと言わんばかりに攻撃してくる……これがレオスの元々の戦闘スタイルなのか?」

「まあな。こうして紋力を使えるようにでもならなけりゃ、とてもじゃねぇがお前と打ち合おうとは思わねぇよ」

「そりゃあ俺は剛剣術の使い手だからな。力あってこそだろ! ってなわけで……そらッ! 『剛斬波ごうざんは』ッ!」

「ぐあっ!」


 ウォードは驚くような膂力を発揮し、鍔迫り合いの状態からとんでもない斬撃を放ち、俺ごと吹っ飛ばす。

 何とか空中で体勢を立て直すと、思わず悪態を吐いた。


「メチャクチャすぎるだろ!? 何で鍔迫り合いの状態から斬撃が放てるんだよッ!」

「ハハハハハ! そりゃあ剛剣術で有名な『ハルト流剣術』の師範代だぞ? そんじょそこらのやわな連中とは文字通り力が違うんだよ! オラッ、まだまだ行くぜ? 『裂波』!」


 さっきのが図太くも一本の斬撃だったのに対し、続いて放たれた技は、広範囲にその衝撃を及ぼすようなものだった。

 圧倒的な力で放たれたウォードの技によって、地割れが起こりながらも、しっかりと俺めがけて衝撃は飛んでくる。

 あまりの広範囲の技に、俺は避けることもできず、自ら体を投げ出すことでダメージをある程度逃す事が出来たが、それでも少なくないダメージを負った。


「ぐっ……そんな技があるなら……あの戦争のときに使っとけよ……!」

「バカ野郎! 見ての通り、この技は細かい調整が出来ねぇんだよ。あんな乱戦状態の中で使っちまったら、味方ごと吹っ飛ばしちまうのさ。……んで? もう終いか?」

「んなわけあるか……!」


 そういうと、俺は再びウォードに向かって駆け出した。

 そんな俺を迎え撃つように、ウォードも剣を構え、そして俺を脳天から真っ二つにするかのように凄まじい勢いで振り下ろした。


「うぉぉぉぉぉおおおおおお!」

「――――ハッ!」

「なにっ!?」


 だが、俺は冷静にそれを見つめ、一つの技を繰り出した。

 ウォードは、俺の動きを見て目を見開いた。

 その技は、師匠に動きだけは見せてもらったことはあるものの、紋章者が使うこと前提の技であったため、俺が今まで使うことのできなかった技だ。

 その技は、『柔』の剣である師匠にしては珍しい『剛』の剣であり、初めて見たときは本当に師匠は人間辞めてるんだなぁと思ったものだ。

 俺は剣銃を地面に水平になるように構え、ウォードの目の前まで本気で駆け抜けていたところを、文字通り目前で急ブレーキと右へのサイドステップを行う。

 まず、ウォードは俺が本気で真正面から向かってきたことで、こんな力任せの急な進行方向の変更は予想できなかったようだ。

 そして、俺はウォードの真正面から、ウォードの真横を駆け抜ける形で、地面に水平にしていた剣を振る。

 それも、ただ振るわけじゃない。

 紋章者という尋常じゃない力を持った人間が、本気で振ることで初めて成り立つ技である。

 俺が剣を本気で振り抜こうとすると、空気との摩擦によって剣銃が燃えた。


「はあ!?」


 俺の剣銃の剣身が真っ赤に燃え上がるさまを見て、ウォードは驚きの声を上げる。

 だが、俺はまだまだ加速させる。

 すると、剣身は炎だけでなく疾風も纏い始め、火炎旋風となって、ウォードに迫る。


「『烈火斬風れっかざんぷう』ッ!」


 そう技名を告げた後、俺はウォードの首元で剣を寸止めした。

 その瞬間、剣身を纏っていた炎と風は霧散し、熱風がウォードと俺の間を吹き抜けた。

 未だに呆然としているウォードを見て、俺は笑みを浮かべる。


「……俺の勝ちだな?」

「……ああ。負けたよ」


 ウォードは困ったように笑うと、潔くそう言った。

 今は純粋な剣術や武器といった、紋章術を使った戦いはしていない。

 だからこそ、今は勝てたが、ウォードが本気で紋章術も使って来たら、ハッキリ言って瞬殺される自信がある。

 それほどまでに、紋章術ってのは強力なのだ。

 お互いに武器を仕舞うと、ウォードがニヤニヤしながら言う。


「さて……そろそろ戻らねぇと、ローゼがお前さんを心配しすぎて飛んでくるぞ?」

「……もう大丈夫だって言ってるのにな。ったく……俺はガキかよ……」


 俺がそう言葉をこぼすと、今度はウォードが苦笑いした。


「ローゼの嬢ちゃんも大変だなぁ」

「ん? なんか言ったか?」

「いんや? 何でもねぇよ」


 ウォードが何かを言った気がしたのだが、聞こえなかった俺は首を捻るも、二人でローゼたちの下へ帰るのだった。

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