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『大王』の力

「っ!」


 ゼストに背中を押された俺は、一瞬にして意識を覚醒させた。

 すると、さっきまで致命傷を負っていたのがウソのように、体が軽く感じた。

 それでも、怪我が治ったわけでもなく、今もなお、血は流れ続けている。

 だが、今の俺にはそんなことさえ気にならなかった。


「あ? ――――なっ!?」

「なんだとっ!?」


 死んだと思った俺から完全に興味を失い、ローゼに視線を向けていたリッドとバルドー伯爵は、ゆらりと立ち上がる俺の姿を見て、驚愕の声を上げた。


「レオス!?」


 ローゼもまた、死んだと思った俺が、立ち上がったことに驚きの声を上げていた。

 そんなローゼを確認した後、今もなお異形の兵士たちを相手にしているウォードを探すと、ウォードは体力が尽きる寸前で、かなり危険な状況だった。


「死にぞこないが……始末しろ!」


 しかし、冷静な状況分析ができていながらも、満身創痍の俺を見て脅威ではないと判断を下したリッドは、周囲の異形の兵士たちに俺の始末を命令した。

 すかさず命令を受けた兵士たちは、俺に群がるように一斉に押し寄せる。

 それを、俺は冷静に見つめながら、ふと脳裏に浮かんだ言葉を口にしていた。


「『王剣』」


 そう呟いた瞬間、俺の体の内側――――心臓部分から、眩い光を放つ紋章が浮かび上がった。

 胸の前で浮かび上がる紋章は、威厳溢れる、優美で豪華な装飾が施された盾形の中に、圧倒的な存在感を放つ王冠が描かれていた。


「バ……バカな!? 『王紋章ロイヤル』だと!?」


 あり得ないと言わんばかりに、大きく目を見開いて驚くリッドたち。

 ローゼもまた、俺の胸から浮かび上がった紋章を見て、驚いている。

 そんなリッドたちとは関係なく、異形の兵士たちは俺への攻撃を止めることはない。

 だがそれらを無視して、俺は胸に展開された紋章の中に右手を突っ込んだ。

 右手を引き抜くと、派手ではないものの見る者すべての心を鷲掴みにするような、凄まじい気品を兼ね備えた一本の剣が現れた。

 剣の柄には無数の宝石と、その見た目に恥じない切れ味を誇るであろうことが一目でわかる、鋭い刃を持っている。

 取り出した剣をしっかり握ると、俺を叩き潰さんと言わんばかりの異形の存在達が目に入った。

 群がるように一斉に押し寄せる異形の兵士たちだが、そんな兵士たちの間にわずかながらも隙間があることを見つける。

 その隙間を、俺はまるで散歩に行くかのように、気負うことなく進んでいった。

 異形の兵士たちの間を、まるで縫うように突き進みながら、俺はすれ違いざまに首を切り落とし、胴体を二つに分け、手足を斬り飛ばすなどしていると、気付けば俺の後ろには異形の存在の屍しか残っておらず、リッドとバルドー伯爵の目の前に来ていた。


「ひぃぃぃぃぃぃぃいいいい!?」


 バルドー伯爵は、腰を抜かして無様に転がる。

 リッドは、一瞬俺に気圧された様子を見せるも、すぐ俺に向かって攻撃してきた。


「クソが……舐めるんじゃねぇぇぇぇぇぇぇえええええええ!」


 その瞬間、リッドの上半身と下半身は分かれた。


「…………………………は?」


 なんてことはない、俺が斬ったのだ。

 しかし、それに気付かないリッドは、間抜けな顔を晒しながら、気付かぬうちに死んだ。

 リッドが死んだことを確認すると、今度はウォードの方へと足を向ける。

 俺が向かう頃には、ウォードは剣を支えにしながら膝をつき、その周囲を飛びかかろうとしている無数の異形の兵士たちが固まっていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……!」

「があああああああああああああああああああっ!」


 そして、一斉にウォードめがけて飛びかかった瞬間、ウォードは悔し気に顔を歪めた。


「クソったれ……すまん……リリア……アンナ……」


 ウォードが諦めかけたその瞬間、俺は周囲に飛び上がった異形の兵士たちの首を、一斉に跳ね飛ばした。


「へ?」

「無事か? ウォード」

「あ、ああ……って、それは俺のセリフじゃね!? その傷大丈夫なのかよ!?」

「今のところ問題ないな」

「どういう体してるんだ……? それに、その剣は……」


 ウォードが、俺の手に握られている剣を見て、目を見開く。


「俺も詳しくは……」

「ぶ、武器を捨てろぉ!」

「!」


 声のした方に視線を向けると、バルドー伯爵がローゼを盾にするように、首元にナイフを突きつけていた。


「み、妙な真似はするんじゃないぞ!? そうなれば、コイツの命はない!」

「この期に及んで何を……」


 ウォードが呆れているのを横目に、俺は一瞬にしてバルドー伯爵との距離を詰めると、問答無用で首を斬り飛ばした。


「かへ?」


 リッドと同じように、間抜けな顔が宙を舞い、そのまま地面に落ちる。

 少しして、頭を失った首からは、おびただしい量の血しぶきが上がった。

 その血しぶきにローゼが触れないように、素早く回収するとバルドー伯爵の死体から距離を置いた。


「大丈夫か?」

「へ? え、ええ……ありがとう、レオス。……って、それよりアンタでしょ!」


 ローゼは、すぐに金炎を発動させようとするも、未だに紋力が戻っていないため、発動することはなかった。


「何でこんな時に……!」

「いや、大丈夫だよ……お!?」

「レオス!?」


 大丈夫と口にしたものの、俺の体は思っていた以上にガタがきていたらしく、思わず膝をついた。

 ……そりゃそうか。自然と動いていたが、今の俺の体は本来動けるような状態でもないのだ。

 だが、ゼストから紋章を解放してもらった俺は、なぜかそんな無茶を通す事が出来てしまった。

 紋章者はみんなこんなに頑丈なんだろうか……?


『それは違うぜ? レオス』

「え?」


 不意に、俺の脳内にゼストの声が聞こえた。


「? どうしたの!? 急いで治療しないと……!」


 思わず声を上げた俺を、ローゼが心配そうに見てくる。


「い、いや、大丈夫だよ。何でもないから」

『そうそう、気をつけな。俺の声はお前にしか聞こえないんだからよ。まあそんなことより、取りあえずお疲れさん。初めて俺の紋章を使ったにしては上出来じゃねぇか。それに、俺が知らねぇ剣術を習得してるみたいだし、見てて飽きなかったぜ?』


 どうやら俺の戦闘は、ゼストのお気に召したらしい。


『それと、お前の疑問に答えてやるが……紋章者は確かに頑丈な体だが、それでもお前ほどの傷を受けて、あそこまで動き回ることは出来ねぇよ。お前の体が特別なんだ』


 俺の体が……特別?


『精神世界でも言ったが、お前の固有紋章術は特殊すぎる。何せ、お前そのもの・・・・・・が紋章術みたいなものだからな』


 ゼストの言葉に、俺は絶句した。

 俺が……俺自身が、紋章術だって……?


『お前の紋章術の名は――――【王の器】。成長の限界がなく、すべての可能性を秘めた体……それが、お前の紋章術だ』


 紋章術とは、武器の形となって出現する『武装系』と、紋力を消費して特殊な現象を生み出す『放出系』。

 そして紋章術そのものが体に癒着し、突然変異した体の一部が紋章術と同化した『体質系』の三種類ある。

 その中でも『体質系』の紋章術は非常に珍しく、それでいて強力なものが多い。

 それなのに、ゼストは俺の体すべてが紋章術と同化してるというのだ。


『信じられねぇだろ? だが、本当のことだ。もともと、俺たちの紋章術を代々受け継いでいるとはいえ、本当に使いこなせるわけじゃねえ。むしろ使えないのが当たり前だ。魂には限界があり、それを超える固有紋章術の付与は魂を疲弊させ、殺してしまうからな。だからこそ、俺の家系の紋章術は、記録として魂の表面に張り付けているだけで、それを深く刻み込むとしても精々二人分くらいだ。中には特殊な体質の持ち主もいて、いくつもの固有紋章術を所有してるヤツもいる……その一人が、お前だ。……お前には、魂の限界がないんだ。それは、お前の生みの親であるクーゼスの紋章術が関わってるんだが……今はいいだろう。とにかく、そんな体だから、お前は人の体とは違うんだよ』


 ゼストの言葉を聞いて、俺は一つの疑問を抱いた。

 ……俺の生みの親は、俺に一体何をさせたかったのだろう?

 何せ、その親の力が、俺の紋章術に大きくかかわってるようなのだから。

 新しく芽生えた疑問の答えを考えていると、今度はがらりと雰囲気が変わり、真剣な声音で話しかけてきた。


『そんなことより、気をつけな。お前は今、≪憑代≫を殺した。これが何を意味するか……分かるか?』


 ゼストの言葉の意味が、俺には分からず、首を傾げた瞬間だった。

 突然、俺は凄まじい目に見えない圧力を感じ、その方向に視線を向けると、そこにはリッドの死体が転がっているだけ。

 そんな殺したはずのリッドの体から、黒い霧が噴出し始めたのだ。

 霧は空中に漂い、一か所に集まると、空間に巨大な亀裂が走る。

 その亀裂は次第に大きくなっていき、やがて漆黒の空間が出来上がると、中から真紅の瞳を持った、真っ黒の人型をした『何か』が現れた。


「な、なんだ、アレ……」


 ローゼもウォードも、俺と同じように出現した存在に言葉を失う。

 だが、それ以上に目の前の存在から発せられる気配に、俺たちの体は自然と震えていた。

 真っ黒い人型は、その真紅の瞳で俺たちを見下ろすと、静かに、響き渡る低い声で言葉を紡いだ。


≪誰だ? 我が憑代を殺したのは……≫


 いったい……コイツは……何なんだ……?

 震える体と、回らない頭で必死に考えていると、面倒くさそうにゼストは言った。


『やっぱり来やがったか……よく見ておきな。あれは……【悪魔】だ。それも、そこそこ強力なヤツだな』


 あ、悪魔……? ゼストは、目の前の存在を悪魔だといったか?


『ああ、言ったぜ? 目の前のヤツは、紛れもねぇ悪魔だよ。さっきも言ったが、お前が最初に殺した人間は≪憑代≫と呼ばれる存在で、悪魔から力を得る代わりに、悪魔が力を蓄えるために使役される存在だったんだよ。まあ、俺の時代でほとんどぶっ殺したから、力を蓄えざるを得なかったんだろう』


 サラッととんでもないことを言うゼスト。

 しかし、そんな余裕も長く続くはずもなく、悪魔の真紅の瞳が俺たちの姿を捉えた。


≪人間か……人間の分際で、我が憑代を殺したのか……万死に値するな≫


 悪魔は、絶望的なほど、強い殺気を俺たちにぶつけてくる。

 その殺気だけで、俺たちは呼吸すら困難になった。


「な……んなん……だよ……コイツは……!」


 ウォードも、心臓部分を手で押さえながら、必死に空気を求めて息継ぎをする。

 せっかくバルドー伯爵もリッドも倒したというのに、ここにきてこんなとんでもないヤツが出てくるなんて……。

 リッドたちを倒したときの様に動こうにも、やはり無理をし過ぎたのだ。動いてくれない。

 必死に自分の体に動くように命令していると、ゼストが脳内に語り掛けてきた。


『んじゃ、そろそろやりますかね。感謝しろよ? レオス。俺がこうして出張って来たのは、この状況をどうにかしてやるためなんだからよ』


 え?

 一体ゼストは何をしようというのだろう。

 そう思っていると、不意に、俺の体の中に誰かが入り込んだような感覚に陥った。


『ちょいとお前の体を借りるぜ?』


 すると、さっきまで動くことのなかった俺の体が、勝手に動き始めたのだ。

 これ……ゼストが俺の体を操ってるのか!?


『その通り。本当なら、お前に【王権】を譲渡した後、しばらく消えるはずだったんだが……アイツの気配を感じ取ったモンだから、意地でその時間を伸ばしたんだよ』


 消える? どういうことだ?


『そりゃあ、精神世界を生み出してお前の封印を解いたりするのに、何の力も使わないと思ったか? 本当ならこんな風に死んだ俺が、子孫と会話するなんてことできねぇんだよ。だが、子孫の一人に、それを可能にしちまったヤツがいた……そいつの固有紋章術の力で、歴代マリレクス家当主の俺たちの意思は、時を経て……集った』


 話の規模が、俺の知るレベルじゃなくなっている。

 今まで聞いたこともなかったが……マリレクス家っていったい何なんだ……?


『そうやって集まった俺たちはレオスが紋章を使えない間、いつかこうして話せるようにとレオスの中で蓄えてたきた。その紋力を使ったんだよ。生前の俺の紋力は、レオスに譲渡した紋章に組み込まれてるからな。だから、次に話せるとしたら……また俺が力を蓄えた時か、お前が一回り成長して紋力をもっと多く扱えるようになるかのどっちかだなぁ』


 そんな会話をしながらも、ゼストは俺の体を確かめるように、色々動かしていた。

 意識は俺のモノだから、周囲には変な顔をしながら体を動かしてるように見えるだろう。

 それを見て、悪魔は不愉快そうに顔を歪める。


≪人間……我を前にしているのだ。頭が高いぞ≫

「逆だろ? 『王』の御前だ――――ひれ伏せ」


 俺の口すら操っているゼストは、『王』の風格を漂わせながらそう言い放った。


「れ、レオス!? アンタ、急にどうしたのよ……! アイツはヤバいわ! 刺激しちゃ……!」

「安心しろ。何とかしてやる」


 またもそんなセリフをゼストが俺の口を借りて言うと、悪魔は怒りをあらわにした。


≪我々の餌に過ぎない人間風情が……そんなに死にたいのなら、今すぐ殺してやろう!≫


 悪魔の殺気が、今まで以上に跳ね上がり、今にも殺しにかかってきそうだ。

 なのに、ゼストは呑気にも俺に話しかけてきた。


『さて……それじゃあ今日頑張った褒美をやろう』


 褒美? って、今はそれどころじゃ……!


『まあまあ。話を聞け。俺は【オウケン】という紋章をお前に残した。だが、紋章術にはならなかったが、俺にはもう一つ、別の力があった』


 ゼストは『王剣』を握り、剣を見つめた。


『一度しかやらねぇから、よく体感しておけ』


 それだけ言うと、ゼストは――――『斬った』。


≪は?≫


 気づけば、悪魔の首と胴体は離れていた。

 体を操られていた俺を含めて、何が起こったか理解できなかった。

 俺がリッドを殺したときも、似たような表情を浮かべたまま死んでいったが、あれは俺がリッドの認識を越える速度で斬っただけだ。

 しかし、今のゼストの一撃は……決して速いものではなかった。

 目で追えるような速度で斬ったのだ。

 避けることなんて簡単なのに、当たり前のように悪魔はそれを受け入れていたのだ。

 それを見て、俺たちも当たり前・・・・だと感じた。

 ゼストは剣を軽く振り払う。


『【王剣】は、持ち主が望めば、何でも斬る事が出来る。それはどんなに硬いモノや目に見えないモノ……紋章術であったとしてもだ』


 体の支配権が俺に戻ったことを感じていると、急激に意識が遠のく感覚が俺を襲った。

 あ……無理をしたのが、今出てきたのか……。


『そして、その【王剣】を使いこなすために、俺は剣を極めた。それこそ、呼吸をするのと同じように剣を振るえるようにな。……呼吸をするのが当たり前なら、それを相手はいちいち警戒もしないし、当たり前だから受け入れる――――剣も、その【当たり前】の一つにしたんだ』


 意識を失う直前、ゼストは優しい声音で俺に言った。


『ま、お前はお前なりに頑張れよ――――レオス』

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