覚醒
「があっ!」
俺は、異形の兵士に殴られ、大きく吹っ飛ばされた。
リッドの背後からやって来た兵士たちは、実際は百どころじゃなかった。
何と、バルドー伯爵自身が兵を率いて、やって来たのだ。
最初のうちは善戦していた俺たちも、次第に体力を失い、ダメージを受けることが多くなっていた。
「レオス!?」
「よそ見をしてる場合かぁ? フレイオスゥ!」
「くっ!」
ローゼも、リッドに接近され、苦戦を強いられている。
もともとローゼは接近戦が得意ではない。
その上に、リッドの紋章武器……大鎌のせいで、最大の武器である金炎も使えない状況。
ウォードも、リッドの中級紋章術を受けたことで、大きく負傷しており、異形の兵士を相手にするだけで精いっぱいだった。
「ローゼッ! クソッ! そこをどけええええええええええっ!」
俺は吹っ飛ばされてすぐ、受け身を取るとすぐ近くの敵を斬り伏せた。
首を切り落とし、胴体を真っ二つにし、絶え間なく襲ってくる敵を斬り続ける。
だが、背後から迫って来た敵の対応にまで手が回らず、羽交い絞めにされた。
「しまっ――――!」
「グオオオオオオオオオオオオオッ!」
「っ――――」
とてつもない衝撃が、体を襲う。
「ガハッ!?」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
大量の血を吐くも、敵は攻撃の手を休めず、顔や体など、ボロボロにされる。
一発一発が普通の紋章者から繰り出される拳とは比べ物にならず、一瞬で意識を持っていかれそうになった。
それでも、俺は必死で意識をつなぎとめる。
「レオスッ!」
ローゼの叫びに近い呼びかけに、答えることさえできない。
「質で勝っているとでも思ったか? お前らは質でも量でも最初から負けてたんだよッ!」
「ぐっ!?」
ローゼの腹に、リッドの鋭い蹴りが突き刺さると、ローゼはそのまま地面を大きく転がった。
そのローゼを、敵はすぐに身動きが取れないよう拘束する。
「離しなさいよッ! このっ――――」
「おっと、そうはさせねぇぜ?」
ローゼが金炎を噴出させ、拘束から逃れようとするも、リッドはそれを許さず、首元に鎌を当てた。
「そんなっ!? 金炎が!?」
リッドの鎌が直接鎌に触れたことで、ローゼの紋力は奪われ、金炎を発動する事が出来なかった。
鎌が触れ続けている間も、ローゼの紋力は奪われ続けている。
「レオスッ!? ローゼッ!? ぐっ!」
ウォードは、俺たちの様子に気付き、助けに来ようとするが、周囲の敵がそれを許さず、絶え間なくウォードに襲い掛かる。
リッドは、しゃがみ込むと、ローゼの髪を掴み、顔を見た。
「よく見るといい女じゃねぇか。ちょうどいい、俺がたっぷり可愛がってやるよ」
厭らしい笑みを浮かべ、ローゼの体を舐めまわすように見つめる。
ギリギリつなぎ留めてる意識の中で、その光景を目にした瞬間、俺の中の何かが切れた。
「がああああああああああああああああああああああっ!」
羽交い絞めにされた状態から、体を一気に振り上げ、俺を拘束している敵の顔面に渾身の蹴りを叩き込む。
その結果、敵の首が折れ、拘束から抜け出すと、がむしゃらに剣銃を振り、ローゼのもとへ向かった。
「ローゼから離れろぉぉぉぉぉおおおおおおおお!」
どこにそんな力が残ってたのか分からないが、俺を拘束しようとする敵の首を斬り飛ばし、その敵の体を踏みつけて飛び上がると、敵の肩を飛び移るように移動しながら、確実に頸動脈を切り裂いて行った。
そしてリッドの姿が見えると、俺はローゼとリッドの間に銃を撃ち、ローゼとリッドの距離を開けた。
そのままリッドめがけて、俺は剣銃を突き立てるようにリッドへ振り下ろす。
「うぉぉぉぉおおおおおお!」
「ウゼェな。ザコが」
冷めた目で俺を見つめるリッドは、左手を俺に向けてかざすと、紋章陣を展開した。
「死ね」
その瞬間、中級紋章術である『雷槍』が発動し、空中にいて避けることさえできない俺は、呆気なく雷槍に貫かれた。
「カフッ」
「なっ……!? レオスゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウ!」
ローゼの悲鳴が聞こえる。
だが、俺はどうすることもできず、無様に地面に落ちた。
「かひゅー……かひゅー……ごふっ……」
血が口から流れ、もはや息をすることも辛い。
そんな俺を、冷たく見下ろしながら、リッドは俺の頭を踏みつけた。
「ザコのくせに、いちいち俺の手を煩わせるんじゃねぇよ」
「レオスの頭から足をどけろぉぉぉぉぉぉおおおおおお!」
「ハハっ! フレイオスも無様だな? どうだ? 何もできないのは。お前の紋力は全部奪った。まあしばらく下級紋章術さえ使えないだろうよ」
考えなしに突っ込み過ぎた結果だった。
逃げられたかどうかは別にして、リッドと対峙して感じた本能に従い、逃げればよかった。
それくらい、リッドと俺たちの間には実力の差があった。
一般的な紋章者だったらしいが、悪魔との契約によって手に入れた力は、それだけ強力だったのだ。
それを、俺は見誤った。
格上だと分かっていても、逃げることをしなかった俺のミスだ。
……慎重に事を進めてきたつもりだったんだがな。
薄れゆく意識のなか、新たな存在がリッドに近づいた。
「素晴らしい……素晴らしいぞ、リッド! アハハハハハハ! 圧倒的だ!」
高級そうな服に身を包んだ、肥満体系の中年男性が、醜い笑みを浮かべてやって来たのだ。
「何の用だ? バルドー伯爵」
「いや、なに。貴様が戦場に入ったことで、戦況がこちらに傾いたのでな。ここで一気にケリをつけようと思ったのだ」
「余計なお世話……と言いたいところだが、実際≪戦血≫の足止めにも役立ったし、文句はねぇよ」
「ハハハハハ! あの≪戦血≫も我が兵士たちの前では無力か! ……ん?」
肥満体系の男――――バルドー伯爵は、ローゼの姿を見つけると、笑みを深めて近づく。
「おお、これは上玉じゃないか。うむ、私が貰おう」
「俺が捕まえたんだぞ?」
「何を言う。捕えているのは我が兵士ではないか。貴様には、この戦争に勝った後、他の女をくれてやる」
「チッ……まあいい」
ローゼの顎を持ち上げ、欲望を隠し切れない笑みで、顔や体を見る。
「ますますいい女だ。たっぷり鳴かせてやろう」
「誰がアンタなんかと……!」
「強気な態度も、いつまで続くか見ものだな。……で? そこに転がるゴミは何だ?」
「知らねぇよ。そこのフレイオスと一緒にいたヤツだ」
「ほう。あのフレイオス家の娘か。これはまた犯しがいがありそうだ。この男はコイツの恋人か? そうだとすれば、コイツの目の前で犯してやるのも面白い」
「悪趣味だねぇ」
今すぐにでもコイツらを殺してやりたい。
そう思うも、俺の体には一切力が入らなかった。
そんな俺の頭を、バルドー伯爵はリッドと同じように踏みつけた。
「安心して死ぬがいい。私がたっぷり可愛がってやろう。もちろん処女であろうな? ゴミのお古などいらんのでな」
どこまでも醜い笑みを浮かべ、ローゼに視線を向ける。
ローゼは、これから起こるであろう自身の未来に、身を固くした。
「さあ、このゴミを処理しろ。私の視界に入れ続けるのは不愉快だ」
最後に、俺から興味を失ったように、バルドー伯爵は視線を外した。
それを合図に、周囲に控えていた異形の兵士たちが、俺を殺そうと一斉に拳を振り上げる。
「レオス…………レオス…………!」
泣き叫ぶローゼの声が、耳に届くが、俺の意識はもう途切れる寸前だった。
……クソが……俺は一体、何のために修業したんだ……?
親父を失って、大切なモノを失うことが怖くなった俺は、結局修業したところで臆病なままじゃねぇか。
その結果、俺は死に、ローゼはこのクソ野郎に犯されそうになってる……。
修行して強くなったなんて、どれも気のせいだった。
紋章すらない俺は、結局弱いまま。
そのくせ、身の丈に合わない依頼を受け、こうして死にかけている。
臆病で実力も把握できず、大切なモノも守れない。
何のために、俺は力を求めたんだ?
俺は――――。
そこで、俺の意識は完全に途切れた。
◆◇◆
「ん……?」
不意に、俺の意識が覚醒し始めた。
徐々に明瞭になっていく意識。
そして完全に意識が覚醒した時、俺は不思議な空間にいた。
俺を囲うように、まるでどこかの国の玉座のような九つの豪華な席が、真っ白な空間に存在していた。
「は? ここは一体……それに、俺はさっき……」
「よぉ。目が覚めたか? 子孫よ」
「!」
不意にかけられた声に驚き、その方向に視線を向けると、綺麗な銀髪に、透き通るような青い瞳を持った男性が、優雅に足を組んで豪華な椅子の一つに座っていた。
服も、何やら華美で、それこそ本当に王様のような風貌だが、男性の容姿によく似合っていた。
「貴方は……?」
「俺か? 俺はゼスト・マリレクス。お前の祖先だよ」
「なっ!?」
俺は男性――――ゼストの言葉に大きく驚いた。
「俺の祖先だって!? いや、そもそもこの空間は一体……」
「まあそうなるよなぁ。だが、詳しい話をしてる時間はねぇ。違うか?」
「っ! そうだ、ローゼが……!」
この空間が何なのか、そしてゼストが本当に俺の祖先なのかとか、聞きたいことがたくさんできたが、今はそれどころじゃない。
焦る俺に、ゼストは落ち着かせるように言った。
「安心しろ。時間がねぇとは言ったが、ここはいわゆるお前の精神空間だ。長くは持たねぇが、この空間にいる間は外の時間に干渉されねぇよ」
「だが、こうしている間にもローゼが……!」
「今のお前に何ができる? 戻ったところで、結局殺されるのがオチなのに」
「っ!」
呆れた様子のゼストの言葉に、俺は何も言い返せなかった。
「ま、焦る気持ちは分かるよ。お前の大切な人なんだろ? あんなクソデブにくれてやるなよ? 安心しろ、俺の血を引いてるんだ。女の扱いで他の男に負けることはねぇよ」
「へ?」
「何せ、俺は千人もの妻を満足させてきたわけだからな。とはいえ、俺が見たところ、あのお嬢さんは男を知らないっぽいからな。大切に扱ってやれよ?」
ゼストの言葉に、俺は絶句するしかなかった。
いや、千人? この人は何を言ってるんだ?
いろいろと衝撃的過ぎて、何も言えない。
「他にも、俺が若いころは娼館でヤリ過ぎてどこもかしこも出禁になったりしてよ。俺とヤった女は、他の男じゃ満足できなくなるなんて言われもしたな。それはさておき、そんな俺の血を引いてるからには安心しな」
「本当に俺の祖先か!?」
こんなのが俺の祖先!? 嫌だよ!
「嬉しいだろ? こんなご先祖さまで」
「ガッカリだよ!」
なんとなく雰囲気でこの人が生みの親じゃないってのは分かるが、それでもこんな人が祖先だなんて……!
「ハハハハハ! まあそう言うなよ! ……さて、子孫との交流もできたし、そろそろ真面目な話をしようか?」
唐突に雰囲気が変わったゼストにつられ、俺も真剣な表情で頷く。
「まず、お前は昔から紋章も紋力も持っていなかった……それは正しいな?」
「ああ」
「残念、その前提が間違ってる」
「なっ!?」
いきなり否定され、俺は言葉に詰まる。
「だ、だが、事実俺の体には紋章はないぞ?」
「そりゃそうだろ。今ここにいねぇが、お前の父親がそうしたんだからよ」
「え?」
俺の……父親?
それってつまり……。
「お前の育ての親じゃない、生みの親――――九代目マリレクス家当主、クーゼス・マリレクスによってな」
突然知ることになった父親の名前に、俺は呆然とするしかなかった。
「残念ながらお前の≪器≫がまだ、他の歴代当主を呼び起こすには足りてねぇから、こうして俺だけしかいねぇのよ。それでも、最初の一人が最強であるこの初代ゼスト・マリレクスであることに感謝しろよ?」
何と、ゼストは俺の家系の初代にあたる人物だったようだ。
「それはいいとして……お前が紋章を使えなかったのは、幼いお前の体では、マリレクス家の紋章に耐えられないから、耐えられる体になるまで封印することにしたんだよ。クーゼスがな」
「封印?」
「そう、封印だ。それも、生半可な封印じゃねぇ。完全にその力を異次元に封印したんだ。俺の紋章術を使ってな」
「ゼストの……?」
意味が分からなかった。
なぜ、俺の父親がゼストの紋章を使って封印したのか。
親父とゼストの紋章術は違うのか?
ゼストの口ぶりだと、まるで父親はゼストとは違う紋章術を使えるようにも聞こえる。
「少し気づいたみたいだな。俺の家系は特殊でな? 歴代当主がそれぞれまったく新しい固有の紋章術を魂に刻み付けてきたんだ。それは脈々と受け継がれ、マリレクス家の当主は一応、歴代当主の紋章術に加え、自分自身の固有紋章術を持っていることになる。もちろん、お前の固有紋章術も存在するが……俺たち以上に特殊でな。『体質系』だから説明しにくいんだ」
「……」
絶句するしかなかった。
まさか、当主が変わるごとに新しい固有紋章術を生み出し、それを魂に刻み付けて、こうして続いているなんて……。
それに、俺自身の固有紋章術もあるらしく、さらに言えば、紋章術の種類のなかでも極めて特殊な、『体質系』らしい。
驚き、呆然とする俺をよそに、ゼストは続ける。
「んで、本来ならお前の父親であるクーゼスから渡すべきなんだが……今回は仕方がねぇ。この俺が直々に渡してやる」
ゼストはそういうと、優雅な足取りで俺の前にやって来る。
そして、苦笑いしながらある物を取り出した。
「本当は、もう少し先の方が良かったんだがな……そうも言ってられないみたいだ」
ゼストが取り出したのは、黄金に輝く鍵だった。
だが、ただの鍵ではない。
その鍵は、そこにあるだけで畏敬の念を抱かせる、荘厳な雰囲気を放っていた。
「ここに今――――我、ゼスト・マリレクスによって、レオス・マリレクスに――――」
そこまで言いかけて、ゼストは言い直した。
それは俺自身を、肯定してくれる行為だった。
「……否。レオス・カルディアに『オウケン』を授ける……!」
王者の風格を漂わせるゼストは、鍵をまるで俺の胸に鍵穴があるかのように差し入れた。
胸に何の抵抗もなく吸い込まれた鍵を見て、驚くものの、俺は不思議と取り乱すことはなかった。
ゼストが鍵を開ける動作をした瞬間、俺の体から、有り得ない量の力――――紋力が溢れ出した。
「これは……」
「今、お前の封印を解くのに使ったのは、俺の紋章術……『オウケン』の一つの姿である、『王鍵』だ。そして、お前の紋章を封印した物でもある。だが、お前の封印を解いたことで、たった今、マリレクス家の権力……つまり、『王権』はお前の物になったわけだ」
「『オウケン』……」
「ただし! 『王権』はお前の物になったわけだが、お前の封印は完全に解かれたわけじゃない。俺が解いたのは、全体のごく一部だ。今のお前の体じゃ、全部解放した瞬間全身が弾け飛ぶどころか、その大陸が消し飛ぶぞ」
「は!?」
ゼストの告げた、とんでもない発言に素っ頓狂な声を出すと、ゼストは大声で笑った。
「アハハハハハハハハ! 行って来い、レオス! 今お前が使えるのは俺の紋章だけが――――」
ゼストは、不敵に笑う。
その笑みを見た瞬間、不意に俺の意識は薄れ始めた。
そして――――。
「かつて『大王』と呼ばれ、神々に恐れられた力だ――――存分に見せつけてやれ!」
――――そんな激励のあと、俺の意識は再び途切れたのだった。