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悪魔との契約者

 パチパチパチパチ。

 男は、ゆったりとした足取りで、拍手しながら近づいてきた。


「いやはや……いいねぇ。俺の力で強化した兵士どもがこうも簡単に殺されるとは……」

「その口振り……あの兵士たちの姿はお前のせいか」


 俺は、目の前の男を最大限に警戒しながら様子を見ていた。

 なぜなら、コイツの気配がとても禍々しかったからだ。


「……アンタ、どういうつもりよ」


 ローゼも、男の雰囲気に警戒しながら訊く。

 すると、まるで得物を見つけたように、男は愉悦の笑みを浮かべた。


「お前がフレイオス家の娘か……いいねぇ。お前なら、俺にとっていい糧になってくれそうだ」

「っ!?」


 背筋に激しい悪寒を感じると、ローゼは袖からナイフを取り出し、男に投げつけた。


「『茨』!」


 男めがけて真っ直ぐに飛んでいくナイフ。

 それを見つめていた男は、不敵な笑みを浮かべると、右手を横に突き出した。

 その瞬間、右手の甲から、禍々しい装飾が施された四角形に、狼と大鎌が描かれた紋章が浮かび上がった。

 そしてその紋章は、まるで生き物のように蠢きながら男の右腕に絡みつき、やがて大きな鎌へと変化する。

 ……四角形の紋章だと? そんな紋章、見たことがない……。

 男の紋章に疑問を抱いていると、男はそのまま鎌で薙ぎ払い、ナイフを弾く。


「おいおい、いきなり攻撃してくるなんてヒデぇじゃねぇか」

「うるさい! 『鳳仙花・花火』!」


 弾かれても動じることなく、ローゼはナイフの本数を増やし、一斉に男めがけてナイフを投げつけた。

 『鳳仙花』自体は無数のナイフを投げ、細くも強靭かつ鋭いワイヤーによって敵を切り裂く技だが、『鳳仙花・花火』は、ワイヤーをローゼの金炎が伝い、燃え盛るナイフとワイヤーによって、敵を燃やし、切り裂く技となっていた。

 だが――――。


「そうだ……それを待っていた!」


 男は笑みを深め、再びナイフを鎌で弾く。

 本来なら、ローゼの金炎が敵に燃え移り、炎は消えることなく相手を燃やし尽くすはずだった。

 しかし、男の鎌がローゼのナイフに触れた瞬間、金炎は綺麗に消え去った。


「なっ!?」


 その光景に、ローゼは驚きの声を上げる。

 俺も、同じように驚いていた。

 ローゼの金炎はそれだけ特殊で、消すには金炎に込められた『紋力レム』を超す紋力で燃えている場所をコーティングするか、またはローゼと同じような特殊な水系統の紋章術で消すしかないからだ。

 そして、ローゼの紋力は一般的な紋章者に比べ、非常に多い。

 紋力が多ければ多いほど、ローゼの金炎に込められる紋力も多くなり、何より紋章術を多く使っても紋力切れを起こしにくいのだ。

 そんなローゼの金炎が、アッサリ消された。

 それはつまり、ローゼ以上の紋力をあの鎌に込めたのか、それとも……。


「いいねいいねぇ! やっぱり奪う・・なら【貴紋章ノーブル】クラスだ! 雑魚じゃ話にならねぇ! その点、お前は非常にいい餌だ。貴紋章の上に、紋章術の系統も『放出系』……まさに、俺に奪われるためにいるようなもんじゃねぇか!」

「黙りなさいっ! 『彼岸花・花火』!」


 ローゼは、再び無数のナイフを投げつけた。

 ワイヤーとナイフは、金炎に燃えながら男の周囲に広がると、そこから急上昇をはじめ、包み込むように男の頭上から一気にナイフが降り注いだ。


「そうだ……もっと俺に寄越せ!」


 だが、男は腰を落とし、そこから的確にナイフの一つ一つを弾き落とした。

 それだけでなく、ワイヤーも当たらないように最小限の動きで避ける。

 ……やはり、男の鎌でローゼのナイフを弾いた瞬間、ナイフとワイヤーの炎が消えてる……。

 俺は冷静にそう分析しながら、男が態勢を整える前に、剣銃を斬りかかった。

 しかし、男は特に動じた様子も見せず、俺の剣銃を受け止めた。


「くっ!」

「あ? 何だ? テメェ……ん? おかしいな……」

「何がだっ!」


 一度距離をとると、男は不思議そうに首を捻っていた。


「何故、お前から奪えない?」

「何?」

「お前……一体何なんだ?」

「そんなこと知るかよっ!」


 再び俺は踏み込み、男の顔めがけて刺突を繰り出した。

 だが、男は余裕の表情でそれを避け、俺に接近してくる。


「そうだな。まあ、俺の用は貴紋章だけだ。それ以外に用はねぇ」


 男は、鋭い鎌捌きで、俺の首を刈り取るように狙ってくる。

 首の右側を狙われそうになり、ギリギリのところで剣銃で防ぐと、そのまま流れるように刃を滑らせ、そのまま今度は首の左側から首を斬り落とそうとしてきた。

 剣を右側に寄せ、切っ先を下に向けた状態の守りから、相手が左側に攻撃を移すと同時に俺は必死で剣銃を首の後ろを通して左側で同じ状態の守りに移った。

 コイツ……すげぇ巧い……!


「レオス! このっ……『含羞草おじぎそう』!」


 ローゼは、無数のナイフを左右に飛ばし、ナイフが地面に刺さった瞬間、両腕を交差させた。

 それを横目で何とか確認すると、俺は男を全力で弾き飛ばし、距離をとってその場から避けた。

 すると、ワイヤーが一斉に男に向かって、切り裂かんと言わんばかりに迫っていた。


「チッ。めんどくせぇな」


 男は、舌打ちをすると恐ろしいまでに態勢を低くし、そのままワイヤーが頭上を通り過ぎるのを確認すると、その低姿勢のまま、俺たちに迫って来た。


「大人しく殺されろ」

「んなことさせるわけねぇだろっ!」


 その瞬間、俺たちと男の間に、一つの影が割り込んだ。

 それはウォードであり、ウォードは男の鎌を大剣で受け止める。


「悪ぃ、待たせた!」

「ウォード!」

「何してたのよっ!」


 ローゼ、それは理不尽だ。

 俺たちとウォードは同じ傭兵団でもないのだから、ウォードの行動に言及する権利はない。


「本当にすまねぇな。お前さんらがこのヤバそうなヤツと戦ってるのを確認した後、後ろで呆けてた男爵の娘さんを適当な兵士に預けてきた!」


 俺はウォードの言葉を受けて、初めてルーナを放置していたことを思いだした。

 ……相手が強すぎて、そこまで気が回らなかった……。

 思わず冷や汗を流していると、男は凄絶な笑みを浮かべていた。


「クハ……クハハハハハハハハハハハハハハハ! ≪戦血≫ぅぅぅぅうううう! 俺はテメェも待っていたぞ!」

「お前は誰だ?」


 真剣な表情で、男に問いかけるウォード。

 すると、男は楽しそうに答えた。


「俺か? 俺はリッド。ただのリッドさ」

「リッド? 知らねぇな……」

「そりゃそうだろ。俺はアンタみたいに有名でも何でもねぇからよ」

「そうか……まあお前自身はどうでもいい。お前にはあの化物どものこととか、他に聞きたいことがたくさんあるからよ」

「そうつれないこと言うなよ!」


 男――――リッドとウォードは距離をとると、また同時に踏み込み、激しい剣戟を始めた。

 リッドの鎌がウォードの首に迫ると、ウォードはそれを気にした様子も見せず、ただ大剣を頭上から振り下ろし、その勢いで前方に空中回転しながらリッドにかかと落としを繰り出す。

 リッドは、それを左腕で巧く衝撃を逃がすと、後ろに倒れこむようにしながらウォードめがけて蹴り上げた。

 ウォードは、リッドの足の裏に着地すると、それを利用して大きく距離をとる。


「鬱陶しいくらいに鎌の扱いが巧ぇなっ!」

「ハハハ! そりゃどうも!」

「皮肉くらい理解しやがれ……!」


 ウォードは、周囲に飛び散った血液を集めると、また三十の血剣を生み出し、リッドめがけて一斉に射出した。

 するとリッドは、目を見開いて歓喜に震えた。


「いいぞ! 俺にもっと紋章術を使え!」


 リッドは、三十もの血剣を鎌ですべて弾き落とした……いや、血剣が鎌に触れた瞬間、すべてただの血液に戻ったのだ。


「何?」


 その光景にウォードは顔を顰める。

 しかしそれもわずかな間で、すぐに新たに血剣を三十も作ると、再びリッドに向かって射出した。


「ハハハハハハハハハハ! 何度やっても無駄だ!」


 リッドの言葉通り、ウォードの放った三十の血剣は、リッドの禍々しい大鎌に触れた途端、ただの血液に戻ってしまった。


「……テメェのその鎌の能力か」

「その通りだ。俺の『飢狼の大鎌』は、他者の紋力を奪い、俺の力とする……『武装系』の紋章術で応用はきかないが、お前らみたいな『放出系』の紋章術とは相性がいいんだよ!」


 『飢狼の大鎌』……聞いたことない紋章術だ。

 それは俺だけじゃなく、ローゼたちも同じようだった。

 固有の紋章術が使える【超紋章】以上は、大抵祖先の偉業が魂に刻み込まれ、それを紋章術という形で再現しているからこそ、名家などの紋章術は歴史書を紐解けばある程度知る事が出来る。

 もちろん、歴史書に書かれている偉業がそのまま紋章術になるわけでもなく、長い年月をかけてさらに強力になった紋章術も存在する。

 他に平民の家系であっても、突出した天才ならば、未だ完全に解明できていない紋字の意味や組み合わせによる式……つまり【紋章式】を生み出し、それを紋章陣という形に仕上げ、魂に刻み込んで固有の紋章術を得る場合もある。

 その場合、平民であっても【貴紋章】クラスの紋章に変化する場合もあるため、何が起こるか分からないのだ。

 だが、それは本当にごく一部のみ。

 紋章が世界に広まって間もないころ、紋字や紋章式の研究を多くする事が出来た王族たちでさえ、正確に紋字を理解できていたのはごく少数なのだ。

 それでも強力な紋章術を編み出す事が出来たのは、魂の記憶ともいえる、祖先の偉業があってこそ。

 その偉業の記憶が魂に刻まれているから、王族や貴族たちは深く紋字や紋章陣を理解できていなくとも自然と固有の紋章術を生み出す事が出来たのだ。

 となると、リッドの紋章術は比較的新しい固有紋章術なのか?

 そんな推測をしていると、リッドは楽しそうに嗤った。


「ハハハハハ! まるで聞いたことがないって顔だな? それもそうだろう。何せ、俺はただの平民だからな!」

「何?」

「俺は【悪魔】と契約したのさ。俺が紋章者から多くの紋力を奪い、その一部を悪魔に譲渡する代わりに、俺に力を与えるってなぁ!」

「なっ!? テメェ……悪魔に魂を売ったのか!」


 悪魔。

 それは、ある意味で神々より恐ろしいかもしれない存在だ。

 ヤツ等にとって、人間は何でもない。

 神々は俺たち人間を弄び、暇つぶしの道具として扱った。

 それはまだ、人間に興味関心があった。

 それに対して悪魔は、ただ腹が減ったら食べる程度の認識でしかないのだ。

 ……しかし、悪魔たちはそうも言ってられなくなる。

 人間たちが【紋章】という形で力を得て、悪魔や神々に対抗する術を身に着けたからだ。

 そして、俺の親父を殺した神は……【悪魔のような神】だった。

 ただ、何となくで親父は殺されたのだ。

 ソイツは常に微笑んでいた。

 でも、微笑んでいるだけで、そこには中身など存在しない。

 親父が死ぬ事も、俺が恐怖することも、ソイツにとっては当たり前の事で、どうでもいい事だったのだ。

 だからこそ、親父が死力を尽くして俺を連れて逃げた後も、追ってくるようなことはしなかった。

 ……今ヤツが、何をしているのかは俺は知らない。

 それでもいつか、たとえ敵わない相手だとしても……。

 思わず思考が脱線したが、とにかく悪魔とはろくでもない連中だ。

 その悪魔と契約するとは……。


「お前……それは人類に対する裏切り行為だぞ!?」

「裏切り? 何言ってんだ。この世界は強者が全て。なら、俺はその強者にすり寄り、甘い蜜を吸わせてもらう……それの何がいけないんだ?」

「……救いようがねぇな」

「救われる必要などないからな」


 ウォードが激しく睨みつけるも、リッドはまるで動じた様子は見せなかった。


「さて、もうおしゃべりはいいだろ? とっとと死んでくれや」

「悪魔に魂を売ったようなヤツの為に、死ねるかよ……!」


 ウォードはまた三十の血剣を生み出すが、今度はそれをすぐに射出することはせず、ウォード自身でリッドと激しい剣戟を始めた。


「どうした? その紋章術を俺に使わねぇのか!?」

「そんなに欲しけりゃ……お望み通りくれてやるよ……!」


 すると、ウォードはリッドに向けて、血剣を数本飛ばした。

 それを見たリッドは、笑みを深め、その血剣を鎌で弾く。

 だが、それがウォードの狙いだった。


「やっぱりテメェはバカだよ!」

「何!? ガハッ!」


 リッドが血剣を弾くその一瞬を狙い、ウォードは大剣をリッドに叩き付けた。

 大きくリッドは吹き飛ばされるも、上手く受け身を取り、体勢を立て直す。


「チッ! 流石≪戦血≫だな。戦い慣れてやがる……!」

「相手はウォードだけじゃねぇぞ?」

「なっ!?」


 体勢を立て直したところに、俺も突っ込んで行った。

 その俺の横を並走する形で、ローゼも走っている。


「ローゼ! リッドの能力が分かった今、紋章術は使うなよ!」

「言われなくても分かってるわよ! 『赤椿』!」


 ローゼは、無数のナイフを束ね、一気に頭上に投げると、リッドめがけて恐ろしいスピードで落下した。

 ナイフとワイヤーは、螺旋を描くように絡み合い、太く鋭くなっている。


「今は≪戦血≫を相手にしてるんだ……邪魔するんじゃねぇよ!」


 凄まじい形相でローゼのナイフを弾こうとするが、その鎌に向かって、俺は銃を撃つ。

 すると、予想外の衝撃により、リッドの鎌は大きく逸れた。


「何っ!? ぐわっ!」


 鎌でローゼのナイフを逸らせなかったことにより、リッドは胸から腹にかけて大きく切り裂かれた。


「こっちは三人いるんだぜ? 最初から勝負は決まってんだよ……!」


 ウォードが、リッドの見せた隙を逃さず、すかさず追撃に入る。

 だが――――。


「ククククク……お前ら、一つ忘れてないか?」

「っ!?」


 リッドは、怪しく笑った。

 その瞬間、無数の紋章術が、リッドの背後で展開される。


「『雷槍』!」


 すると、リッドの背後から、凄まじい勢いで雷の槍が一斉に射出された。


「中級紋章術!?」


 『雷槍』とは、誰もが使える中級紋章術であり、俺たちは完全に頭から抜け落ちていたのだ。

 相手が通常の紋章術を使うということを。

 何とか『雷槍』を避けるも、一番近くにいたウォードは避けきれず、大剣で防ごうとするも、それによって感電した。


「がああああああああああああああああああっ!」

「ウォードッ!? ローゼッ!」

「分かったわ!」


 すぐにローゼの金炎がウォードの体を包み込むが、完全に癒すことは出来ない。


「ハハハハハハハハハハ! バカだなぁ? お前ら。こうも簡単に引っかかるとは……衝撃的な情報ばかりで普通のことが目に入らなかったか?」

「くっ……!」


 まさにその通りで、こちらからの紋章術は鎌に触れられれば紋力を奪われてしまう上に、その力が悪魔からもたらされたものだと聞いた俺たちは、相手が紋章術を使うというごく普通の事さえ頭から抜け落ちさせた。

 特殊な紋章にばかり気を取られた結果だ。


「それに……そっちは三人って言ったか? 残念だったな。こっちは……百だ」

「なっ……」


 何と、リッドの背後から、百もの異形の兵士たちが来ている姿が目に飛び込んだ。

 周囲では、他にも傭兵たちやクライカー男爵の兵士たちが他の異形の兵士たちを相手にしており、こちらを援護する余裕はなさそうだ。


「お仲間の≪戦血≫も今となっては傷だらけ……さて、どうする?」


 リッドは、冷酷な笑みを浮かべるのだった。

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