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異形の兵士

「な、なんだコイツら!」

「ば、化物!」

「来るな……来るなああああああああああっ!」


 戦場に駆け付けた俺たちだったが、そこで見たのは異様な光景だった。

 おそらくバルドー伯爵の兵士なのだろうが、目の前の存在はもはや、『人間』と呼んでいいのかさえ分からなかった。

 なぜなら、バルドー伯爵の兵士を示す軍服に身を包んでいるものの、その体は大きく、筋肉が異常発達しており、何より目には理性がなかった。

 口からは人語すら出ておらず、唾液が絶え間なく流れ、クライカー男爵の兵士を……食べていた・・・・・


「……なんだよ、これ……」


 呆然としながら、そう呟く。

 周囲では、俺たちと同じように駆け付けた他の傭兵たちも、この戦場の異常な光景に言葉を失っていた。


「……まるで、【悪魔】じゃねぇか……」


 誰かが小さくそう呟いた様に、バルドー伯爵の兵士は人間などでなく、かつて人間を弄んだ神々とはまた別の存在であり、人間を食糧としてしか見なかった――――悪魔のようだった。


「……この雰囲気に飲まれるな。まず、クライカー男爵の兵士たちを助けよう」


 俺は頭を振り、未だに呆然としているローゼにそう言った。


「そ、そうね……やるわ」

「……ああ。レオスの言う通り、まずは兵士たちを助けねぇとな!」


 ウォードも俺の意見に同調し、背負っていた大剣を下ろすと、そのまま一気に駆け出した。

 そして、走っている最中に、何やら小瓶のような物をジャケットの胸ポケから取り出し、今気付いたが、大剣の柄頭にその小瓶を装填した。


「らあっ!」


 バルドー伯爵の兵士が、クライカー男爵の兵士を襲っているところに辿り着くと、ウォードはそのまま大剣を大きく振り抜き、敵の胸を境に上下に切断する。

 そのまま動きを止めることなく、周囲にいる敵を流れるような動作で、確実に減らしていった。

 気づけば、そんなに時間が経っていないにも関わらず、ウォードの周りには屍の山が出来上がっていた。


「ふぅ……多少は減らせたが……やっぱり数が多いな……仕方ねぇ」


 ウォードがそう呟き、大剣を地面に差した後、右腕を軽く薙いだ。


「『血剣けっけん』!」


 すると、ウォードの背中から、紫の縁取りで装飾された三角型の中に、切っ先から血が垂れている剣が描かれた紋章が出現した。

 紫の縁取りで三角型は、【公紋章デューク】の証である。

 ウォードの紋章が出現し、紋章が輝き始めると、周囲に飛び散っていた血が固まって、気付けば三十もの血で作られた剣が、ウォードの周りを囲むように浮いていた。


「んじゃあ、本気で行くぜ?」


 三十の血の剣を従えながら、再び敵の中に突撃する。

 血の剣は、敵を貫き、斬り伏せ、そして敵の剣と打ち合い、途中で血の剣が崩壊したら、また周囲の血液から新たな血の剣が創造された。


「俺たちも負けてられねぇな……行くぞ、ローゼ」

「ええ」


 思わずウォードの戦いぶりに見とれてしまったが、俺らも戦わないとな。

 近くの敵を見つけるたびに、俺はフォトン式剣銃を使い、斬り伏せていく。


「コイツら……やっぱり力が増加してるな……」


 筋肉の異常発達は見かけ倒しではなく、一般的な紋章者からは考えられないような膂力を発揮してきた。


「ウォォォォォォォォォオオオオオオオオオ!」

「紋章がない俺には……面倒極まりねぇな!」


 接近してくる敵の動きを利用し、親父から教わった人の急所にあたる部分や、体の柔らかい部分に重点的に『添え斬り』を使っていく。紋章者ですらない俺には、真っ向から打ち合うだけの力が無いからな。

 目の前に迫った敵の首元に剣銃を添え、剣に負荷がかかった瞬間に俺はその敵の肩に飛び乗るように動き、その動きの中で撫でるように敵の頸動脈を切り裂くと、屍となって倒れていくその敵の肩を踏み台にして、他の敵に飛び移っていく。

 飛んだ勢いをそのままに、新たな敵の眉間に剣銃を深く突き刺すと、剣銃の握りに付けられているトリガーを引いた。

 すると、剣銃が突き抜けた先にいた敵の頭を、剣銃から放たれた弾丸で吹っ飛ばす。


「無茶なことはしないでよ!?」

「これくらい無茶でもなんでもないよ。心配するな」

「は、はあ!? 別に心配なんてしてないわよっ!」


 俺の動きを見ていたローゼが、ハラハラした面持ちで見つめてくるから、俺は心配する必要ないといったのに……理不尽だ。

 どこか納得できないでいると、ローゼは真剣な表情になり、ウォードと同じように背中から紋章を展開した。


「『不死鳥の金炎』!」


 装飾が施された白ぶちの三角形のなかに、不死鳥が描かれた紋章が展開される。白の縁取りで三角型は、【男紋章バロネス】の証だ。

 すると、ローゼを中心に、激しい金色の炎が周囲の敵味方関係なく燃やし尽くした。


「な、なにをする!? ……って、アレ? 熱くない……」

「この炎は何だ!?」

「傷が……」


 突然、自身の体に纏わりついた金色の炎に驚く傭兵やクライカー男爵の兵士だったが、すぐに自分になんの害もないと分かると、今度は金色の炎が体の傷を癒していくことに驚いた。

 だが、それは味方だけの話であり、敵である異形の存在達には効果が違っていた。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「グォォォォオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 敵は必死に体に纏わりつく金炎を振り払おうとするも、まったく消える気配がない。

 それどころか、一体を焼き尽くすと、勢いを増して、他の敵に襲い掛かった。


「私の金炎は、味方には優しいけど、敵には容赦しないわ。それに、生半可な方法じゃ私の炎は消せないわよ?」

「うーん……ローゼの性格を表してる能力だよな」

「ばっ……バカじゃないの!? それだと私が優しいみたいじゃ……レオスのバカ! 変なこと言わないでよね!?」

「顔ニヤけてるぞ」

「うるさいっ!」


 何にせよ、今のローゼの炎のおかげで、敵の数は減ったうえに、傭兵や兵士たちの傷が癒えたので、戦力的にはこちらが有利と言ってもいいだろう。

 士気を取り戻した兵士たちは、下級紋章術や武器を駆使して戦線に復帰し始めた。

 ローゼの照れ隠しの攻撃を躱していると、三十の血剣を従えたウォードがやって来た。


「嬢ちゃんのはずいぶんと使い勝手のいい能力だな。羨ましいぜ」

「アンタだって、凶悪な能力じゃない」

「まあな。俺の『血剣』は、俺の血に触れた他者の血液から作られてる……つまり、俺の血と、他の連中が血を流す戦場において、俺の武器はほぼ無限といってもいいだろう。そういう意味では、凶悪かもな」


 なるほど……よく見ると、ウォードの大剣には、ひび割れたような線がたくさん入っていたが、その線が赤色に染まっている。

 そして、恐らく最初に柄頭に装填した小瓶に、ウォードの血液が入れてあり、その血が剣身に広がっているから、切り殺した敵の血を使って、紋章が使えるのだろう。


「他にも、能力はあるが……まあ今はいいだろう。それより、士気が高まってる今、俺らももうひと暴れしようぜ?」


 ウォードの言葉に苦笑いしていると、突然、一人の少女が戦場にやって来た。


「私は戦える……私も戦うぞ!」


 その少女は、クライカー男爵の娘で、ウォードに諭されたはずのルーナだった。

 ルーナは、異形の敵に一瞬驚くも、すぐに真剣な表情に戻し、突撃した。

 そんなルーナの姿を見たウォードは、目を見開く。


「あのバカは……! 戦場は遊びじゃねぇって言ったのに!」

「愚痴は後にした方がいい。このままルーナが殺されたとなれば、堪ったもんじゃないからな」


 こめかみに血管を浮かび上がらせるウォードを軽く宥め、俺は急いでルーナの後を追った。

 クライカー男爵やウォードに言うだけあって、ルーナの戦闘力は高かった。

 ロングソードを巧く使い、敵を斬り伏せていく姿は、普通に綺麗だった。


「バルドー伯爵だけは許さない……!」


 激しい怒りの籠った目で、次々と敵を切り殺していくルーナ。

 そして、ついにローゼと同じ白い縁取りの三角型に、バリアに光が反射されている様子が描かれた紋章が、ルーナのお腹から浮かび上がった。


「『反射装甲』!」


 そう叫ぶと、ルーナの前方に、薄い膜が展開される。

 そんなルーナめがけて、次々と敵が武器を振り下ろし、紋章術を放つのだが、その膜に触れた瞬間、すべて相手に反射された。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「私の紋章術は破れない!」


 自身の紋章術が通用したことで、さらに調子を上げていくルーナは、一番混戦している場所に突撃した。


「私の邪魔をするなッ!」


 あらゆる攻撃を反射する膜と、自身の実戦剣術を用いて、次々と敵を突破していくルーナだったが、一体の敵の姿に気付かず、背中から思いっきり殴られた。


「カハッ!?」


 凄まじい勢いで吹っ飛ばされたルーナは、反射する膜を維持することもできず、激しく地面に打ち付けられた。


「こ、こんなところで……!」


 まだ、戦意を漲らせ、今も立ち上がろうとするが、周囲の敵がそれを許しはせず、再びルーナの横腹に、拳がめり込んだ。


「ごふっ!」


 無様にも、地面を激しく転がるルーナ。

 立ち上がろうにも体に力が入らず、何度も顔から地面に倒れ伏した。

 そして、ルーナが顔を上げた先には、何の理性も持たない怪物たちが、静かにルーナを見下ろしていた。

 その中の一体が、ルーナの首めがけて剣を振り下ろそうとしているのを見た時、初めてルーナは恐怖した。


「い、嫌だ……死にたくない……!」

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「やめて……やめてくれ……!」


 ルーナの懇願も無視され、敵は剣を振り下ろした。


「あ……ああああ……助けて……!」


 今にも剣がルーナの首を斬り落とそうとした瞬間、俺はその敵めがけて剣銃を投げつけた。

 すると、勢いよく飛んだ剣銃は剣を振り下ろそうとしていた敵のこめかみに突き刺さり、その反動で敵は横に倒れた。銃弾じゃあ、あの反動は生み出せないからな。

 倒れゆく敵に突き刺さった剣銃を、地面に腕をついて前方に回転するように、前方に飛び込みながら剣銃の握りを取って、その勢いのままこめかみから剣銃を引き抜くと、その隣にいた敵の脳天から剣銃を振り下ろした。

 さらに、振り下ろしている最中に、トリガーを引いて、斬り伏せている敵の隣にいた敵の脳天を、銃弾でぶち抜いた。


「大丈夫か?」

「あ……」


 周囲の敵を取りあえず殺しつくすと、俺はルーナに寄り添ってそう声をかけた。

 ルーナは、未だに呆然とした様子で、俺の方をボーっと見ている。

 俺が周囲の敵を殺しつくすと、ローゼたちもやって来た。

 ローゼは、すぐに金炎を発動させ、ルーナの傷を癒した。


「アンタ、何やってるのよ……」


 呆れたような、それで怒りの滲んだ声音で、ローゼはルーナにそういう。

 ローゼの紋章術のおかげで、傷はだいたい治ったものの、ローゼの『不死鳥の金炎』は、元々治癒系の紋章術ではないため、完全に治すことは出来なかった。


「私は……」

「……まあいい。今回の行動含めて、すべての話はこの戦争が終わってからだ」

「……そうね」


 ローゼも、一応納得した様子でそう言った。

 そして、俺はさっきから感じている不快な視線の方に声を飛ばした。


「で? いつまでそうしてるつもりだ?」

「え?」


 ローゼが俺の言葉に驚き、俺の視線の先を追うと、そこにはボロボロのローブを纏った、一人の男が立っていたのだった。

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