開戦を告げる鐘
「いやあ、すまなかったな。どうしても確かめたくってよ」
「大切なことかもしれないけれど、強引に進めちゃダメでしょう? まったく……」
「ハハハハハ! 面目ねぇ!」
ウォードとの戦闘が、第三者の介入によって終わった後、俺たちは別館の食堂で一緒に食事をしていた。
……実際にウォードと戦って、その強さの一端に触れたわけだが……正直、今回の戦争に関していえば、心強い味方だ。
この依頼のあとはどうなるか分からないが、それでも今この瞬間共通の敵を倒すという点では、協力し合う相手である。
「紹介するぜ。こっちが妻のアンナだ」
「アンナです。先ほどは、ウチの主人がご迷惑をおかけしました……」
「あ、いえ、気にしないでください。傭兵として、ウォードの行動は多少理解できますし……」
「そう言っていただけると……それと、私にも主人と同じように、敬語は必要ありません」
「そうか? なら普通に話そう。そっちも、気楽に話してくれ」
アンナは、際立って美人というわけではないが、柔和な顔立ちの女性で、茶色の長い髪をうなじの辺りで一つにまとめている。
安く、そこそこ性能がいいので傭兵の間ではよく使われているガーブル社製の防具に身を包み、腰には銃を提げている。……あの銃は……ドルン社製かな? ドルン社の武器は女性にも使いやすく、一般女性が身を守るために所持していることが多い。
「んで、娘のリリアだ」
「リリアだよ!」
「ああ。さっきはありがとうな?」
「えへへ~」
リリアは、綺麗な銀色の長髪に、神秘的な金色の瞳を持っており、顔だちも将来はすごい美人になりそうな可憐な容姿だった。
……恐らく、リリアは二人の本当の子供ではないだろう。
髪の色も違えば、何より二人のどちらにも顔が似ていない。中には本当の両親の子供でも、そういう子も存在するが、リリアはなんとなくだが違う気がした。
間違っているかもしれないし、それは俺たちが踏み込んでいい話でもないため、黙っておこう。
俺が感謝しながらリリアの頭を撫でてあげると、少し恥ずかしそうにしながらも笑顔を浮かべた。
「そっちの自己紹介が終わったみたいだし、次はこっちの番だな。俺はレオス・カルディア。んで、こっちが……」
「ローゼ・フレイオスよ」
「カルディア? どっかで聞いたような……それはともかく、嬢ちゃんはフレイオス家の人間だったのか。こりゃあ心強いな」
「まあほどほどに頑張るわ」
ローゼさん。貴女が受けると言ったんですよ? ほどほどではなく、頑張ってもらいたいですね。俺も同意したけどさ。
「しっかし……レオスの力量が結局分からねぇな」
「マジかよ……」
「仕方ねぇだろ? 途中で終わっちまったんだし。まあ、それでも予想以上に戦えるみたいだから、背中を預けるのは構わねぇさ」
「そうか……」
「ただ、剣を交えてて気づいたんだがよ……お前、無理してないか?」
「え?」
「なんて言えばいいのか分からねぇが……慎重な言動の割には、剣は好戦的かつ攻撃的で、しかも急所を迷うことなく狙ってきやがっただろ? それがどこか噛み合わなくてよ……」
「それは……」
「アナタ。それ以上は……」
なんて言えばいいのか迷っていると、アンナさんがそう口にした。
すると、ウォードは気まずそうに言う。
「あー……すまん。深く入り込みすぎたな。忘れてくれ」
「いや、別に……」
「そうね。私もそれはずっと思ってたわ」
「ローゼ?」
「依頼でウルフッドを討伐した時も、任されたから仕方なくって感じはしなかったわ。慎重で一つのことを決めるまで悩むのは変わらないけど、今みたいに消極的に悩むんじゃなくて、前向きに悩んでいたわ。何より、昔のアンタは貪欲だったわ」
「……」
ローゼが真っ直ぐこっちを見つめる。
「……ローゼと離れてからの間に、俺にもいろいろあったんだ」
恐らく俺が変わったというのなら、それは親父が死んでからだろう。
何かを失うことが怖くなった。
でも、元々の性格はそう簡単には変わらない。
だから、言動は慎重でも、俺が気付かないような深層心理で戦いを求めているのかもな……。
「俺も、なんでウォードのような公紋章持ちが、どこの団にも所属せずに傭兵をやっているのか気になるんだが……聞いてもいいか?」
そう、本来ウォードのような……それこそ個人で名が売れているようなら、どこかの傭兵団に所属するなり、公紋章なら団長として団を立ち上げるなりしててもおかしくないのだ。それだけの実力と実績があるからな。
すると、ウォードは苦笑いしながら教えてくれた。
「まあ……気になるよなぁ。俺自体は大したことがないから……ってのも理由の一つなんだろうが、俺とアンナは【レギリオン】出身なんだ」
「レギリオン……って、あの……?」
ウォードの口から出たレギリオンとは、五属大国とはまた別の、超大国の一つだ。
レギリオンは絶対君主制で、国民一人一人が末端の傭兵レベルの戦闘力を持っているらしく、保有する戦力だけで見れば世界一ともいわれている。
実際は、個人個人の戦力や資源も国には重要になってくるから、一概にどうとは言えないのだが……。
「俺は昔、レギリオンの兵士だった。もちろん、レギリオンでは国民全員戦えるが、その中でも精鋭ぞろいの職業軍人だ。そして、知られてるかどうかは分からねぇが……軍人たちは、国の所有物なんだよ」
「っ!」
「軍人である俺とかは、【王】の権限によって、強制的に結婚相手が決められ、子孫を残すことを求められる。優秀な兵士を増やすためだな。だが……俺はアンナと恋に落ちちまった」
「……私は、一般人だったの。旦那の様に、強力な紋章を持つわけでもなく、本当に平民の娘よ。たまたま旦那が訪れた地方の酒場で給仕をしていたとき、お互いに一目惚れで付き合い始めたのだけど……旦那は元々王様の権限で別の人と結婚することが決まっていて……」
「だが、俺はそれが嫌でアンナと駆け落ちしたのさ。しかし、王は所有物を決して手放さない。だからこそ、俺もアンナも必死になって逃げた。幸い、俺にはそこそこの力があったから、何とか国外に逃亡する事ができ、こうして傭兵になることで何とか食いつないでるのさ。団に所属してないのは……俺のせいで周りに迷惑をかけたくないからな」
なるほど……全国内の情勢を把握してるワケじゃないが、神々や傭兵団だけでなく、国ももしかしたら敵になる可能性があるわけか……。
真面目な空気が流れていると、ふと人の気配を感じた。
気配の方に視線を向けると、そこにはクライカー男爵と話していたときにやって来た、少女が立っていた。
……最初に見た時も思ったが、凛々しいな。
そんな感想を抱いていると、少女は真剣な表情で俺たちの方にやって来る。
「……貴殿が、≪戦血≫殿か?」
「あん? そうだが……お前さんは?」
「私はクライカー男爵の長女、ルーナ・クライカーだ」
ウォードは少女――――ルーナの言葉に、少し驚く。
俺とローゼは、クライカー男爵と話しているときに見ているので驚きはない。
「男爵の娘さんか……んで? お前は俺に何の用だ?」
ウォードがそう訊くと、ルーナは一瞬だけ逡巡し、そして決意の籠った瞳を向けた。
「私を戦場に連れて行ってはくれないだろうか?」
「!」
ウォードは、ルーナの言葉に再び驚く。
「……こういうことは言いたくねぇが、遊びじゃねぇんだぞ?」
そして、鋭い視線をルーナに飛ばした。
「それは承知している。だが……それでも私は、父上の役に立ちたいのだ」
「そんな覚悟は戦場では何の役にも立たねぇよ。生きるか死ぬか……それだけだ」
「しかしっ!」
「分からねぇようだからハッキリ言うぞ……アンタは足手まといだ」
「なっ!?」
「お守をしながら戦うのがどれだけリスクが高いか分かってるのか? 大人しく親父さんの近くにいな」
「私は戦える! それこそ、我が領地の兵士より――――」
「自惚れるなよ? お前如き、戦場にはごまんといる」
厳しいウォードの言葉に、ルーナは悔しそうに俯いた。
……何が彼女をそこまで駆り立てているのかは知らないが、戦場を知らない人間は確かに足手まといだろう。
戦場に漂う、濃密な死の気配というのは、そう簡単に慣れるモノではないのだ。
何とも言えない空気が流れていると、突然激しく鳴らされる鐘の音が聞こえてきた。
「これは……」
「……どうやら、俺たちの出番みたいだぜ?」
ウォードはそういうと、自身の獲物である大剣を背負う。
「これは相手側に動きがあったときなどに鳴らされる鐘だ! だが……それにしても早すぎる……! 貴殿らを雇う前の戦で、何とか退ける事が出来たのもつい最近の話だ。体勢を立て直すにはもう少し時間が必要だと思っていたのに……!」
厳しい表情で、ルーナはそう呟いた。
「まあなんだっていい。長期戦は互いに望んじゃいねぇだろ? なら、とっとと片を付けようぜ」
「……アナタ、気を付けてね」
「おとーさん、頑張って!」
「おう! リリアはいい子で待ってろよ?」
ウォードがそう言いながらリリアの頭を撫でると、リリアはくすぐったそうに身を捩った。さすがに奥さんと子供を連れて行くわけないか。
「レオス! お前らもとっとと行くぞ!」
「分かってるよ」
「さて……久々の戦ね。それじゃあ暴れましょう?」
「ほどほどにな……」
俺はため息をつきながらも、ウォードと共に戦場へと向かうのだった。




