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≪戦血≫のウォード

 クライカー男爵と話を終えた俺たちは、戦争が始まるまでの間はクライカー男爵の別館に滞在することになっており、そちらに移動した。

 他に雇った傭兵たちもその別館にいるようだが……面倒な争いには巻き込まれたくないなぁ。


「今回は運がよかったわね。後は暴れるだけよ」


 ……巻き込まれたくないなぁ。

 ローゼの言葉に、思わず俺はため息をつきそうになった。

 この強気な性格のせいで、変な因縁を持たれなければいいんだけどな。まあ何かあっても、ローゼなら対処できるだろうし、守るまでもないのだろうが、俺は全力で守るつもりだ。

 そんなことを思っていると、別館に辿り着く。

 ふと、限りなく薄い人の気配を感じ、上を見上げると、別館の屋根の上に一人の男が腰かけていた。

 年齢は三十代くらいで、ワインレッドの髪を荒々しく逆立てている。

 背中には巨大な大剣があり、鋭い青色の瞳は、俺が上を見上げたことで微かに驚く様子を見せた。


「どうしたの? ……って、あれは……?」


 ローゼは、俺が急に立ち止まって上を見上げたことで、同じように上を見ると、男の姿を見つける。

 男は、おもむろに立ち上がると、屋根の上から躊躇いもなく飛び降りた。

 かなりの高さから飛び降りたはずなのだが、男は静かに着地をする。……気配の消し方といい、コイツヤバいな……。

 警戒しながら男を見ていると、男は口を開いた。


「お前らも、今回の戦争に参加する傭兵か?」

「あ、ああ。そうだ」

「……」


 男は、静かに俺とローゼを見る。


「そっちの嬢ちゃんは少しはやるようだが……お前が分からねぇ」

「え?」


 男は、鋭い視線を俺に飛ばしてきた。


「それこそ、今回参加する傭兵全員の戦闘力を見て、全員ある程度の力量は把握できていたんだがな……お前だけ、分からねぇ」

「いきなり出てきて……アンタは誰なのよ?」

「俺か? 俺はウォード・ブラッディア。≪戦血≫って言った方が分かりやすいか?」

「なっ……」

「……」


 そうだろうとは思ってた。

 何せ、ローゼですら気付けないような気配の消し方に、さっきから隙を一つも見せない身のこなし。

 そこらへんの傭兵なわけがないだろう。


「で? その≪戦血≫が何の用だ? 俺なんか眼中にないだろう?」

「あ? いや、俺はお前に興味がある。俺より強ければ、その強さも感じ取れるし、弱ければなおさらだ。だが、お前は分からないんだ。だから、興味があるんだよ」

「いや、そう言われてもな……だったら何なんだ?」

「そりゃあ一つしかねぇだろう? 俺と戦えよ」

「………………は?」


 俺は思わず間抜けな声が出てしまった。


「相手の力量が分からないんなら、戦うのが一番だろう? 弱ければ弱いし、強ければ強い。ほら、そうと決まれば早速やろうぜ」

「いや、ちょっと待て! そりゃあ単純で簡単な判断方法だと思うが、俺の意思は!?」

「何言ってやがる……今回の戦場を共に駆け抜けるんだぜ? 正確じゃなくとも、ある程度の力量すら把握できてねぇと危なくて背中も預けられねぇよ」

「それはそうだが……」


 確かに、力量が分からない相手に背中を預ける勇気はないだろう。その結果、死んでしまったら笑えないしな。

 とはいえ、相手はあの≪戦血≫だ。

 紋章者ですらない俺が、勝てるわけがない。


「いい機会じゃない。レオス、戦いなさいよ」

「は?」

「【公紋章デューク】との戦いなんて、そうそうできるものじゃないわ。それに、強引とはいえ、相手は傭兵にとって大切なことを知ろうとしてるのよ?」

「それを言われると……チッ。分かったよ。ウォード……でいいか? 俺が弱くてもガッカリするなよ」

「するわけねぇだろ? これは俺が一方的にお前の力量を測ろうとしてるだけなんだからよ」


 俺はウォードに向かい合う形で、剣を抜き、構える。


「名前は?」

「レオス・カルディア」

「んじゃあ、レオス――――死ぬなよ?」


 そう言った瞬間、ウォードの姿が消えた。


「っ!?」


 俺は本能に従う形でその場にしゃがむと、俺の頭上を巨大な大剣が通り過ぎた。


「ハッ! 初撃を躱すとか。やるじゃねぇか!」


 ウォードは楽しそうに笑うと、横に振り抜いた勢いを殺さず、メチャクチャな体捌きで今度は脳天に振り下ろすように大剣を振るってきた。

 ウォードの剣は、戦場で磨き上げた『実戦剣術』かと思っていたのだが、あの体捌きと剣筋を見るに、どこかの流派の剣術と『実戦剣術』も交えた剣術なのだろう。

 大剣の猛威が俺に迫るなか、俺は冷静にそう分析していた。

 本来なら、紋章者ですらない俺には、こんな余裕はなく、それどころか初撃で簡単に死んでいただろう。

 だが、師匠との修業を続けてきた俺には、まだ対処できる範囲内だった。


「フッ!」


 しゃがんだ状態から、振り下ろされる大剣の側面に沿うように回転しながらウォードに接近し、その回転を利用して斬りかかる。


「っ!」


 ウォードは、それを目を見開いて驚くと、大剣が地面に着き、クレーターを作ると、そのまま前のめりに倒れ、大剣を軸にして前方に空中回転しながら俺から距離をとった。


「……おいおい、弱いなんてウソだろ? 今の攻撃には肝が冷えたぜ……」

「はぁ、はぁ……俺は必死だけどな……」


 今の攻防は、時間にして数十秒にも満たない中で行われており、高い身体能力を持つ紋章者であるウォードなどは、現に疲れた様子は全くない。

 それに対して、俺は今の攻防だけで息があがっている。

 隙を見せないようにしながら、俺は急いで息を整える。


「……俺も、アンタはてっきり『実戦剣術』だけかと思ってたんだが、しっかりと学んだ剣を振ってきて驚いたぜ」

「……俺はその倍驚いてるよ。まさか、たった今の間にそこまで見抜かれていたなんてな……」

「まあ俺も、ほんの少しとはいえ武の道に入ってるんだ。多少なら剣筋やら体捌き見ればそいつが『実戦剣術』かどこかの流派の武術かは分かるさ」

「今の攻防で、技は一切使っていなかったんだがな……さっきからお前には驚きっぱなしだぜ……お前の言う通り、俺は『ハルト流剣術』の免許皆伝者だ。一応、師範代の資格もあるんだぜ?」

「なるほど……剛剣の使い手ってことか……」


 『ハルト流剣術』は有名な剣術の一つで、師匠の剣が≪柔≫だとすると、『ハルト流剣術』は≪剛≫……つまり、真正面から思いっきりぶった斬ることを目的としている。

 そんな有名な剣術の皆伝とはなぁ……未だに固有紋章術も分からず、素の戦闘力でこれだってんだから、やってられねぇ。

 思わず顔が引きつっていると、ウォードは楽しそうに笑う。


「それにしても、俺が武術をやってるって分かったってことは……レオスもどこかの流派に属してるんだろう? 気になるなぁ!」

「あー……まあそんなところだ」


 実際は流派なんて存在しないのだけど。

 師匠も親父も、我流のままだしな。


「まあいい……次は俺も紋章術を使うからよ。詳しい話は、この戦いが終わってからにしようぜ……!」


 ウォードが再び、俺に斬りかかろうとしたときだった。


「アナタ! 何をやってるの!?」

「うっ!」


 突然現れた、ウォードと同い年くらいの女性が、腰に手を当て、怒った様子でそう言った。

 すると、ウォードは、目に見えて焦り始める。


「あ、アンナ! これはだな……!」

「また人様に迷惑をかけてるんでしょう!?」

「いや、でも……!」

「おとーさん、何してるのー?」


 ウォードが突如現れた女性に何とか弁明しようとしていると、その女性の後ろから、可愛らしい女の子が顔をのぞかせた。


「リリア! えっと、その……」

「あー! おとーさんがイジメてるー!」


 女の子はウォードを指さすと、すぐに駆け寄り、まるで俺を守るようにウォードの前に立つと、女性と同じように腰に手を当てた。


「ダメでしょー? イジメちゃ!」

「リリア? これには深いわけが……!」

「ごめんなさいしないとダメだよ! じゃないと、おとーさんきらーい!」

「なあっ!?」


 ウォードは、ここ一番といっていいほどのダメージを受け、崩れ落ちた。

 そして、哀愁を漂わせながら俺に謝罪した。


「すまなかった……」

「おにーちゃん、おとーさんを許してくれる?」

「あ、ああ。許すも何も……なぁ……?」

「ありがとう! おにーちゃん!」


 そういうと、女の子はパァと顔を輝かせた。

 そんな一連の流れを見ていたローゼは……。


「意味分からないんだけど」


 俺と同じく混乱していたのだった。

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