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心を自然解凍  作者: あまやま 想
第1章 恋人の視点
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② 時計の針は止まらない−3

 ああ、やっぱり、志恩はこの世界にもういないんだ…。前の晩に父から志恩が帰らぬ人になったことを聞いた時は、まだ、心のどこかで悪い夢を見ているんじゃないか…と思っていた。


 早く、この現実を受け入れないといけないと自分に言い聞かせながら、仏壇の前に座り、本来なら義母と土産話でもしながら、一緒に食べるはずだったフランスの生チョコを仏壇に供える。


 さっきから手の震えが止まらなくて、ろうそくにうまく火がつけられない。おまけに涙で視界がぼやける。義母の前では努めて冷静でいようと思ったのに、涙が止まらない…。


 泣き声をかみ殺すのが精一杯だった。それでも、どうにかしてろうそくに火をつけ、線香に火を移し、線香を立てた。手が震えて力が入らないので、力なく鈴を鳴らす。


 あまりにも突然の別れに、何を志恩に伝えるべきか、ななみには全く分からなかった。言いたいことなら山ほどあるのに…。何一つ、言葉にできない。


 言葉にできない思いは、大粒の涙となって音も立てずに、ただ頬を湿らせるだけだ。時折、すずり泣く声だけが茶の間に響く。


 いつしか、泣き声は重なり、ななみがうっすらと目を開けると、隣で桃子も泣いていた。ななみに気付かれないように、そっと隣で背筋を伸ばして正座している。


 さっきまで、部屋の入り口に無言で立っていたはずなのに…。ななみがあまりにも長いこと、仏壇の前にいたからだろうか? ななみは見てはいけないモノを見たような気になって、桃子の泣き声が収まるのを待つ。


「あまりにも、突然の出来事だから、全く受け入れられなくてね。なんか…とんでもなく、悪い夢を見ているみたい…。さて、移動しましょうか?」


 義母に誘われて、ななみはリビングに移動した。百道家のリビングには数えきれないほど入ったことがあるのに、いつもと全く違う所へ入ったような気分だ。


 桃子は慣れた手つきで緑茶をいれている。何一つ変わらないはずなのに、一人の人間がこの世界からいなくなるだけで、全く別の世界へ迷い込んだような気分だ。


「ななみさんに会えて、ほんの少しだけ、ホッとした」


「義母さん…」


「雅彦さんは、もっとホッとしたことでしょうね。志恩が亡くなったと連絡が入った時、ななみさんがどこにいるか分からなくてね…。あの時点では。最悪、二人が事故に巻き込まれた可能性も考えないといけなかった…」


「……」


「それで雅彦さんは必死になって、ブリティッシュ・エアラインの乗客リストを調べてたの。そしたら、あなたの名前があって…。でも、まさかこんなことになるなんて思わなかったから、こちらからは一切連絡できなかった。そして、不安で仕方なかったのよ。実際にななみさんに会うまで、不安で仕方なかった…」


 桃子が真っ赤にはらした目でななみを見つめるので、ななみは本当にいたたまれなくなる。

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