② 時計の針は止まらない−2
会社へ向かう車の中でふと、
「ななみも、事故に巻き込まれたんじゃないかと不安で仕方なかった」
と父の言葉が頭をよぎる。父の言葉にななみは愛されていることを実感した。ななみがアフリカにいた志恩の所へ会いに行った間の出来事だ。もし、ななみの身に何かあれば、雅彦は父親として、ななみのことを心配するだろう。
そう言えば、リビングにはこの一週間のブリティッシュ・エアラインの乗客者リストが無造作に散らかされていた。
そして、NANAKUMA NANAMIの所に赤ペンで何度も丸付けられているのを見て、ななみは父がどうにかして一刻も早く安否を確認しようとしていたことを目の当たりにした気分だった。
ななみは二週間ぶりの仕事を終えて、百道家に車を走らせていた。久々の仕事だったが、もう五年もやっている仕事である。期限付きの臨時職員であるが、運良く毎年契約更新させてもらっている。
入れ替わりの激しいコールセンターの中で、五年も続けているため、二〇人の中で二番目の古株だ。そのためか、臨時職員なのに、課長補佐をさせられている。
本当は課長補佐になる時に、正社員になるように勧められたが、ななみが固辞した。一年前のことである。
その頃には、すでに志恩と結婚することが決まっていて、結婚と同時に仕事を辞めると決めていたからである。
今となっては、何て馬鹿なことをしてしまったのだろうと言う気持ちでいっぱいだ。こんなことになると分かっていたら、迷うこと無く正社員になっていただろうに…。
帰り際、ななみは黒のスーツと白のワイシャツに着替えていた。百道家から歩いて一分のコインパーキングに車を止めてから、神妙な面持ちで玄関に向かい、ドアベルを鳴らした。
「どちら様ですか?」
「義母さん、ななみです」
「ななみさん、ちょっと待ってね。すぐに空けるから…」
仕事が終わってから、前もって百道家に寄ると事前に電話していたので、いつものようにスムーズに出迎えられる。
ななみは桃子が黒のプリーツスカートに、白の七分袖の上に黒のストールを羽織って出迎えたことに違和感を覚えた。桃子はいつも赤やピンクなどの華やかな色のモノを好んで着ていたからだ。
やっぱり、何かが違う…。そう思いながらも、無言のまま、茶の間に通される。ふすまを開けると、そこには志恩の遺影と骨壺が置いてあった。
もう、既にたくさんの人々がここへ訪れたのだろう。部屋には線香のにおいが染み付いていた。