② 感情は抑制できない−1
ななみは一年ぶりに実家へ戻って来てから、何かするでもなく、ただブラブラとしていた。
八月と言う中途半端な時期に帰って来たのもいけなかったのだろう…。しかし、それよりも志恩に対するモヤモヤが全く晴れないうっとうしさのせいで、全く先に進めずにいた。
一年ぶりに実家へ帰った時の、父の喜びようはすごかった。志恩に守られたおかげかどうかよく分からないが、マラリアやデング熱と言った熱帯特有の病気にかかることなく、事故にも遭う事なく無事に戻って来られた。
まあ、食べ物や水に馴染めず、赴任直後一ヶ月ほど苦しんだことを除けば、他の現地スタッフもびっくりするほどの健康ぶりであった。
志恩の分まで頑張ろうと思って、誰よりもボランティア活動を頑張った。とても充実した一年で、心も体も満たされたはずなのに…。現地の先生と算数の指導法について、一緒に考えた時間は日本ではまず得られない貴重な体験だ。
現地の子ども達の輝いた力強いまなざし…。日本の子どもにあんなまなざしを持った子がいるのだろうか…。
なにより、困っている人や苦しんでいる人の力に直接なれていることが、どんなに素敵なことか…。そんなことは実際に体験した者にしか分かるまい。
それなのに、志恩がいなくなってから空いた心の穴はポッカリと空いたままである。どうしたら、この穴は埋まるのだろうか? そのことを父・雅彦に話すと、来年の三月には定年を迎える父が深く頷きながら言った。
「ななみ、気持ちは分かるけど、そんなに焦るな…。そもそも、自分の感情を自分でコントロールできるとか、コントロールしようとか、考えているのが間違っている」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「父さんを見てみろよ…。もう、母さんが亡くなってから二九年も経つのに、未だに無性に苦しくなったり、悲しくなったりする」
それは傍から見ていても、痛いほどよく分かる。
「本当だったら、自分の親の墓を一人っ子だから、しっかりと管理しないといけないのに…。最低限のことしかしていない。そして、かえでばかり、厚く供養しているから、加奈ばあちゃんから、『あなたは自分の親の墓をもっと大切にしなさい』と言われる始末だ」
ななみにとって、父方の祖父母はもう既に亡くなっている。確か、ななみが中学の頃だった。母方の祖父は高校の頃に亡くなった。あの時は悲しかったはずなのに…。
やはり、幼い頃に母を失ったせいか、祖父母よりも母への想いが強い。母方の祖母だけが未だに健在である。できることなら、ずっと生きていて欲しい。




