⑦ 七隈ななみの決意
「小笹課長、今、お時間よろしいでしょうか?」
「どうしましたか? 七隈君、変に改まって…」
「実は来年の三月を持って、この仕事を辞めることに決めました…」
「それはまた…。君は仕事を続けたい…と行っていたじゃないか? 一体、どんな風の吹き回しですか?」
十一月末、ななみは小笹に事の顛末を伝えた。志恩の遺志を受け継いで、アフリカへボランティアしに行こうと決心した経緯を一つずつ丁寧に話した。
「それは残念だな…。コールセンターの仕事を五年も続けている人は他にいない。七隈君以外では、長くてもせいぜい二年だろう? できることなら、残って後進の指導に当たって欲しかったな…。ところで、その決心はもう固いのですか? もし、そうでなければ、もう一度考え直して欲しいのですが…」
さすがは小笹課長である。この人格者に引き止められると、思わずグラッと決心が揺らぐ。
これまで三十年生きてきたが、これほど必要としてくれた人が何人いただろうか…。もし、志恩が生きていたら、けして気付かなかったことに、ななみはまた一つ気付いてしまった。
「課長のお言葉は、すごく嬉しいのですが、家族とも話し合って決めたことですから…。本当に申し訳ありません…」
ななみの言葉に小笹は視線を落とした。何か、言葉を探しているようにも見えた。
「そうですか…。もし、社内選考に通っていたら、また違っていたかもしれませんね。まあ、今さら、そんなことを言っても仕方ないか…。でも、あと四ヶ月あるから、その間にばっちりと引き継ぎを頼みますよ!」
「分かりました」
ななみは深く頭を下げる。小笹もそれに対して、立ち上がった上で、深々とおじきして応える。下の者にもきちんと礼を尽くす姿…やはり、人格者である。そう思いながら、課長室を出ようとした際、ふとCDのことを思い出した。
「あ、課長。すっかり忘れていました。申し訳ありません。今から借りていたCDを車から持ってきます。今までCDを貸して頂き、ありがとうございました」
小笹は一瞬だけきょとんとしていたが、すぐに思い出したらしい。
「ああ、そう言えば貸していたね…。いや、いいよ。少し早いけど、餞別にCD五枚とも上げるよ。海外に行ったら、またつらいこととかあるだろうから…。そんな時こそ、聞いてから大いに笑ってくれ」
「いやいや、さすがに五枚も、もらえませんよ…」
「そう言わずに、もらってくれないか? 君に貸していることを忘れて、私はもう新しいCDを買ってしまったから、返してもらっても困る。人助けだと思ってもらってくれると助かる…」
小笹がそんなことを忘れるとは到底思えなかったが、ここまで言われたら黙って好意を受けるとしかない。そうしないと相手に恥をかかせてしまう。
「分かりました。何から何まで、本当にありがとうございます」
ななみは何度も頭を下げながら、小笹の元を後にした。さあ、あと四ヶ月…。課長の期待に応えられるように頑張ろうと…とななみは思った。




