⑤ 七隈雅彦の父親としての苦悩−1
「悪いが、それだけは受け入れられない。まだ、志恩君が亡くなってから、三ヶ月しか経ってないんだぞ。死んだ母さんの忘れ形見を、今日まで大切に育ててきた父さんの身にもなってくれ。万が一、もしものことがあったら、父さんは母さんに顔向けできない…」
案の定、交渉は難航した。ななみは父・雅彦が簡単に認めないことはある程度予想していたが、ここまで譲らないとは思ってもみなかった。
「父さん、お願いだから、アフリカに行かせて! お願い! 今、行かないと一生後悔する…」
「ダメなものはダメだ! 気持ちは分かるけど、こっちだって、今ななみをアフリカに行かせたら、一生後悔する」
「だって…」
「それに、ななみは今、志恩君の遺志を受け継がないといけないとか、正社員の登用試験に落ちて、このままでは何も変わらないとか…。変に自分を奮い立たせているだけだろう。そんなこと、その場の勢いだけで決めていいことではない!」
雅彦も必死だった。娘・ななみから遠からずこのような申し出があると思ってはいた…。しかし、いざ言われてみると、その勢いにタジタジになりそうである。こっちとしても、そう簡単に許す訳にはいかない。
「じゃあ、ずっと前から行きたかったと言えばいいの?」
「そう言う問題じゃない。それにずっと前から行きたかったなら、志恩君と一緒に行っていたはずだろう。違うかな?」
「だから、それは制度上の問題で、一緒に行けなかったから、仕方ないでしょう?」
「別に制度に乗っからなくても…。自費で行くなら、いくらでも方法なんてあっただろう? 後出しジャンケンはいかんよ…」
グウ…の音も出なかった。ここで自費を行くと言っても、絶対に行かせてくれなかったくせに…などと言ってはいけない。そうすると、本題からずれる。
それこそ父の狙い通りだ。さすがは高校で国語を教えているだけある。正攻法ではけんもほろろだ。ななみは、このままでは一方的に押し切られてしまう。
ななみは父親に対して、どう話せば分かってもらえるのか、完全に責めあぐねていた。
「確かに、日本は安全よ。日本にいれば、よほどのことがない限り、事故や病気で急に死ぬようなことはないでしょう。でも、このまま何もせずに歳を重ねるのは嫌…」
「何だって…」
「やりたいことをやらずに終わる人生なんて、生きた屍と同じよ。母さんだって、そう思ったから、病気で苦しい中でも私を生んでくれた…と思う」
ここで母のことを出すのは反則だと思ったが、正攻法ではどうにもならないから仕方ない…。父にしてみれば、母のことと一緒にするな…って感じだろう。
もしかしたら、逆上してひっぱ叩かれるかもしれない。ななみはそれでもかまわないと覚悟している。わずかな可能性があるとしたら、それを使わない手はない。




