⑤ 茶山千代子−2
「だから、何なんですか?」
「そうではなくて、志半ばで亡くなった志恩君のために、一緒に頑張りませんか?」
茶山千代子はぶっきらぼうに言った。ななみには、茶山がただのおめでたい人にしか見えなかった。この人の誘いに乗るべきではなかったと、激しく後悔する。
「茶山さんが、志恩のことを一方的に好意抱くのは勝手です!」
茶山が何か言おうとしていたが、ななみは一切口を挟ませなかった。志恩のことなら、茶山よりもずっと知っている。そちらの思いも分かるが、勝手なことは言わないで欲しい…。
「彼の無念を思い、さらに一年間も現地へ行くことには思わず、脱帽するほどです。しかし、それを私にも押し付けるのは間違っています。私は私のやり方で、彼の無念を晴らしていきます。では、失礼します」
ななみは勢いよく立ち上がった。ところが、茶山がななみの手を力強く引っ張るので、ななみは勢いよく振り切った。その反動でななみは、再びいすに腰を下ろす格好となる。そのまま、茶山が話を続ける。
それにしても、どうしてこんなことになったのだろうか? まさか、初対面の女性と意地の張り合いをすることになろうとは…。
「どうやって、無念を晴らすのですか? まさか、これから日本で少しずつ資金援助をしていくとか、言わないですよね…」
「いい加減にして下さい! 日本で地道に寄付を続けることのどこが悪いんですか。寄付金のおかげで茶山さんは、現地での活動ができるのでしょう?」
さすがにここまで言うつもりはなかった。しかし、茶山が一歩も引かないので、ななみも引くに引けない。それにしても、ここまで言わないと分からないとは…。
「それに私はNPOとか国際支援とかが大嫌いです。私の一番大切なモノを奪ったから…。志恩がこんなことにならなければ、私は結婚を指折り数えて待つだけでよかったのに…。こんな所に首を突っ込まなくてもすんだのに…。とにかく、私、帰ります…」
今度こそ、ななみは勢いよく立ち上がり、スタバを後にした。一人残された茶山は全く動じることなく、すでに冷めきっていたアメリカンを飲み干す。
しばらく、店内の喧噪をぼんやりと眺めて、ほとぼりが覚めるのを待った。そして、何事もなかったかのように、軽やかな足取りで店を出た。




