② 七隈ななみの正社員への道−2
「まあ、前回の七隈君を課長補佐にする際に出た正社員にする話は、いわば特例中の特例だからね。あの時は、本社からコールセンターにあてる社員を確保できなかったので、特例として、補佐になった者を正社員にしようとしたんだが…」
小笹の歯切れの悪い話し方に、ななみは少しばかりイラッと来た。しかし、それは仕方ない。非はそのようなおいしい話を、結婚を理由に一方的に断ったななみにある。
今回、選考があるとは言え、このような話をふってもらえるだけでもありがたいと思わないといけない。ななみは、そう自分に言い聞かせた。
人生、一寸先は闇とは言え、本来なら起こるはずのないことが起きたのだから、仕方ないとしか言いようがない。
さすがにあの当時、このようなことを予想することは不可能だ。無理である。そのようなリスクまで考えていたら、人生、一歩も先に進めない…。
そうは言っても、今さら過去を責めることはできないし、志恩がいなくなった今を責めることもできない。
結局、今あるものが全てであり、今あるもので勝負するしかない。ななみが、志恩のいなくなった世界で出した答えの一つである。
「課長、私に社内選考を受けさせて下さい」
「七隈君なら、そう言ってくれるだろうと思っていましたよ。前から思っていたことだが、七隈君はコールセンターの契約社員でくすぶっているような人間ではない。もっと、上の立場で人を引っ張っていくべきだよ」
「そんな…、恐縮です」
「いやいや、それは日頃の仕事ぶりを見たら分かります。君がコールセンター内をうまくまとめてくれるから、私は課長として本当に仕事がやりやすい」
「いやいや、そんな…」
ななみは急に課長にほめられたので、どう答えていいものかよく分からなかった。それでも、どうにかして言葉をつなげる。
「私には、身に余るお言葉です。ありがとうございます」
「七隈君、私は前に『会社組織は柔軟な対応ができるようにできていない』と言いましたね…」
突然、話の流れが変わったので、ななみはまたしてもびっくりした。これはどのように答えるべきだろうか…。ななみが戸惑っていると、小笹は続けた。
「それに加えて、会社組織は会社組織を守るために動くから、組織に飲み込まれないように、自分の身は自分で守ることを肝に銘じて欲しい。もし、正社員になるなら、そのことを忘れずに仕事を励んで欲しい」
「課長、どうされたのですか? 急に…」
「いや、思ったことを、ただ言っただけだよ。深い意味は、特にない…」
そんな言い方をされたら、何か深い意味があるのではないかと、思わず勘ぐってしまうではないか…。まあ、ここであれこれ詮索しても、飄々とした小笹が何か言うとも思わなかったので、ななみは深々と頭を下げて、ようやく課長室を後にした。




