④ 若者は希望?−2
「まあ、そうも言ってられんな…。今日は珍客が来ているからな。健芯、そんなしけた顔をするな。お前は俺の希望なんだから…」
「健芯君。君の父さんだけでなく、僕にとっても希望だよ。若いと言うのは、それだけで十分魅力的で、うらやましいもの…。一度失った若さは、もう二度と戻って来ない…」
「さっきから、黙って聞いていれば、勝手なことばかり言いやがって…。若いと言うのは、何もないと言うことじゃないか。その上、兄貴の馬鹿は勝手に違う世界に行ってしまうし、お袋は違う世界に行った兄貴ばかり見ている。こんな現状で、どんな希望があると言うんですか?」
「いいか、健芯。希望と言うのは人から与えられるものではない。自分で形にしていくものだ。そうだろう?」
健芯はぶっきらぼうに頷く。今さら、そんなことを言っても遅いと思ったが、こんな機会はめったにないだろうから、もう少しだけ聞くことにした。
「そうやって、お前は一つずつ勝ち取ってきたではないか。高校は県で一番の公立に入って、そのまま現役で国立大に行った。それから、また現役で市役所職員になったじゃないか。それでいいんだ。自分の人生を歩んでいるつもりが、実は誰かのあやつり人形だった…と言う人生よりはずっと全うな人生じゃないか。それこそが希望なんだよ」
健芯は、父が暗に兄貴の人生を皮肉っているようにしか思えなかった。しかし、さすがにそれを口に出しては聞けなかった。
「健芯君、希望と言うのはね…、絶望と隣り合わせなんだよ。だから、若いうちはう〜んと壁にぶち当たって、苦しんで絶望したらいい。逆に言えば、壁を越えると希望が見えてくる」
「篠栗さん、それなら年齢に関係なく、希望を持つことができませんか?」
健芯はあえて、篠栗に難しい質問をした。小さな会社とは言え、副社長になるような人なんだから、きっと何かしら答えてくれるに違いない。
「いや、歳をとると、人はいい意味でも悪い意味でも鈍くなってくる。それに、面の皮も厚くなるから、そう簡単に絶望なんかしなくなるから、希望も持てなくなる。
何より、長く生きれば長く生きるほど、経験値が上がるから、大抵のことは昔とった杵柄でごまかせるようになる。いろいろ知っている分、愚痴も増えるし、変にあきらめもよくなる」
「篠栗君の言いたいことは、よく分かるぞ。まあ、よく言えば、角が取れてきたと言えるし、悪く言えば、目のギラツキがなくなったってことかな…」
健芯はようやく話が面白くなってきたと感じた。そして、先ほど、少しでも途中で帰ろうと思ったことを恥じた。
やっぱり、こんな話、そう滅多に聞けない。こんな貴重な機会を逃してなるものか。子どもの頃とは、また違った楽しみを発見した瞬間でもあった。
「あ、あと。母さんのことは、そんなに心配しなくてもいい。今は、これまで一心同体でやってきた志恩がいなくなって、途方に暮れているだけだ。こんな状態が永遠に続く訳でないと、室見川先生がおっしゃっていたから、大丈夫だろう…」
伸一が戸惑いながらも、父親として、母・桃子のことを責任もって処置しようとしている。そのことが、健芯にも伝わったことで、健芯はなんだかホッとした。
「桃子さんが元気になったら、二十年ぶりに桃子さんの手料理を食べたいですね…」
「それは、篠栗君が左遷でもされない限り無理だよ。どうやら、副社長殿はどうして我が家に来られなくなったのか、お忘れになられたらしい。それとも、今回のどさぐさに紛れて、都合が悪いことをうやむやにしようとする確信犯か?」
父がそう言うと、篠栗はただ笑ってごまかすしかなかった。健芯もそれにつられて笑った。父も笑った。ようやく、居酒屋の飲み会の雰囲気になってきた。




