④ 若者は希望?−1
「健芯、これ、どうする?」
「どうするって、言われても…。いくら、黙祷を捧げると言ってもね…。どうかな?」
「父さん、母さんは知ってるの?」
「いや、知らないと思う。あの日から、桃子はずっと茶の間に引きこもり中だから、多分見てないだろう。それに見てたら、絶対に『行く』って言うだろうよ」
「いっそのこと、これを使って、母さんをあの部屋から出した方がよくない?」
「それは危険だろう…。まあ、まずは室見川先生に相談してからだ。それに一ヶ月先だから、慌てずにじっくりと考えよう」
伸一と健芯は珍しく居酒屋に来ていた。別に親子二人で飲むためにここへ来た訳でない。
この日は伸一のかつての部下である篠栗も交えて飲むことで、あの日以来、すっかり悪くなった家の雰囲気を少しでもよくできたらと思い、伸一が健芯を誘った。
ただし、篠栗は今や副社長ゆえに多忙である。そのため、ちょっと遅れると連絡があった。篠栗が来るまで、百道親子はコンティーゴから来た親睦会の招待状をどうするかについて話している。
「すみませんっ。遅くなりました」
「やあ、副社長殿。お待ちしておりました」
「百道さん、止めて下さいよ。ここは居酒屋の個室ですから! 会社ではありません」
「今日は健芯を連れて来た」
「やあ、健芯君。久しぶり、すっかり大きくなって…。もう、あれから二十年近く経つのか…」
篠栗は口には出さなかったが、かつて、よく百道家へ遊びに行っていた日々を思い出した。桃子のおいしい手料理、まだ小さかった志恩と健芯の遊び相手をさせられたこと。
仕事では見せない伸一の父親の顔。未だ独身の篠栗にとって、在りし日の百道家は理想そのものであった。それは今も変わらない。
「ああ、月日の流れは残酷だな…。あと一週間で俺は定年だ。息子はすっかり大きくなったが、親は老いていくばかり…」
「百道さんには、家族がいらっしゃるではないですか! 私なんて五〇過ぎて未だ独身ですからね。実に寂しい限りですよ」
「人間と言うのは、生きている限り、悩みとか、苦しみからは逃れられないらしいな…。何か手に入れても、無い物ねだりで、隣の芝が青く見えるばかりだよ」
健芯はのっけからショックを隠せなかった。子どもの頃にとても立派に見えた背中が、こんなにも小さくて頼りなかったとは…。
こんなことなら、伸一に無理を行って付いて来なければよかった。そうすれば、ずっと子どものままでいられたと言うのに…。
無理してあこがれの世代と肩を並べようなんてするものではない。健芯は何か急用でもでっち上げて、この場から抜け出そうと思った。




