② 室見川先生の見立て−1
「それにしても、これまでかなり苦労なさったようですね。百道さんから話を伺ったときから、ぜひ健芯さんのお話を聞かないといけないと感じておりました」
健芯は何とも言えずに、ただ黙り込んだ。健芯は父に言われた通り、室見川心療クリニックへと来ていた。
初め、『心療クリニック』の看板を見て、思わず引き返したくなった。だが、父も入って行ったのだから大丈夫だろう…と思い直して、勢いだけで入った。
室見川のカウンセリングは思いの外、心地よかった。幼い頃からずっと母に冷遇されていたこと、一方で父は健芯のマイペースを認めて理解していたことを手始めに話した。
それから、中学受験に失敗したことで、母はますます兄貴よりになったこと。どうにか見返したくて、高校では県で一番上位の公立進学校へ進んだが、母には見向きもされずに絶望すらしたことなどを語った。
父だけは理解してくれている。その思いから、国立大から地元の市役所職員になった。兄貴と同じことをしても、母は見向きもしない。それなら、とことん逆の道を…とただ意地だけで走り続けた。
それは話題性とか、きらびやかさとは全く無縁の堅実で安定した世界である。民間で長いこと人事を担当して、出世競争の愚かさやむなしさを知っている父は、健芯が公務員になったことを誰よりも喜んだ。
「誰にも邪魔されることなく、心のわだかまりとか、モヤモヤを話すのって、気持ちいいでしょう?」
「はい。なんか、びっくりしました。自分の知らない自分に出会ったと言いますか…。その、何と言うか…」
「やはり、親子ですな」
「えっ?」
「あなたのお父様も、そのようなことを言っておられましたよ。まあ、カウンセリングと言うのは、そう言うものですよ。自分が気付いていない自分に会う作業ですから…。自分が意識していない思いを言葉にすることで、今まで気にもしてないかったことに気付いて向き合う作業ですからね」




