残された家族−7
「健芯、すまんかったな…。つらい思いさせて…」
「何で、父さんが謝るんだよ…」
「いや、どうしていいか、全く分からずに、逃げ回っていたから…」
「そんなの、俺も同じだよ…」
伸一は言葉が続けられなくて、深いため息をついた。続けて、健芯も深いため息をついた。そして、下の茶の間で寝ている桃子が抱える心の闇の深さに、思わずゾクリとする。
「このままじゃ、まずいよな…。母さんを病院に連れて行こうと思うけど、どう思う?」
「どう思うって、言われても…。まあ、確かにこのままじゃ、よくないかもね…」
「もう少しだけ、様子を見てみるか…」
「う〜ん、そうだね…」
なんて答えていいか分からずに、健芯は曖昧な返事しかできなかった。目の前の問題があまりにも大き過ぎて、正攻法では立ち向かえないようにさえ思えた。
「ちょっと、雅彦さんやななみさんとも、相談してみるかな…」
「それは止めた方がよくない?」
伸一は健芯の意外な反応に驚いた。伸一にとって、七隈家は志恩とななみの結納まで済ませているので、家族同然である。しかし、健芯にとっては兄貴の結婚相手とその家族にすぎない。この違いは意外と大きかった。
「そうか…。まあ、母さんが雅彦さんに『どうして、あなたの娘だけ生きているの?』なんて、葬儀の席で言っていたからな…。その時は直後で気が動転しているだけと思ったけど、どうやら違ったらしい。母さんの記憶は、志恩の事故死報告から約一週間ない…」
えっ、なんだって? 健芯にとって、初耳だった。そんなことは全く知らなかった。精神的ショックがあまりにも大きいと、記憶を失うと聞いたことがある。しかし、まさか身近な人が盛大に記憶を失っていたとは思いもしなかった…。
「なんだ…。健芯、知らなかったのか? 父さんはショックだったぞ。身内でさえ、この有様だ。ななみさんがあいさつに来た時に、母さんが変なこと言ってなければいいけど…」
「実は俺も、ななみさんのことだけは、気になっていた」
「そうか…。じゃ、とりあえず、今度の週末あたり、七隈家に行って、謝って来るか…」
さすがに桃子のことを相談するのはどうかと思ったが、父が謝りに行くのは当然だと思ったので、健芯はホッとした。伸一もどうにかして、健芯が七隈家へ行くことを認めてくれたので安心した。
これなら謝った流れで、相談することになったと言えば問題ない。桃子があのような状況の中、これ以上、家族をバラバラにする訳にはいかなかった。




