残された家族−6
「おい、健芯、起きているか?」
「あ、父さん、おかえり」
「父さんの部屋で、軽く飲まないか? つまみもあるぞ」
健芯はそう言うと、自分の部屋に向かった。健芯は何も言わずに父について行く。桃子があのような状況になった今、健芯にとっても、伸一にとっても、今はお互いにの存在こそが唯一の救いであった。
「ところで、この野菜炒めは母さんが作ったのか?」
「違うよ。俺が作ったんだ」
「そうか…」
伸一はがっかりした。ようやく、桃子がごはんを作る気になったかと思ったが違ったらしい。この日は篠栗と飲んで気分がよかったが、いいことは続かないものである。
「俺だって、たまには料理ぐらいするよ。母さんがあの調子だから食べたくなったら、自分で作るしかないじゃん。もう、外食もカップラーメンもあきっちゃったし…」
「そうだよな…。今日は篠栗君と飲んで来て、久々に楽しかったよ」
「篠栗のおっちゃんと飲んで来たんだ…。たまにはおっちゃんに会いたいなあ…」
健芯は子どもの頃、父がよく篠栗のおっちゃんを家に連れて来ていたことを思い出した。今でこそ、母はとんでもないことになっているが、母の料理は全てが絶品である。それが家族の自慢だった。
「今、連れて来られるはずないだろう。今や、片江商事の副社長なんだぞ。そんなお方を、おっちゃん呼ばわりするとは恐ろしい奴だな…」
「いやいや、父さんだって、未だに篠栗君って呼んでいるし…」
「父さんは、いいんだよ。だって、元部下だし、父さんが出世したくなかったから、譲った人事課長の座に付いたおかげで今があると信じているから…」
うわっ、また始まったと思ったが、それがとても懐かしくさえ思えた。特に、野菜炒めのやり取りで痛んだ心を癒すにはもってこいの話だった。篠栗が話に出てくると、それだけで場が明るくなるから、何ともうらやましい限りである。
「ところで、健芯。お前、母さんのこと、どう思う?」
急に父が切り出して来た。父がおっちゃんの話をするためだけに、飲もうと言った訳でないことぐらい分かっていた。
しかし、とても重い内容であるため、すぐには切り出せなかったことぐらい健芯でも分かる。健芯も母との夕食のやり取りから、どうにかしないとヤバいところまで来ていることは、否定しようがなかった。
話すなら今でしょう…と思い、夕食のやり取りを話した。伸一の顔からみるみる笑顔が失われ、表情が硬くなるのが分かる。




