残された家族−2
伸一は終業後の会社で途方に暮れていた。他の社員が金曜日でウキウキしているのに、伸一だけは気が沈むばかりである。同僚と仕事帰りに飲んだとしても、その場しのぎにしかならない。
志恩が不慮の事故で亡くなってから、桃子はすっかり変わってしまったからだ。不慮の事故が起こるまではいつも華やかな服で着飾り、社交的で地域の会合や趣味のエアロビなどのリーダーを務めていたのに…。
子ども達もすでに成人して、これからはお互いのやりたいことを楽しんでいこうと常々話していた。桃子は時の流れに逆らうかのように、増々華やいでいた。
伸一は仕事仲間と釣りと将棋を休みの日に楽しんでいた。秋には定年を迎え、増々趣味に打ち込めると思った矢先の出来事だった。
あの日から、もうすぐ二週間が経つが、未だに心のどこかで受け入れられずにいる。とてもじゃないが、釣りや将棋をやれるような気分じゃない。
ただし、仕事をしていると、いくらか気が紛れる。もちろん、それだけが家に帰りたくない理由にはならない。
あの日から、桃子は別人のようになってしまった。もともと、桃子は二人いる子どものうち、長男の志恩に目をかける傾向があり、次男の健芯には目にもくれないところがあった。
しかし、それにしてはひどすぎないだろうか。伸一は、金曜日なのにだらだらとオフィスで時間をつぶす。あと二ヶ月足らずで定年を迎えるから、残ってするような仕事もないのに…。
一日中、桃子は志恩の仏壇の前でぶつぶつと言いながら、過ごしているのを伸一は見たくないのだ。しかも、毎日、黒のプリーツスカートと白の七分袖しか着ないのだ。
もともと、派手な服しか持ってなかったので、替えがなくなったら喪服を着ていたほどだ。さすがに周りの目がある。耐えかねて、伸一は他の服を着るように言ったら…。
「私は伸一さんや健芯みたいに薄情じゃないから、四十九日が終わるまで、ずっとこの格好でいたい!」
…なんて言うのである。さすがにこの時は何とも言えない、やり切れなさが胸をよぎった。
別に毎日、ずっと仏壇の前にいて、供養していないからと言って、悲しくない訳ではない。ましてや、薄情なんて言われる筋合いもなかった。悲しいからと言って、やりきれないからと言って、ずっと仏壇の前にいることを志恩が望んでいるとは思わなかった。
もし、伸一が桃子からこのようなことをされたら、天国でのんびりもできずに、足の無い状態で止めてくれてとお願いするだろう。残された者には、それまでと変わらずに生活をしてもらわないと困る。そう考えるから、伸一はこれまでと変わらず日々の生活を大切にする。
日々の生活の中でふとした時、心の中で
「志恩、そっちで元気にやっているか?」
とこっそりつぶやく。
もちろん、四十九日や一周忌などの節目には、家族や知人と在りし日の志恩を偲ぶだろう。これこそが大多数の人が行う『現実的な喪の服し方』であろう。