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心を自然解凍  作者: あまやま 想
2章 残された家族の視点
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残された家族−1

 八月十三日に何が起こったのか、詳しいことは実のところ、誰にも分からない。NPO法人コンティーゴによれば、十三日の夜、いつもなら、明るいうちに戻って来るはずの志恩がいつになっても戻らないので、現地人スタッフは心配していた。


 この日は七日から「視察の旅」で来ていた恋人の七隈ななみを国際空港まで送った後、ンドゥ村のマラリア対策のためにンドゥ村へ行くことになっていた。


 ンドゥ村の村長に連絡を取ったところ、志恩はいつものように村へ来て、マラリアの薬や蚊帳を配布するために村内を巡回してから、予定の時間には帰って行ったと返答があった。


 このことから、ンドゥ村からンパッ事務所へ戻る途中で、事故や事件がなかったかを調査に当たっていた。


 その頃、その幹線道路でバスと乗用車が正面衝突する事故が起こったとニュース放送が入った。この時、写っていた乗用車がコンティーゴ所有の車であったことから、志恩が事故に巻き込まれたことがようやく分かった。


 すぐに現地人スタッフが現場に急行して、志恩を探したが、すでに病院へ運ばれていたため、その足で病院へ向かった。しかし、この時、すでに病院での死亡が確認されていた。


 その後、百道志恩であるかどうかの身元確認を済ませた後、本人であることが確認されたため、NPO法人コンティーゴ・ンパッ事務所から東京事務局へ連絡。


 この時、現地ではすでに十四日未明になっており、時差の関係で日本は十四日の昼過ぎとなっていた。東京事務局から百道家に志恩が亡くなったと、最初の連絡があったのは十四日の午後三時前のことである。


 桃子は何度思い出そうとしても、そこから先のことを思い出せずにいた。人はあまりにも大きなショックを受けた際、それをまともに受け入れると、精神が壊れてしまうため、それをなかったことにするようにできている。それを適応機制と呼ぶ。


 志恩が亡くなったと、最初に連絡を受けたのは桃子である。そこまでは桃子もはっきり思い出せるのだが、そこから先は一週間ほど記憶が飛んでいる。ななみが一週間ほど遅れて挨拶に来たことは思い出せるのに…。


 どうして、この娘だけ生きているのか…と何度も思った。何も知らなかったとは言え、のん気に一週間もヨーロッパを旅行して帰ってきている。なぜか、許せなかった…。別にななみは何一つ悪くない。どうしたら、この苦しみから抜け出せるのだろうか…。


 桃子には、わずか一週間足らずで日常へ戻った夫の伸一と次男の健芯が理解できなかった。仕事しないと日々の生活が成り立たなくなるとは言え、わずか一週間で日常へ戻ってしまうなんて…。


 あまりにも薄情ではないだろうか。百道家の期待を一身に背負っていた長男の志恩が亡くなったのだ。何の前触れもなく…。もう少し深く、そして長く悲しみにくれてもいいではないか。


 それなのに、伸一も健芯も仕事が忙しいのか、帰りが遅くなるばかりである。朝も二人ともそそくさと会社へ向かう。そんな二人を見て、志恩のことをますます大切にしないといけないと桃子は思うのであった。


「志恩、母さんだけは、この世界から志恩がいなくなったとしても、志恩のこと、守り続けていくから。ずっと、大切にしていくから…。父さんや健芯は、薄情過ぎるよね…」


 そんなことをブツブツと仏壇の前で、桃子は言い続ける。志恩の死以降、毎日、桃子は黒のプリーツスカート、白の七分袖の上に黒のストールを羽織っている。替えがない時は喪服を着るほどだ。


 さすがに、それを見かねた伸一から他の服を着るように言われたが、桃子には理解できない。まだ、四十九日も終わっていないのに、どうして明るい色の服など着られようか。


 そんなことを言っているうちに、伸一は桃子のために、黒のプリーツスカート二着と白の七分袖を七着買って渡した。すると、さらに輪をかけて、伸一も健芯も家にいる時間が少なくなった。

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