お化けを見たらついつい殴りかかるのは常識
よくわかんない小説ができたので投下
公園に、お化けがいた。
その見た目はとても醜悪かつ刻銘で。
人間のような体格と形をして人間のような動きをして、しかし見る者が見ればこれは人間ではないと感じるナニカをその全身から漂わせていた。それは雰囲気というのも勿論だったが、何よりもその見た目の時点で、コイツは人間なんじゃないかという俺の淡い期待を裏切っていた。
頭頂部にはゴミ溜めに三十年はほっといたバケツをひっくり返したような帽子を被り、バケツの口から流れ出ている汚泥は腐った匂いとしゅうしゅうという蒸気を辺りにまき散らしながらそいつの体を流れていく。
そこにあったのは二次元に描かれるような極力嫌悪感を感じさせないように作られたクリーチャーでは無く、見ただけで背筋に怖気と冷気が走らざるを得ないような、足が思わず半歩下がってしまうような、リアル特有の醜さを備えた怪物だった。
体表を流れているドロドロと腐り切った柘榴のような汚泥は地面を穢していて、足元にあった草花は流れ出た体液を被って瞬く間に枯れていく。
俺はそれを何とはなしに、というよりも愕然としたままにポカンと口を開けて眺めていた。
なにせ、俺とそいつとの距離は柵を挟んで数歩というところだったし、さっきからそいつにたかっている羽虫がこっちに飛んでくるし、何よりもそいつのこちらの嗅覚と眼球に訴えてくる凄まじい臭気はこちらに痛みを伝えてくるほどだったのだから。
そんなものが唐突に、登下校という日常の中に飛び出してみろ。驚きに口すら閉じなくなる。
そしてうろうろとどっかに現実の残り香がないだろうかと探していた眼球がお化けの垂れていくヘドロの先にあった花を捉え、その花が「数日前先輩が植えたものだったなあ」なんてことを思い出した時には既に、俺は無意識の内に柵を乗り越えてそいつに右拳をぶちかましていた。
全力で嗤いながら。
「うっひゃっひゃっひゃひゃひゃいってぇぇぇえ!!!!」
飲み過ぎた馬鹿な中年のような。あるいは薬をキメて馬鹿になった愚者のような。気違い染みた嬌声と嗤い声をあげ、体重をかけてぶん殴った右手に走る凄まじい熱。
刃物によって斬られた箇所が一瞬熱く感じるように。あのコールタールのような何かに骨が露出するほどに溶かされた拳の極端な痛みが、俺の脳に焼けた砂の中に腕を突っ込んだような熱さと錯覚させる。
勿論普通になんか溶けるものをぶん殴っただけだと知っている俺はそんな痛みなど知ったこっちゃないと尻餅をついていたお化けを追い打ちをかけるように前蹴りを一つ。お蔭でジュウ、という音と共に靴の裏がなくなって地面に足の裏がついたが無問題。どうせこの靴は買い替えの時期が来ていた。
大の字になるようにしてお化けが飛ぶ。そこは丁度公園の真ん中で、地面が露出していたところである。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ……っしゃ!」
蹴った反動で溶けた拳やら泥のかかった皮膚やらに引き攣れの痛みが走って叫んでいたのだが、打灰汁目論見通りにいったところで小さく左手を握る。取り敢えず残った花壇四分の一は死守できた。あとはこのよく分からん生き物を地面にでも海にでも山にでも沈めるだけである。
と、思ったのだが普通に手と目が痛かった。さっき腐ったお化けに触れるくらいにまで近づいたせいなのか、玉ねぎを切った時のように目から涙が止まらないし、指のとれかけている右手は痛い。衝動的に怒りのお蔭で殴った時からしばらくは痛く無かったのだが、お化けを花壇から離すという一応の目的を果たしてしまったことで怒りが持続しなくなったらしい。負傷したところがジクジクと痛みを伝える。
しかしここで無様を晒すのは不味い。一発殴って蹴っただけで相手がノックダウンするなんていうヒーロー補正は俺には無い。つまりそれは、あの汚れお化けの反撃があるということでそれは間違いなくやばい。
なので流れ出る涙も拭かず、もう一度拳を握って前方を確認して――――――
「あれ?」
そこにさっきまでいたはずの泥お化けはいなかった。