7 いざ、魔族の国へ
3秒で分かる前回のあらすじ
邪神クロムスって誰やねん。
「なあ、一つ良いか?」
「なんだ?」
「……誰?」
問うとスーラとトリニアの二人は同じような表情で驚いた。お前ら仲良いな。
やっぱり、有名な奴なんだろうか。邪神なんて言うくらいだから、悪い方向のアレなのは分かるけど。
あ、そう言えば、初めてこっちの世界に来た後、本を読んでる時に邪神ってワードは出てきたっけな。そいつか?
「知らないのか? 200年ほど前に突如出現した、謎の超大型の生命体。それが《邪神クロムス》だ。本当に、神話上の邪神と同列なものなのかは分からないが、その時の戦いでは仕留めることが出来なかったから、封印してどこかに閉じ込めたとは聞いたが。まさか、こんなところにだとは思っていなかったがな」
説明をしたのはトリニアだ。しみじみとした雰囲気で話す。
200年ほど前っていうと、丁度俺がいない時期か。その時に現れたってんなら、知らなかったのも当然か。
それにしても、魔王、魔神に続いて邪神か。どんどんと厄介事に巻き込まれていくな。悪役の人気ランキングにでも出てきそうな奴ばっかりだし。
でも、それだと何で、およそ300年前のあの頃、ここは開かずの間だったんだ?邪神が封印されたのがキッカケで扉が封印されて開かなくなったとして、それが200年前後昔のことなら、それより前は一体何故開かずの間だった?
いやぁ、嫌な予感がするね!
「因みに、突如現れたとされているが、元々ここに封印されていたそうだ。何故か封印が解けたそうでな。どうやら、謎の高出力のエネルギーを吸収して力を蓄えたらしい」
……フラグを建てたつもりは、なかったんだけどな。
確かに俺は、ここの扉を開けるために、自分が出せる最大出力の火力を叩き込んだりしたさ。リオーネと協力して極太レーザーを撃ち込んだり、自作の魔道具で大爆発を起こしたり、果てには《龍天》状態で連撃を加えたり。
でも、決して、違う。俺じゃ無いはずだ。
だって、吸収したってことは、あの力が内部にまで届いてたってことだろ?扉で防がなきゃならないはずの力を届けてどうすんだっていう。
「詳しいんだな、龍人族の女」
「陛下が教えてくださったのだ。正体までは知らないと言われたがな」
調査したリゲスには一応後で謝っておこう。もしかしたら俺のせいかもしれないし。
あぁ……大勢の被害が出たんだろうな……償いのためにも、絶対に俺が解決しないとな……
「それに、こう見えてもそれなりに生きていてな。戦いにも参加していた」
「それで、邪神クロムスってのは害のある存在なんだよな」
念のためにだ。わざわざ戦って封印しちまうくらいだから、利益のあるものなはずがない。
言い逃れしたいってわけじゃないぞ。
「そういう認識で良い。俺たちは、それを復活させようとしていた」
「それは何故?」
「邪神を上手く操ることが出来れば、魔族に歯向かう者などいなくなるだろうという、上の決定だ」
はぁ、またテンプレート的な考えだな。操れれば、って操れなかったから封印したんじゃないのかよ。魔族の上に立つ奴には馬鹿しかいないのか?
それとも、『私なら絶対に勝てる!』なんて言ってる妄想野郎がいるのか。馬鹿だろそいつ。
まあ、本当に邪神を余裕で倒せるほどの実力があったとして、それだけの実力があるならお前が闘えよってなるし。邪神より強いんだから邪神に頼る必要もないわけで。
「だから、ここの封印が少しほつれてるのか。こんな感じか?」
封印のほつれを見つけ、そこめがけて指先から光を放つ。
光は魔法陣にぶつかり、蜘蛛の巣状に魔法陣に光が迸って行く。
これが封印の魔法陣の修正。というか、殆ど上書き。俺の余りある魔力で、元のものよりも強力にしてみた。
その光景を見ていたトリニアとスーラは驚いていた。いまさら驚く必要もないだろう。これくらい、神聖官の適性があれば、誰だって出来る。
俺の場合は、神聖官じゃなくて勇者だけどな。
「……お前は本当に何者なんだ、ハクハ」
「さあ……自分でも、よく分からないさ」
「……ハクハ?」
自分で自分が分からない、なんて格好の良い台詞を言うつもりではないが、正直、俺は人間を辞めてしまってるという自覚くらいはある。この戦闘能力は異常だからな。
だから、日本に戻った後も、極力目立たないようにしてた。下手に動けば、人間を遥かに逸脱した身体能力を発揮してしまうからな。
向こうでは魔力が使えない。というよりも、魔力という概念がない。ゆえに、魔力を命の一部として生きている妖精は、地球では生きていけない。
普通なら、身体強化が出来なくなるから、素の身体能力は少し上がる程度なんだけど、俺の場合は事情が違うからな。
なんというか、あれだ。『人間だけど、人間じゃない』っていう感じの。
「それより、俺としては魔族たちの狙いが分かった上に、ほつれてた封印まで直せたからな。これ以上は望まない。スーラ、今回は見逃すけど、次また同じようなことしてたら、そん時はまたフルボッコだからな?」
「……ああ、肝に銘じておく」
少し暗くなってしまっていた俺にトリニアが声をかけてくれて、ハッとなって無理やり話題を変える。
フルボッコだ、フルボッコ。同じようなことやってたら今度は今日以上にフルボッコにしてやる。かろうじて生きてる程度までしてやる。9割死んでるレベルまでボコボコにしてやる。
と、そこまで言って話が一段落ついたので、本題を切り出す。
「じゃあ、魔族の国に乗り込むか」
「は?」
「いや、最初に言ったろ? さっきまでは付いて行く意欲が沸いてなかったけど、今は事情が変わった。一度、バクラと話しておかなきゃならない」
素で『あれマジで言ってたの?』って顔してるトリニアと、何やらポケットを漁っているスーラ。
いやいや、俺言ってたじゃん。付いて行くって。冗談だとでも思ってたのか?俺が冗談なんて言うわけないだろうに。
あぁ、でもどうやって行こう。魔族の国って言えば、東の大陸【セルニア】にあるアレだろ?というか、【セルニア】自体が魔大陸って呼ばれてる、人族とかが全く暮らしていない大陸だし。
だけど、ここから数千kmはあるな。どうやって行こう。時間がかかるから跳んで行くわけにもいかないし、俺の魔力を染み込ませた目標が無けりゃ長距離転移は出来ないし。
トリニアに、乗せてもらうか?
「ハクハ、付いて行くとは言っても、ここからどう移動するつもりだ? 私が乗せていっても良いが、目立つぞ?」
同じことを考えていたようだ。でもそうか、目立つか。
確かに、人族たちを根嫌いしてる魔族の国に、龍に跨って人族が乗り込むってのは、流石に問題あるよな。
スーラはどうやって来たんだろうか?魔族だから翼でも生やして飛んできたのか?
「目立つか、そうだなぁ……スーラ、お前はここに飛んできたのか?」
「行きはそうだ。だが、帰りは帰り用の転移石を貸し出されているから、これで帰るつもりだった」
おぉ、転移石。その手があったか。俺も転移石持ってるじゃん、無限収納室に。
いや、ダメだ。あれは到着地点を予め設定しておかなきゃならない。俺、魔族の国に設定してある転移石なんか持ってないじゃん。
転移石なら、複数人の移動は可能か?サイズによっては一人が限界の場合もあるが……
「複数人の同時移動は?」
「可能だ。ここにいる全員を飛ばす程度なら、簡単に出来る」
「問題解決、だな」
俺が聞くと、欲しかった答えが返ってきた。
これで交通手段は確定した。スーラのお陰でな。たまにはファインプレーもしてくれおる。
そこまで言って、俺は一つの事に気が付いた。
「……っと、悪いけど、少しだけ待ってくれ。連絡を入れておきたい奴がいる」
そう。再登場、『念話の指輪』だ。
無限収納室から数時間前にも使った指輪を取り出して右の人差し指に嵌める。
そして術式を起動する。
トリニアとスーラは俺が何をしようとしているのかが分からないのか、その様子を頭にはてなを浮かべて眺めている。
黄色い石が光った後、さっきと同じ、魔力が合う独特の感じがして、相手も同じことに気が付いたのか、先手を取られる。
《……まさか》
「おう、ティルマか。今からちょっくら魔族の国行ってくるわ」
無乳マスターが続ける前に、用件だけを伝える。
《……は!?》
「時間が無いから切るな。帰ったら報告はしてやるから」
《いや、ちょ、ま……》
脳の回転が追い付いていないのだろう。テンパって何が何だか分からなくなっていたティルマとの念話を切断する。
自分から繋げておいて伝えるだけ伝えたら切る。ただのクズである。
15分という制限の中、20秒とかからずに目的を果たせた俺は、何か言い表せぬ達成感のようなものを覚えていた。ティルマはもっと苦労すればいいんだ。主に調査隊の育成か何かに力を入れて。
「今のは?」
「俺のいた街のギルドのマスターだ。連絡だけ入れとこうと思ってな。あ、スーラ、もういいぞ。準備してくれ」
トリニアが聞いてきたので返す。ついでに、スーラにもOKサインを出しておく。スーラはそれを聞くと、ポケットの中からゴルフボールほどのサイズの赤い石を取り出した。大きいな、あの転移石。普通は指先サイズなのに。
連絡に関してだが、別に入れなくても、勝手に解決してしまえば、それではいおしまいなんだけど、一応入れておいたほうがいいだろう。
ティルマの仕事を増やすためと、上がうるさいからだな。この場合の上ってのは、頭の硬くて弱い貧弱貴族どもだ。
俺はまだ冒険者じゃないし、ランク復権というかなり重要な任務がかかっているから、ここでとやかく言われるのは困る。
最悪、その家の悪事でも暴いて潰してやろうか。
「……人のことを襲撃者扱いした、失礼なギルドマスターか」
「そう、その無乳。お前に失礼なことをしようとしていた無乳女だ」
「お前は一体、ギルドマスターに何の恨みがあるのだ?」
「色々」
そんな、他愛のないやり取りを交わし、二人して笑い合う。トリニアは連絡先を聞いて、最初は少しむすっとしてたけど。
可愛い少女がこういう仕草をすると、少しというか、かなりドキッと来てしまう。龍の時はあんなにゴツい地龍だったくせによ。飛べるし強いし可愛いとか反則だろう。
「なぁ、準備は出来てるんだが……」
二人で笑い合っているところにスーラが横槍を入れてきた。赤い転移石は既に砕け散って、地面に魔法陣を描いていた。
後は発動者のスーラが発動を命令すれば、この魔法陣に入っているもののなかで、決められた数のものが転移する。今回は俺たち全員だ。
寝ているリオーネをどうするかは迷ったが、起きた時に俺がいなかったら不安がるだろうし、今この近くで、俺の傍より安全なところがあるとも思えない。だから、連れて行く。
起きたら適当に飯でも食いたがるだろうし、あいつの好きな肉でも食わせてやろう。無限収納室に大量収納してあるからな。
俺とトリニアの二人は軽く頭と手で謝る仕草をして、その魔法陣の上に乗る。
途端、自分の体の中に魔力が流れ込んでくるような感覚が襲う。転移をする前の前兆だ。
「それでは行くぞ……『転移』」
スーラが魔法陣を発動させる。
次の瞬間、俺たち四人の姿は、一瞬でその場から消え失せた。