40 目覚めたオルディニアス
うう、何だこのグダグダ感、平和感を出したい
ちょっくら散歩行って来いよーなんて言われて、龍を引き連れて東の方に行こうとしたんだよ。そうだよ、俺は何も悪くないんだ。悪いのは全てを仕組んだアホのせいだ。きっとそうに違いない。
だって、こんなことになるなんて思ってもみなかったんだよ。まさか、こんなことになるなんて。
ああ、そうだよ。帰ったら何発かボコらないと気が済まない。トリニアが言ってたな? 夏の夜の蚊並みに迷惑してるって。
いや違うんだよ、俺はこいつらじゃなくて、あのオレっ娘神に迷惑してるんだって、今自覚したよ。
だってよ、これおかしいじゃないか。明らかに、散歩って域を超えてる。散歩ってあれだろ? ちょっと外歩いてくるとか、そういう雰囲気のものだろ?
確かに頼まれ方は『ちょっとお使い行ってきてぇ〜』みたいな程度のものだったけどさ、誰が予想したよ、こんなこと。
こんな、こんな……。
「なんで全面戦争になってんの!?」
「ボクに聞かないでよ」
俺は今、トリニアの背に乗って、《オルディニアス派》の龍の軍勢とバトっていた。
しかも、俺の周囲には、およそ数十はくだらないであろう、大型の龍の軍勢。数十で少ないと思うか? トリニアサイズの龍が数十も集まったらどうなると思う? それ即ちイッツ・ア・地獄だ。
そもそも『絶対、東、行け』みたいなことを言われたときから、何かしらのことになるとは思ってたけど。《オルディニアス派》の龍がいるってことも聞いてたけど。まさか初っ端から全面戦争になるとは予想してなかったよ、流石の俺も。
全身真っ赤な巨大赤龍が、そのオークくらいなら丸呑みに出来そうなほどの大きな口から、紅蓮の火球を吐き出す。それが真っ直ぐと突き進んでいって、敵勢力の龍の体を呑み込み、そして炎の柱が立ち昇る。
……いやいやいや。冷静に実況はしてみるものの、割と洒落にならない状況だ、これ。
少なくとも『話し合いで解決しましょっ♪』みたいな感じじゃないのは理解した。もう、多分、どっちかが全滅するまで止まらんだろう、こいつらは。だってあっちの龍なんてっうぉぁあおあっ!? くっそ、あの青い龍、こっちに向かってレーザー吐きやがった! 許さん!
「落ち着きなよ、ハクハ。ボクだってこの状況には付いていけないよ」
「付いて行きたくもないよ、こんな状況。というか、あの青いやつだけは締めなきゃ気が済まない」
『あまり私の背で暴れ回るな。痛いだろう』
リオーネとトリニアに窘められ、仕方なく青いやつが攻撃を食らって落ちていく姿を眺める。
何なんだろう、これ。気付いたら対立する龍たちの戦いに巻き込まれてたって。はっはっは、笑えん。
「リゲスめ、こんなことになるなら事前に教えろよ……」
「教えたらハクハ、来なかったんじゃない?」
「当たり前だろ、誰が好き好んでこんな状況に巻き込まれに来るか」
『正論すぎて言い返せないな』
ほら、トリニアもこう言ってるし。
だって見てみなよ。あそこの鱗が尖った龍は体当たりで敵龍と戦ってるし、そっちの龍は剣みたいに鋭い爪で敵龍の体に傷をつけてる。そこの龍は……。
……これ、俺必要か?
見ていて分かったことなんだけど、これ、俺がいなくても解決出来る……よな? だって、今こっちが圧倒的に有利だもん。こんなところに俺を放り込んでも、戦況は変わらないだろう、多分。
「まあ、本当に偽龍神オルディニアスでも出てくりゃ、話は別だろうけどさ」
『それはないだろう。あれは、架空の存在だ』
「あ、待って二人とも。それフラ……」
恐らく、フラグと言いたかったのだろう。俺も自分で言った直後に思ったけど。あいつも、『君、何してるの』とか言ってる。いや、悪気はなかった。悪気はなかったぁ!
『我を呼ぶ者は誰』
「先手必勝ぉぉおおおお!!」
3段階目の黒曜を速攻で展開。巨大な剣を作り出して、山を割って出てきた龍に向かって射出する。
柄から切っ先まで、全てが黒で構成された剣は、寸分違わず龍に迫り、そしてすり抜けた。相手にはノーダメージだ。
『ふむ、中々に良い一撃だが。少し若いな』
龍は涼しい顔をしている。いや、龍だから分からないけど。
こいつ、明らかに異質だ。他の龍とは違う。なんというか、こう、『リゲスに近い感じ』がする。
見た目で言えば、でっかい龍だ。とにかくでかい。サイズ感だけで言えば鯨が空飛んでる感覚。そもそも鯨を生で見たことがないから、感覚も掴めないけど。他の龍がいるから控えめな大きさになっているが、初めて出会った時のトリニアよりは大きいと思う。
特にこれといった特徴はないんだけど……。ただ、『貫禄』みたいなものがある。俺の予想通りだとすると、こいつは……。
「黙ってろ! この流れで言えばそうなんだろうけど、お前誰だよ!」
『我名か? 我名はオルディニ』
『ハクハ! 取り敢えず攻撃しろ!』
「若干性格変わってる気がしないでもないが、嫌いじゃないぞ、その性格!」
『お主ら! 折角フラグを回収しにやってきたというのに、何をするのだ!』
「やかましいわ! 回収せんでいい!」
「もう何これ」
架空の戦いの神、オルディニアス。ここに君臨する。なんつって。やかましい。トリニアに命じられた通りに攻撃はしたが、全部すり抜けていった。何かは知らないが理不尽な能力だ。
予想だにもしていなかったオルディニアスの登場に、対立していたオルディニアス派の龍たちは、少しの間静寂を保っていたが、やがて子どもの運動会の時の馬鹿親みたいに煩くなった。
『オルディニアス様だ!』『オルディニアス様が化現なされた!』『オルディニアス様万歳!』『あのアホリゲスに鉄槌を!』『アホリゲスー!』
『そこのお前ら! 陛下を愚弄するか!』
「トリニアも落ち着いてよ。キャラ変わってるから」
その中にリゲスをアホ呼ばわりするものもあって、トリニアがキレる。俺たちを背に乗せてるのも忘れて、その龍に向かって突っ込んで行こうとする。落ちそうになるから、仕方なく止めた。
と、その時、意外なやつから制止の声があがった。
『落ち着くのだ!』
『はっ!』
オルディニアス。オルディニアス派の龍たちが信仰する、架空の龍神。戦いの神。奴が声をあげた。
その声に反応して、その後ろにいた敵勢力の龍たちが大人しくなる。自分たちの神に言われたのだから、従わざるを得ないんだろう。
オルディニアスはこちらの側も含めた大勢を鎮めた後、辺りを見渡して問いかけた。
『まず、聞こう。我を呼んだのは、誰だ?』
『あいつ』
『こいつ』
「俺!?」
その問いに、向こう側の龍は俺を、こちら側の龍も俺を、翼や手で指名した。
オルディニアスは、非常に興味深そうに、俺の顔を眺めている。反して、トリニアは警戒を解かない。そりゃあ、そうだろう。存在しないはずの存在が出てきたら、警戒するのは当然だ。
『お主、名をなんという』
「……ハクハだ。冒険者」
名を聞かれ、俺も警戒を解かずに答えた。
俺の名を聞いたオルディニアスは、『ほう』と呟いた。
『ハクハ、とな。かの有名な勇者と同名とは』
「残念ながら、その有名な勇者本人だ」
『ふむ? あれは確か、300年ほど前の話だと記憶しておるのだが。お主、人族であろう?』
「いや、色々と事情があるんだ、こっちにも」
どうやら、こいつは俺のことを知っているらしい。【ガルアース】には、ちょこちょこ干渉してる? いや、でも、俺がいた頃も同じような感じだった。こいつは架空、空想上の戦いの神で、龍たちは半々くらいの割合で分裂していて。
つまり……どういうことだ? こいつは架空の存在とされているが、実際には存在していて、こっちのことにも詳しい? 俺のことも知っているようだし、まさか、架空の存在だというのが嘘だったとでも?
「というか、お前はオルディニアスであってるんだよな?」
『いかにも。我名はオルディニアス』
本人……本龍? がこう言っているから、こいつがオルディニアス当人であることに間違いはない。
「お前は、架空の神じゃなかったのか?」
『くっく……。まだ、その話は通っておったのか。架空、か。なら、今存在している我はどうなるのだ?』
「……違うのか?」
『当然であろう。神であるというのは偽りであるが、存在ごとが架空だというのもまた、偽り』
……どういうことだ?
こいつの言い分だと、こいつは神などではない。しかし、ここに存在していることに変わりはない。
しかも……その話は通っている? 『まだ』?
トリニアも、こちら側の龍たちも、皆が困惑に包まれている。話についていけない、ということだ。
そんな中、オルディニアスに近付いたのは、俺たちを乗せたままのトリニアだった。
『待て。話を聞かせてもらいたい』
『お主は……現龍神の香りがするの?』
トリニアが近付いた瞬間、オルディニアスがそんなことを言い出した。眉を顰め、更に疑問を増やすトリニア。
『龍王軍副軍団長、トリニア・サッデスだ。陛下を知っているのか?』
『あの馬鹿な姉は元気にしておるか?』
「俺にいきなり喧嘩ふっかけてくるくらいには元気だぞ」
元気かと聞かれたので、俺も取り敢えず答えた。元気というより、アホだ。ただのアホ。
こいつ、そうか。リゲスのことを馬鹿な姉って言ってるってことは、あのアホの弟だったんだな。なるほど、そういうことか。
弟、おとうと、オトウト、OTOTO。
……いや。
「——って、は?」
『は?』
「え?」
『どうしたのだ?』
俺と、トリニアと、リオーネ。声が重なった。
おと、うと?
「……あのさ、聞き間違いかもしれないんだけど」
あまり認めたくはないけど、俺、今自分で『意味の分からないこと』を言ってる。認めたくはないけど。
でも……。
「姉……って言った?」
『言った』
「ちょっと待ってろ確認取るから」
衝撃の事実かもしれない事実に呆気に取られるよりも先に、無限収納室から、懐かしの『念話の指輪』を取り出し、指に嵌める。
繋がる感覚。【龍王国リゲス】の、あの部屋にいるはずのアホと。
魔力、波長。そんなものが徐々にリンクしていき、そして、惚けたような声が頭の中に響く。
《……んあ? こりゃあ……ハクハか? ねみ》
こいつ、完全に寝ていやがった。俺たちをこんなことに巻き込んで、自分は呑気に昼寝かこの野郎。
「おい待てよ今お前の弟とかいうやつが目の前にいるんだけどどうなってんだよ説明しろよ」
《あ? ニアのやつ、起きたのか? 珍しいこともあるもんだ》
別に不思議なことでもないだろ? とでも言いたいのか、特別驚いた感情も声に乗せないリゲス。
「あれ架空の神だって話で通ってたよな!?」
《ああ、あれな、俺の作り話》
「作り話っ!?」
俺の叫びを聞いていたのか、隣のリオーネとトリニアも『作り話!?』と叫んでる。
いや、待って。どういうことだ。作り話? 何が? どこからどこまでが?
まず、何故作り話なんて。そんなものを作る意味なんてあったのか。というか、ニア? 仲良いの?
いやいやいや、落ち着こう。落ち着くんだ、俺。今ある情報をまとめろ。つまり、オルディニアスが架空の存在だってのはリゲスの作り話で、そしてオルディニアスはリゲスの弟。ニアって呼ばれてる。
……つまり、どういうことだってばよ!
《何かよ、ニアのやつ、何百年か前に変な信仰集めちまいやがってよ。面倒だから、架空の神だってことにして暴動を収めた》
「端折りすぎなんだよ! もっと分かりやすく説明しろ!」
《目の前に本人いるんだから、直接聞きゃあいいじゃねぇか。俺も忙しいんだ、切るぜ?》
「え、ちょ、ま、リゲスさっ」
ぶつりと、魔力の流れを無理矢理に遮断される感覚。端折り過ぎの説明と、よく分からない状況。面倒だから目の前の弟に聞けという投げやりな回答。
「……これ、こっち側からしか切れないはずなんだけど」
これが神様クオリティ! ってか。やかましいわ。
呆然としたままの俺たちに、声をかけるのはやはりオルディニアス。戦いの神……っていう嘘話を聞かされていたが、案外良い奴なのか、こいつ。
『姉は何と言っていた?』
「事情は本人に聞けって言われた」
『相変わらずだな』
はっはっはと声をあげて笑う巨龍オルディニアス。
説明を頼んでいいかと聞くと、別に構わんぞと返された。リゲスの弟にしては、随分と気前の良い奴だ。姉の投げやりな対応にも対処する。ウチの妹に少し似てる。
『さて、どこから話したものか。面倒だから端折って構わないか?』
「お前ら姉弟っぽさ強いな。勿論細かく説明しろ」
『まあ、よいだろう。まず、話をする前に、予備知識としてだが……』
そして、龍神リゲスとその弟、オルディニアスの過去を聞くことになる。




