36 龍神リゲスって実は
第2章、スタートです。タイトルからも分かる通り、平和な章です。
この世界に再度召喚されてから、早いもので、もう1ヶ月だ。地球と同じ月日の数え方だから、おおよそ30日。
この1ヶ月、とにかく色んなことがあった。勇者3人の師匠3人との本気試合、勇者3人との本気試合、勇者とその師匠と同時に本気試合。もちろん、俺は本気なんて出していないけれど、若干一名……明の師匠であるカルラなんかは、本気で殺そうとしにきてるんじゃないかってくらい気迫がある。
他にも、妖精族の集落に行って皆と再会したり、もう一度【ファフネア】に行ったり——帰ってくる前に目標を置いてきたので転移可——《三勇士》との決闘をしたり。とにかく忙しかった。アレクは相変わらず懐いてきてるし。懐いてるって表現するのはどうなんだろう。
俺個人としては、ギルドでSSSランカーに復帰したから、色んなところから声がかかったり、妙に奇抜なクエストに行かされたり。後は、邪神の完全な討伐ってのもした。件のダンジョンの地下に潜って、邪神の本体を木っ端微塵にしたんだ。
そんな中で、俺や、俺以外の勇者たちにも発現した、あの謎の刻印についても、色々と分かってきた。
まず、あの刻印には『段階』というものが存在する。その『段階』とやらが上昇すれば上昇するほど、能力に多様性が出てくる。残念なから、まだ任意でレベルを上げる方法は分かっていない。そもそも、レベルが上がる条件も判明していないんだ。
ただし、一つだけ言えるのは、あれは《龍天》に迫るほど強力な能力になる可能性がある、ってことだ。俺の持つ能力の中でも随一の戦闘能力を誇る《龍天》だけど、今の俺だと、些かデメリット……というよりも、危険性が高すぎる。そのことを考えれば、ノーリスクで使える刻印のほうが、ある意味では強い。
因みに、今の俺の『黒曜』は、レベル3だ。具体的に言えば、『舞え、黒曜』という能力発動の鍵が変化して、長くなった代わりに能力が強化された。それについては後で。
後は、俺の『黒曜』は闇を司る能力だってことも分かった。明は火、水城は水、十島は土だ。それぞれ、髪の色に連動しているのは、多分偶然だろう。
だが、肝心の刻印については、まだ殆どと言っていいほど、何も分かっていない。魔法でないのは確かだ。固有能力の一種だとは思うんだが、勇者全員に与えられたってところを考えると、何かの意図が働いているのかもしれない。
まあ、今はどうでもいい話題だった。俺が言いたいのは、ここに来て1ヶ月経ったってことと、その間が結構忙しかった、ってことだ。
そして、恐らく、これからも忙しくなるんだろう。
★★2章 僅かなる平穏★★
『乗り心地はどうだ?』
「相変わらず、最高だよ」
俺とリオーネの2人は現在、空を飛んでいた。空を飛ぶ雌地龍の力によって。
当然、それはトリニアのことだ。トリニア・サッデス。魔族絡みの問題で出会った、長生きしてる少女。実際の年齢は知らないけど、彼女の口ぶりからするに、数百年は生きてるおばあ……ごめんなさい、女の子です。
「それで、急にどうしたんだ? 龍王国まで一緒に来てくれ、なんて」
『陛下が、どうしてもハクハたちに会いたいそうでな。《決着をつける》とと言って聞かないんだ』
翼をバッサバッサ羽ばたかせながら、トリニアが言った。
「この世界には脳筋しかいねぇのか」
「仕方ないよ。リゲスだもん。バクラと同類なんだから」
『お前たち言いたい放題だな』
仕方ないよ。俺だもん。
だとしたら……。
「ってことは、もしかして、リゲスとの殴り合いのためだけに、あんな夜中から起きてるのか、俺たち」
「ハクハ、気にしたら負けって言葉、大事だよ」
「まあ、そうなんだけどさ……」
何と言うんだろう。そう考えると、無性に腹が立ってきた。眠い中目を擦りながらここまで来たってのに、目的があいつと喧嘩するだけってのが。俺は飛んでるトリニアに乗ってるだけだけどさ。
まあ、いい。気にしない。俺は寛容な男なんだ。その程度のことをしたら底が知れてしまう。
と、前方下方向に、巨大な街が見えてきた。シルエットだけでしか捉えられないため、少しだけ視力強化を施して眺める。
『ほら、見えてきた。降りるぞ』
街の門前上空まで来てから、トリニアは着陸した。それと同時に光に包まれ、その姿を少女のそれへと変貌させていく。
「まともな街なんだな」
第一の感想はそれだった。
「何を想像してたんだ、全く」
「いや、あいつが造ったっていうから、もっと脳筋っぽい街だと」
「脳筋っぽい街って何さ」
2人ともに突っ込まれるが、今まで戦いのことしか頭になかった奴が造った国だって聞いたんだ。まともな街を想像してるはずがない。
街の外観としては、【ガッダリオン】なんかよりは低い外壁に守られた都市、ってところだろうか。龍自体が強力な種族だろうから、外壁なんてものはいらないのかもしれないけど、それでも少しは建ててあった。
もう、本当に『都市』って匂いがする。【ガッダリオン】なんかがオモチャに見えるくらいに大きな都市。
門番のような男が1人、こちらに近づいてくる。日本ならば明らかに公然猥褻罪で捕まるレベルの服装だが、ここではそれがデフォルトなのだろうか。
「トリニア様、お帰りになられましたか」
「ああ。問題はないか?」
「窃盗を働いたものが1人、それ以外には、何も」
「そうか。引き続き頼む」
「はっ!」
トリニアと門番の男のやり取りを眺めながら、素朴な感想を抱いた。
「……なんか、ああいうところ見ると、トリニアが軍の副軍団長なんだって思い出す」
「そう言えば、そうなんだっけ……」
隣に立つリオーネの耳元でぼそりと呟く。
龍王軍と呼ばれる軍があり、トリニアはそこの副軍団長なんだって話だ。今まで、そんなことすっかり忘れていたけど、こうやって『トリニア様』って呼ばれて親しまれているところを見ると、やっぱりカリスマ性はあるんだろうなっていう気持ちになってくる。
「聞こえているぞ、お前たち。早くこちらに来い」
「「はーい」」
白々しい返事をしながら、俺たちはトリニアに付いて、入国した。
——絶賛ピンチ! 命の危機!
いや何がって、出血多量で死にそうだ。主に鼻からの。
そう言えば、そうだった。トリニアのことは見慣れていたから、違和感なんて抱いていなかったけど、少し考えれば、その危険がある事くらいは予測出来たはずだった。
鼻を押さえながら、その場にうずくまる。思わず、嗚咽が漏れてしまう。大衆からは奇妙な目で見られ、隣のリオーネからはジト目で睨まれる。
だって、だって……!
「やばい、皆、派手な服ばっかりだ……!」
「ハクハ、浮気は駄目だよ?」
トリニアのように露出が高すぎる服装の女性が、あちらにもこちらにも。しかも、皆が皆美人。世の男たちよ、天国はここにあった。
リオーネに頬を抓られ、現実に戻される。そうだ、たとえどれだけ露出の高い服装の女性がいて、それがどれだけ美人だったとしても、俺には関係ないじゃないか。だって、俺にはこんなに可愛い嫁がいるんだから……!
「でも、露出が高いのは否定出来ないよね……」
「他種族の街に入る際には何かを着る場合もあるが、街の中では皆、そのままで過ごしている。土産用に売ってあるが、1着どうだ?」
「これのことか?」
「はやっ!?」
そりゃもちろん。可愛い嫁に着せる衣装なんだから、早めに買っておいて損はない。見かけた瞬間転移で買ってきたよ。リオーネには、後で是非、これを着てもらおう。絶対に似合うはず。あ、低身長向け、巨乳向けのサイズを選んだ。
……待てよ? 他種族の街って、トリニアは何も着てなかったような……?
「でも、トリニアは【ファフネア】でも【ガッダリオン】でも着てなかったじゃん」
「あ、あんな風に街に入るとは思っていなかったんだ。仕方がないだろう」
「見られて興奮するとかじゃなくてか?」
「一回死ぬか?」
「ごめんなさい」
コンマ1秒以下の時間で目の前に槍の矛先が突き付けられ、土下座する。俺に出来る限りの誠心誠意の謝罪だった。
「全く……。ほら、あの城だ」
呆れ果てたトリニアが街の奥の方に見える城を指差した。
「【ファフネア】の時と展開被ってないか?」
「我慢しろ」
我慢します。
城の中はというと、もう、非常に目に悪かった。廊下を埋め尽くすほどの髑髏の飾りや、血のペイントがなされた騎士甲冑、生首型シャンデリア。今すぐに帰りたいと思わせてくれるくらいには酷いものだった。
「わぁ。何というか、凄いね」
「あいつ、相変わらず趣味悪いな……これじゃ城じゃなくてオバケ屋敷だ……」
「そういうお方なのだ。普段はそこの部屋にいらっしゃるのだが」
いや、これは、そういうお方なのだの一言で済ませていい問題ではない気がする。城にいる人間は、文句を言わないんだろうか。何なら、俺が文句を言いたいくらいだ。
トリニアが指差した先には、血文字のようなもので、執務室と書かれた扉があった。一度だけ、近くの壁を全力で蹴り、気持ちを落ち着かせてから、その悪趣味な扉をノックした。
「おーい、リゲスいるかー?」
数十秒の間、答えは返ってこなかったが、やがて、扉のすぐそばで、精一杯の驚愕の感情を込めたのであろう声が聞こえてきた。
「その声は、我が友、ハクハ氏ではないか?」
「まさにその通りだよ! さっさと出てこいっ!!」
その反応に妙にイラッとして、扉を全力を打ち抜いた。
扉の前にいると思われていた声の主だったが、そこには影も形もなく、部屋の奥の執務椅子が怪しげに揺れているだけだった。
回転式なのだろうか。真っ赤な執務椅子が嫌な音を立てながら、こちらに回転していく。そして、その主の姿を露わにした。
腰まで流れているのであろう、長い黒髪。整えられているわけではなく、ボサボサのまま放置されている。
昔とあいも変わらず、上半身はサラシだけ。普通よりは少し大きいくらいの胸が、内側から布を圧迫し、そこそこの谷間が形成されている。
この調子だと、下半身もそのままだろうか。極端に短いデニムみたいな。
しかし、翼や鱗、尻尾が見えない。《龍人》自体が進化したということだろうか。いや、でも、トリニアは翼とか生えたままだし。
「ったく、なんだよつっまんねぇ。ちょっとくらいノッてくれてもいいんじゃねぇの?」
「やかましい! 今更山◯記なんて流行らねぇんだよ!」
怒鳴りつけながら、ずんずんと進んでいく。2人は俺に続き、トリニアはリゲスの前まで来たところで跪いた。
「陛下、只今戻りました」
「ああ、お疲れ、トリニア」
リゲスも立ち上がり——やはり極端に短いデニムだった——トリニアの前まで歩いて行くと、彼女を労った。
今度はリオーネだった。リオーネとリゲスは、元から仲が良い。元パーティーメンバーだからというのもあるんだろうけど、やっぱり、変わった性格同士、気が合うというのもあるんだろう。
「や、リゲス」
「おう、リオーネ。また胸デカくなったか?」
「リゲスこそ、また大きくなった?」
「こんなもん、付いてても邪魔なだけなんだけどな」
と、自らの胸を揉みながら苦々しい表情を浮かべるリゲス。
……あれ、そう言えば、言っていなかった気がする。
もう気づいているとは思うけど、龍神リゲスは、『女』だ。一人称は俺、口調も男のそれだけど、れっきとした女だ。黙っていれば可愛いというのに、勿体無い。
「それで? さっさと本題に入れ、巨乳系俺っ娘野郎」
「娘なのか野郎なのかどっちなんだ」
最近、またトリニアのツッコミの腕が上がった気がする。誰の影響なんだろうか。
俺の言葉を聞いたリゲスは、執務机に座って足を組み、悪戯げに笑った。
「本題も何も、俺と決着をつけろ。ただ、それだけの話だぜ?」
……この子、もうやだ。本当に喧嘩するためだけに、俺たちをここに呼んだみたい。