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幕間 旧友との約束

バリスさんのその後です。

「まあ、あいつなら何とかするだろ……」


 覚醒したバリスは、部屋の中で呟いた。

 分身として送り出していた自分の身体を、見事なまでに破壊してくれた男、ハクハ。今代の勇者だ。

 今までの勇者とは戦ったことはないが、奴は…………。


「……飯でも食いに行くか」


 ベッドから起き上がり、扉に手をかけ、食事のために外に出た。



★★★★★★


「あら。誰かと思えば、バリスじゃない。戦いは終わった?」


 食事中に、隣からそう声をかけてきたのは、リィーサだった。いつも側にいるヘリオスは見当たらない。今日は別行動なのだろうか。珍しいこともあるものだ。


 食事の手を止め、パンを皿に置いた。


「ん、リィーサか。ああ、見事なまでに負けたよ」


 ボリボリと頭を掻きながら、バリスは答えた。


「へぇ。あなたが負けるほどの相手、ね。勇者か何かかしら?」

「今代の勇者だとよ。強かったぜ、あいつ」


 先刻まで、激しい戦いを繰り広げていた相手のことを思い浮かべる。


 身長は高い。筋肉はあったが、ほんの少しだった。全体的に、平凡という字が似合う少年だった。

 この近辺では珍しい黒髪の少年は、今代の勇者なのだと聞いた。人族の勇者伝説と言えば、異世界から無理矢理引っ張ってくるとかいう、アレだ。


 ということは、奴は異世界人だということになるのだろう。人族も、面倒な奴を喚んでくれたというものだ。


 そんな奴と戦うことになるとは、と、バリスは自身の不運さを呪った。


「それより、ヌィアーザ知らねぇか。あいつだけ残して、帰って来ちまったんだが」

「あのクソジジイなら、中庭で黄昏てたわよ。全く、帰ってきてからずっと、あの調子なのよ」


 自称、美を司る遣いなのだそうだが、たまにこうして口が汚くなるのがリィーサだ。本当に美を司っているなら、クソジジイなんて言葉は使わないほうがいいだろう、とはバリスの考えだ。


「そうか、ありがとう」

「いいえ。あ、そうそう。ヘリオスを見かけたら、私が探してたって、伝えておいてくれないかしら」

「ああ、分かった。伝えといてやる」


 リィーサから言葉を預かったバリスは、残っていたパンを口に放り込むと、目撃情報があった中庭へと、向かうことにしたのだった。



 部屋から出て、長い廊下を行き、その途中の扉で外へと出る。広い、無駄に広いだけの中庭だ。花々が咲いているわけでも、季節の木々が植えられているわけでもない。妖精族の集落のように、綺麗なわけでもない。殺風景なだけの中庭。

 芝生は好き勝手に伸びて、長さはバラバラ。道として存在しているものはあるけれど、それはただ石を敷き詰めただけのものという感じだ。


 その端。そこに、1人の男が立っていた。バリスは、静かにその近くまで歩いて行った。


「……バリスか」

「よう、ヌィアーザ」


 今気付いたのか、最初から気付いていたのか、ヌィアーザは振り返りもせずにバリスの名を呼んだ。


「ふん。勝手にくたばりおって。役目だけは、果たしたようだったが」


 毒づくヌィアーザの外見には、これといった違いはない。大きな怪我なんかは、していないようだった。


 リィーサの話だと、帰ってきてからずっと、という話だし、それなりに長い間、ここにはいたのだろう。もしかすれば、オレが消えた直後には、もう帰ってきていたのかもしれない。と、そうバリスは考えた。


「元々の目的は、アレの性能を確かめることだったろ。で、完成してたのか?」

「性能に問題はない。番人があそこまで役立たずだとは、思わなかったがな」

「ま、そこら辺は改良が必要だってこったろ」


 軽い口調で言葉を交わしていく。


 アレ……とは、もちろん【冥災の宝物庫(パンドラ)】のことだ。


 当然ながら、あそこに行った目的は、世界樹ユグドラシルの力を奪うためだった。しかし、その他にも、【冥災の宝物庫】の性能を試す……という目的もあったのだ。


 バリスやヌィアーザを含む『遣い』は、長い長い年月を経て、【冥災の宝物庫】の作成に成功した。それは、オリジナルよりも、数段性能が落ちてしまうような、劣悪品ではあったが、大切なのは『量産出来る状態になった』ということだ。

 作成にはかなりの時間を要する。また、述べたとおり、性能は本家本元には遠く及ばない。


 しかしながら、たとえ劣悪品であったとしても、アレを人為的に作り出すことが出来るようになったというのは、ある意味で革命だ。


 ヌィアーザは、こちらに振り返っていた。その手には、手鏡のようなものが握られていた。アレで、向こうの様子を覗いていたのだろう。相変わらず、趣味が悪い。


「……用件は、それだけか?」

「ああ。結果かどうなったのかが気になってな」

「そうか。なら、私は行くとしよう。用があるのでな」


 そう言って、バリスは歪んだ空間によって消えた。吸い込まれるようにして。


「……ったく、いけすかねぇジジイだ」


 1人になったこの場所に用はなかった。バリスは、直ちにその場を立ち去ることにした。




 あらかたの用事は済ませた。いい加減に主である天上神への詳細な報告を済ませなければ、遅すぎると言われ、消されるかもしれなかったバリスは、主がいるであろう執務室に向かおうとした。


 その途中の廊下で、不自然な男に出会った。曲がり角を曲がった先に、その男は立っていた。


「……誰だ?」


 咄嗟に身構えるバリス。


 この男――遣いではない。大柄で横暴そうな見た目をしている男は、腰に剣を差していた。



 バリスは気がつかなかったが、その男は確かに、リオーネを追いかけ、ハクハに吹き飛ばされて気絶した、あの男であった。


 しかし、何かに気づいたのか、納得の行った顔になったバリスは言った。


「……なるほど、ヘリオスか。そいつは、新しい玩具(おもちゃ)か何かか?」

「同族の目は誤魔化せないかねぇ」


 見た目に反して高い声を出した男は、顔に手をやり、顎の部分から『何かを剥がすような』動作をした。


 ペリペリと、顔を覆っていた皮のようなものが剥がれていき、その下から緑の髪の、青年の顔が出てきた。

 それと同時に、身体中がブクブクと膨れ上がり、細身の肉体が現れた。


「見た目を変えるためのものだよ。面白いだろう?」

「何が面白いのか、オレには分からねぇな。魔法でいいじゃねぇか」

「私は研究者だからね。たまには、こういうものも作りたくなるんだ」


 ヘリオス。バリス、ヌィアーザ、リィーサと同じ、遣いの1人。あのリィーサの夫であり、相当な物好きかと思われる。


 彼自身は、自身をただの研究者だと呼称する。しかし、その戦闘能力は未知数だ。戦闘員として動いているバリスと同等――或いは、それ以上の力を有している。これは、単に2人の能力の相性が悪いということもあるのだろうが。


 こんな研究者がいてたまるか。それが、バリスの常日頃の口癖だった。


「そちらの作戦は、失敗に終わったらしいね」

「残念ながら、な」

「今から、天上神様の下へ行くのかい?」

「ああ。報告にな」


 どうやら、情報は既に、この男まで伝わっていたようだった。


 髪をかきあげながら、笑う。あの戦闘を思い出して。

 思えば、ハクハという少年は、自身より弱かった。技術面はその限りではないかもしれないが、特に、彼には注意すべき能力というものが欠けていたのだ。唯一危険な能力と言えば、あの瞬間転移能力だろうか。


 自分が負けたのは、きっと、あの少年を見くびっていたからだ。自分より弱いと分かっていて、そのせいで慢心を抱いたからだ。

 そして、あの少年が、最後まで勝つことを諦めなかったからだ。諦めず、そして糸口を掴んだのだ。『勝利』への。


 そういう意味では、彼は強者であったと言える。個々を見れば、自分たち遣いには到底及ばないだろうが、総合的に見れば、『勇者』として相応しい力を持っていた。


 なんとまあ、情けない負け方であろうことか。ヘリオスにはそこまで伝わっているのだろうか。伝わっていたのだとしたら、赤面を禁じえない。


「私はこれから食事だ。無事を祈っているよ、バリス」

「精々殺されないように祈っておくよ」


 果たして真偽のほどはどうだったのか。それは分からないが、ヘリオスが食事に行くと切り出したので、バリスはその場から立ち去ろうとした。


 しかし、それをヘリオスが止めた。


「……ああ、そうだった。天上神様から、伝言を預かっているんだったよ」

「なん……」


 振り向こうとしたその瞬間、背中に激痛を感じた。


 恐る恐る手をやってみると、手のひらを隙間なく塗りたくったように、赤いものが付着していた。


――血だ。オレの。


 見れば、腹の辺りから、黒い突起が出ているようだった。背中から腹にかけて、斜めに黒く尖ったもので、貫かれている。


 ヘリオスからは、能力を発現する際に見られる、特殊な力の渦が発生していた。


 この黒い何かは、この男の能力か。そうか、こいつの黒槍か。こいつを強者たらしめている、証か。


「……どういう、つもりだ?」

「『君はもういらない』……だ、そうだよ」


 あくまでも無表情に、ヘリオスは告げた。


 天上神からの伝言。主である神からの直々の言葉。それは、バリスはもう不要だと。不要になったのだから始末しろと。そういった内容のものだった。


 ヨロヨロと、千鳥足で壁際まで歩いて行き、手をついて倒れこむ。体を貫いていた槍は塵になって消えた。


 背中を壁に預け、もたれこむ。体に力が入らない。今の一撃だけで、完全なる致命傷を受けた。血も大量に流れた。


 だが、反撃の意思は湧いてこなかった。天上神の傀儡と化している遣いたちに、主への反逆心は、抱くだけだとしても許されない。ヘリオスの行動は、主の言葉に基づいてのものだ。ヘリオスへの反撃は、主への反逆と見なされるために、その意思が湧かないように支配されている。


「……ちっ。つくづくツイてねぇ日だな、今日は」

「そうだね。私も、親友を手にかけるのは嫌いだよ」


 そう言うヘリオスには、やはり表情がない。いつもはヘラヘラとしている彼だが、今だけはその様子が窺えない。


「はっ。嘘つけ。ノリノリのくせによ」

「そうでもないさ。バリス、君との約束、果たせなくて残念だよ」


 そう、ヘリオスが告げた言葉に、バリスの脳はいち早く反応する。


 約束。それは、元々同じ時期に遣いになったバリスとヘリオスが交わしたもの。いつか必ず、ある1つの目的を達しようと、そうして交わしたものだった。


「……お前、まさか」

「さあ、これでさようならだ、バリス。長い間、お疲れ様」


 ヘリオスが、1度だけ、右目でウインクをした。

 まるで、後は任せろとでも言うかのように。


 そんなヘリオスを見ていると、バリスの口からは、不思議と、自然に言葉が発された。


「……くく、ははは。なら、天上神に伝えとけ。『クソッタレが。オレがこの手で殺してやる』……ってな」

「……分かった。必ず、伝えておくよ」


 死の間際に立ったことで天上神の支配が少し解けたのか、はたまた、それだけバリスの意思が強かったということなのか。

 最後に口にしたそれは、確かに『反逆』と取れてしまうような言葉だった。


 ヘリオスが静かに、ゆっくりと右腕を振り上げて行く。

 その動作に連動するようにして、数本の黒槍が、何もない虚空から現れた。


 振り上げた腕を、一気に振り下ろす。黒槍は放たれた銃弾のように、一斉にバリスへと襲いかかった。



 避けることもせず、避けられるはずもなく、バリスは静かに死へと身を委ねた。胸や腹、腕など、様々な箇所を貫き、そのまま壁に突き刺さった黒槍は、確実に、彼の命を奪った。


 力なく千切れた腕。ポタポタと血を流す、穴だらけの彼の肉体。ヘリオスはそのままポケットに手を入れ、そこから小さな小瓶を取り出した。真っ赤な液体が入った小瓶だった。


 その蓋を開け、バリスの死体へと振りかける。液体がかかった部位から、瞬く間に真っ赤な炎が生じて、無惨にもたれていたバリスの体を焦がし、焼いていく。




 数分後。灰すらも残さない状態でバリスの体を燃やし尽くした炎は、ゆっくりと鎮火した。


 その場にしゃがみ込み、バリスがもたれかかっていた壁を、指先でなぞりながら、ヘリオスは、一粒の涙を零した。


「……これで、後少しかね」


 涙など流さなかった。ヘリオスはそう自分に言い聞かせ、立ち上がり、去った。



 光の粒子のようなものが、彼に吸い込まれていった。

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