35 過去から現代へ。再会。
「そうして、俺と妖精族たちとの出会いは終わったのさ」
「あの後は凄かったよね。宴だなんだって」
そうそう。集落中どころか、他の集落からも妖精たちが集まってきて、いきなり俺のことを英雄だなんだって仰ぎ出す始末だったからな。俺は酒も飲めないのにどんどん持ってくるし。リリィなんか、ベロンベロンに酔ってたし。
運ばれてきた飲み物を飲みながら、食後の余韻を楽しむ。かなり長く語ってしまった。つい、感情が乗ってしまったんだ。
それを、飽きるでもなく聞いていたトリニアは、やはり気になったのか、質問を投げかけてきた。
「そのバリスとやらとは、それ以降会っていないのか?」
「ああ。ヌィアーザの方とは何度か会ったけど、バリスとはあれっきり、だなぁ」
「ふむ……」
『遣い』という存在。今でこそ、ヘリオスやリィーサたちとの関わり合いもあって、天上神とかいうアホの部下だってことが分かってるけど、当時は何も知らなかった。
バリス、か。また戦おうとかいう約束はしたけど、あれっきり会ってないんだったな。ヘリオス辺りに聞けば、今どうしてるかとか聞けるんだろうか。敵に敵のことを聞くってのもどうかとは思うが。
時刻はもう夕方。ここに来たのは昼頃だったはずだから、結構長居してしまっている。俺とリオーネは、とっくに食事を終えているが、トリニアはまだデザート中だ。流石、龍人族。胃袋の出来が違う。
それより……。
「リリィ、か。明日にでも顔出しに行かないとな。何だかんだ忙しくて、行けてないし」
「うん、それがいいと思うよ。ボクも、妖精王様とは話しておきたいことがあるし」
俺の提案に、リオーネも同意した。こんなに忙しくなるって分かってたら、こっちに来て初めに向かったんだけど、俺は未来予知者じゃないからな。仕方がないといえば仕方がない。
妖精たちのことについて話していると、無性にミリアさんのクレープが食べたくなってきた。300年の間に、新メニューはどれほど生まれたのだろうか。それも楽しみだ。
「久しぶりに、ミリアさんのクレープも食べたいな。向こうに行ったら食べようか」
「そうだね。あ、トリニアも一緒にどう? ボクたちも歓迎するし」
「ふむ……」
と、リオーネが提案した。
それは中々良い案だな。妖精たちに危害を加えるような問題児でもないし、ちょっと大食らいな面はあるけど、それ以外は善良な少女だ。
是非、ミリアさんのクレープについても、一緒に語り合いたいものだが……。
「……魅力的な誘いだが、今回は遠慮しておこう。私も一度、龍王国に帰らないといけないからな」
しかし、返答はNOだった。
まあ、これは仕方ない、か。トリニアは元々、リゲスの依頼でこっちに来ていたそうだし、連絡には戻らなければならないんだろう。龍王軍、だったか? そこの副軍団長だって話だし、本来なら、ここでゆっくりと食事をしている時間さえもないのかもしれない。本人が好き好んで食っているんだから仕方ないけど。
「そっか、残念」
リオーネは、実に残念そうだった。
俺も残念だ。妖精たちの集落は、是非一度は見て欲しい絶景だから、それをトリニアにも見て欲しかったんだけど。
「まあ、こっちにいる限りは、会おうと思えばいつでも会えるんだから。皆の都合がついてから、また集まればいいさ」
「それもそっか」
前みたいに、元の世界に帰るわけじゃあるまいし。西の大陸までは少し遠いけど、行けないことはない距離だ。最悪、『念話の指輪』で迎えに来てもらえるよう頼み込めばいい。
トリニアが残っていたデザートを1人で食べきり、飲み物のカップやグラスも空になった。
テーブルの上には、積み上げられた皿が沢山。一体、3人でどれだけ食ったのか。大半はトリニアだと思うよ、これ。俺たちこんなに食ってないもん。
……まあ、いい。今はなんとか、金には困っていない。これで通貨が変わっていたってことになると面倒だけど、宿に泊まった時に、まだ通貨が『コリオン』だということは確認済みだ。
流石に、この食事代で致命的ダメージを受けることはない……はず。
「じゃあ、そろそろ勘定して、行こう……」
勘定をしようと立ち上がり、ポケットから財布を取り出した、その時だった。
「……ん?」
宿の入り口の方で、人集りが出来ているのを見かけた。野郎共が多いだろうか。
どうせ、美人が入店してきたとか、そんなことだろ。つまんねぇことで騒ぐ奴らだ。そんなことしてないで、家に帰れば嫁が待っているだろうに。
同じく立ち上がったリオーネの胸を、さりげなく揉もうとしたら叩かれた。ひどい。
『おい、あれ……』『すっげぇ美人だな』『お前、ちょっと声かけてみろって』『馬鹿、押すな!』
人集りから聞こえてくる喧騒は、やはりそういった類のものだった。
特に面白いものでもないし、このまま勘定を終わらせてしまおうと、近くにいたウェイターを呼んだ。
そこで、その喧騒から聞こえてきた、本当に小さな声を、俺は聞き逃さなかった。
「ちょっと、お願い、通して……」
うるさい輩共のせいで、今にも消え入りそうだったその声は、数秒後にはやはり消えてしまった。
しかし、俺はしかと聞き入れていた。その声を。耳に覚えのある、その女性の声を。
「この声、まさか……」
「ちょ、ハクハっ!?」
リオーネとトリニアに待つように頼んで、その喧騒へと突撃していく。
女性の声がした辺りからは、しなやかな腕が一本、外に向かって伸びていた。
何の躊躇いもなく、それを掴み、全力で引っこ抜いた。
「ふぁ、ひゃぁ!」
可愛い悲鳴とともに、その声の主はこちらに向かって倒れこんできた。
それを慌てるわけでもなく受け止め、優しく抱きとめてやる。
「いたた……」
その女性は、俺の腕の中で、頭をさすりながら、俺の顔を見ようとしたのか、ゆっくりと顔を上げていった。
ああ、分かる、分かるよ。あの時と、これっぽっちも変わっていない。サラリとした綺麗な銀髪に、スラッとした肉体。身長は高めで、胸も大きな方だ。
お母さん、お姉さんというようなあだ名がよく似合いそうな彼女は、俺のことを認識した瞬間、さっきとは違う意味で、小さな悲鳴をあげた。
「……なんだ、やっぱりか」
「あ、あぁっ……」
男たちに囲まれて気持ち悪くなっていたのか、青かった顔は、すぐさま生気を取り戻したように赤くなっていき、抱きとめていたにもかかわらず、さらに強く抱きしめてきた。
「ハクハァーッ!!」
「うぉぁ!?」
流石の俺でもそれは予想しておらず、思わず後ろに倒れ、尻もちをついてしまった。
盛大な音を立てて倒れた俺たちだったが、依然として、彼女は俺の胸に顔を押し付けたままだった。
彼女は俺の胸の中で……というより、俺の服の胸の部分を涙でぐしゃぐしゃにしながら、愚痴るように喚いた。
「うぅ……薄々、帰ってきたのには気づいていたのに、4日も放置されるし、探し回ってもどこにいるか分からないし、迷うし、変な動物には追い回されるし……」
いや、おかしい。確かに、4日放置していたのは悪いとは思うし、色んなところにいたから探し回っても見つからなかったのは謝ろう。でも、迷うのと変な動物に追いかけられるのは、自己責任だろう。
というか、変な動物ってなんだ。頭と尻尾が逆についている、あの変な犬っぽいやつか? それとも、頭から人の顔が生えている牛っぽい家畜か? 他のやつか? 『ガッダリオン』にそんな変なやつはいなかったはずだけと。
彼女は泣き止まなかった。どころか、さらに強く泣き始めてしまった。
「ちょ、泣くなって……」
「だってぇ……」
「あ、あはは……」
乾いた笑いが溢れた。俺と、隣にいたリオーネから。トリニアは、『誰だこいつ』みたいな顔をしていたが、リオーネに指で突かれて気づいたのか、妙に変な視線を向けてきた。
……全く。帰る時にはかなり熱烈な別れの挨拶を済ませたってのに、なんでこんなに泣き喚くんだか。女ってのは、これだからよく分からないんだ。女心とか、理解出来ない。
そも、リオーネもこいつも、俺みたいな男のどこがいいんだろうか。件の事件の時は気づかなかったけど、後々言われた時には、驚きすぎて歯が抜けるかと思った。俺なんて、ただの馬鹿だぞ。
しかし、彼女と出会えて、懐かしいのは本音だ。そこに嘘偽りはなかった。
立ち上がり、彼女の手を引いて起き上がらせる。そして、静かに、彼女の名を呼んだ。
「……ただいま、リリィ」
「お帰りなさい、ハクハ……!」
思いっきり抱きしめられて少し頬が赤くなってしまい、後でリオーネに怒られたのは秘密だ。
★★★★★★★
「別に、様子を見に来ただけだ」
「ツンデレか、お前は」
と、見事なツッコミを俺に入れたのは、何やら素振りをしている明だった。なんだろう、剣道? いや、俺が知る限り、こいつは剣道なんてやってなかった。
それに、剣道にしては、実戦的すぎるというか……。
「ふんっ!」
「よっと」
そんなことを考えながらも、背後から迫っていた刃を躱し、そしてその主に掌打を入れる。
突然斬りかかってきた無礼な奴は、生意気にも後ろに飛ぶことで掌打の威力を殺していたが、反応が遅れたのか、意外にもダメージを受けていたようだった。
さて、こいつは誰dうお、でかい!? 新手の巨人族か!?
……って、んな馬鹿なわけあるか。ただの高身長の人間だ。ギデアくらいには身長がありそうだ。もはやミニ巨人だ。ミニなのに巨人。
その手には、幅広の刀が握られていた。さっき俺に斬りかかろうとしていた刀だ。
「……なるほど、あの『最強』だというのは、真実だということか」
「あんた、誰だ?」
少なくとも、黒髪の大男に、突然斬りつけられるような原因を作った覚えはない。こいつ自身にも見覚えはない。
「失礼した。俺の名はカルラ。アカリの剣術指南の任についている者だ」
刀を腰の鞘に収め、男――カルラは軽くお辞儀した。
見た目に反して礼儀が良かったのに、少なくはない驚きを覚えながらも、返すのが礼儀だと思い、手を腹の前に当て、体を折る。
「おっと、それは悪かった。ハクハだ。ハクハ・ミナヅキ」
「知っている。歴代最強の男……だろう?」
その名に、ピクリと反応してしまう。
剣術指南役、だったか。その辺りにまでは情報が行ってしまっていたか。もしくは、伝承を知っていただけか。しかし、『知っている』ってことは、元から知ってた風な口だから、やっぱり王から聞いたんだろうか。
「あっはっは、懐かしい名前持ってくるね。今はもう、最強なんかじゃないと思うぞ?」
「ふっ、そのような謙遜を」
差し出された手を握る。握手だ。それにしても、痛い。全力で握ってきているのかは知らないけど、骨が軋むレベルで痛い。
負けず嫌いな性格なのは自重したいんだが、ここで押されるわけにもいかず、握ってくる手を握り返してやる。だが、魔力での強化なしで、だ。カルラも魔力で強化とかはしていないみたいだから。
その結果に満足したのか、カルラはふっと笑うと、静かに立ち去った。見れば、明が痛そうに手を押さえていた。あいつもされたか。彼なりの礼儀なのか……?
「……なあ、白羽」
「どうした、明?」
明が突然、どこかバツが悪そうに口を開いた。頬をかきながら、気まずそうにしている。
「ずっと気になってたんだけどさ。その3人は?」
「ん? ああ、そんなことか。正妻と友人1号2号だ」
気まずそうにしている理由が分かり、後ろにいた3人を前に呼ぶ。手だけで自己紹介を促した。
「正妻のリオーネだよ」
「友人1号のリリィよ」
「友人2号のトリニアだ」
「すっごい仲が良いんだろうなってことは分かった」
そうだろう、そうだろう。俺たちは仲が良いんだ。若干1名は数日前に知り合ったばかりだけどさ。
リオーネ、リリィ、トリニアと、名を言った順に腰を折っていく。
その時、俺の右隣にいたリリィが、肘で俺の脇腹を突きながら言った。
「……ねぇ、ハクハ。この子、もしかして、あの時の話の?」
あの時の話……?
ああ。もしかすると、300年前の、リリィに俺の過去みたいなものを話した時の、幼馴染の話のことだろうか。あんな昔のこと、まだ覚えていたのか。
そういえば、そうだな。泣き虫の幼馴染がいる、みたいなことを話したんだったか。
「そう。泣き虫の幼馴染君だよ」
「まっ、今はもう泣いてないって!」
明がそんな風に、今にも泣き出しそうな顔で必死に訴えかけていた時、後ろからヒョイと、見覚えのある顔が出てきた。
水色のショートヘアーに、日本から持ってきていたのか、学校指定の体操ジャージ。額には大粒の汗と、ほどよく筋肉のついた、女性らしい四肢。運動をしていたのか、顔や首を、布のようなもので拭っていた。
クラスメイトであり、今代勇者の1人でもある、水城佳奈だ。
「あれー? 水無月君、帰ってきて……って、水無月君がハーレム作ってるぅー!!」
と、奴が叫んだ。
「どうしたんですか、佳奈ちゃ……あ、水無月さん。お帰りなさい」
すると、その後ろから、茶髪のゆるふわ系女子が出てきた。十島希菜子だ。
2人とも汗だくだけど、何をしていたんだろう。
そう言えば、明も汗だくだ。素振りみたいなことしてたし、この2人も、何か特訓のようなものをしていたのかもしれない。
「おう、お前らも元気そうで何よりだ」
「ねぇねぇ、水無月君、いつの間にそんなハーレム作ったの? ねぇっ、ねぇっ!?」
「だぁ、うるさい! あんまりしつこいと帰るぞ、俺は!」
ガバッと迫り来る水城を、軽くあしらう。
そもそも、ハーレムってなんだ。トリニアは無関係だから、ハーレムでもなんでもない。ああ、いや、でも、事情を知らないこいつらからしたら、俺がいきなり女3人を侍らした男みたいに見えるんだろうか。失敬な。
すると、今度は十島が水城と同じような勢いで迫ってきた。
「わ、私、気になります!」
「希菜子、落ち着いて。省エネモードに切り替えなさい!」
「体がヒートアップしてます……! このままでは危険が危ないです……!」
「火照った体にホワイトアルバム……!」
「キンキンに冷えてやがります……!!」
とは、水城と十島のやり取りだ。
おかしい。こいつら、こんなキャラだっただろうか。俺が知る限りは、クラスでもリア充してそうな奴らだったんだけど。かなり危ないネタも持って来てるが。
「お前らそんなキャラだったか……?」
「実は2人とも、そっち方面だったんだって」
「見た目リア充な2人がこんなにオタオタしいわけがないだろ……!」
呆然としていた俺に、明がそう言ってきた。
見た目完全にリア充の2人が、オタクなわけないだろう。ふざけてんのか。
「ねぇ、リオーネ。異世界の人間って、あれが普通なのかしら。私はてっきり、ハクハが異常なものだと思っていたのだけど」
「いや、多分、あの集団がおかしいだけなんじゃないかなぁ……?」
「私には、ハクハたちが何を言っているのかすら分からないが」
隣の方で、リリィ、リオーネ、トリニアたちが話しているのを、確かに聞いた。誰が異常だ。
ふと、リリィと目が合った。それはもう、バッチリ、ガッチリと。
彼女が少し微笑んだので、それに返した。
こうして、1つ目の問題は、ようやく完全に解決したのだった。
次回、バリスさんのその後を1話で投稿して、人物紹介、その後第2章開始です。




