30 決着
ブクマ数4桁、ありがとうございます。誰か文章力をください。
俺がやったことは、至極簡単なことだった。あいつが俺のことを認識するよりも先に、あいつの左腕を、俺の最高火力で、丸ごと吹き飛ばした。本当は、あいつの体全てを吹き飛ばすつもりだったんだが、それは叶わなかった。
だが、それでも効果はあったようだ。見た感じ、腕の再生なんかは出来ないようだし、戦力も削げたと思う。
「ちっ、めんどくせぇことしやがって。あいつに頼めば治るだろうが、嫌いなんだよな……」
「うっせぇ。こっちも満身創痍なんだ。グタグダ言ってる暇あるならかかってこいよ、バリス」
挑発するために、人差し指をクイクイとする例のポーズを取る。
こちらも傷だらけだ。状況で言えば、こちらが不利だということに変わりはない。
しかし、奴の能力に関する情報なら、『少し』は掴めた。倒すという目標にも、着々と近づいてきている。奴も左腕を失っている。勝てる見込みは十分にある。
肺から一気に息を吐き出し、そして思い切り吸い込む。覚悟なら十二分に出来た。ここで死ぬわけにはいかない。後ろにいる女も守れなくて、何が男だ。
「なんだ、何かに気づきやがったか」
「ああ。お前を倒す方法にな」
いつもの構えを作り、魔力を身体中に流し込んでいく。足の爪先から、髪の毛先まで。使い慣れてきた魔力は、すんなりと身体に馴染み、肉体を強化していく。
止血し終わったのか、バリスは左肩から手を離し、残った右腕で髪をかき上げている。
「リリィ、すぐ終わらせるから。少しだけ休憩して待っていてくれ」
「す、すぐって……」
「大丈夫だ。もう負けない」
後ろにいたリリィに声をかけ、安心させておく。
俺が得た、気づいた情報が、奴の策略によるものだという可能性も、あり得ないことではない。奴が楽しむために、敢えてそういう『偽り』の弱点を見せつけているんだと。
しかし、それしか手がないのも事実だ。奴のアレは罠などではないと、俺はそう感じている。
一時の静寂が訪れる。どちらも動こうとしない。リリィもヌィアーザも、相対している俺たちも、誰も口すら開かない。
奴からは動かない。なら、俺が動くしかない。
「はぁあああ!!」
「無駄だって言ってんだろうがよォ!」
真正面からぶつかっていく。ただの右ストレートだ。何の変哲もない、ただの。バリスは防御の姿勢を取るつもりもないらしい。こんな攻撃、簡単に曲げられるんだぞ、とでも言いたいのか。
右の拳は、真っ直ぐにバリスの鳩尾へと向かっていく。
そして、そこで俺の体が消える。
「な……ッ!」
……本当にこんなもので打ち込むと、思ったか? 正面から打ち込んでも効果がないと、この身で思い知ったんだ。そんな馬鹿な真似、するはずがないだろう。
バリスの視界から消えた俺はというと、奴の後方、その斜め下に現れていた。もちろん、短距離での空間転移によるものである。
転移をしても勢いは変わらない。拳の威力は、そのままだ。
バリスはまだ、俺のことを再認識出来ていない。魔力を探知して見つけたのか、振り返ろうとしていたが、俺の予想通りなら、それでは遅い。拳はもう数cmのところまで来た。
そして……。
「うぉおおお!」
「うぐぁあッ!?」
……当たった。さっきの不意打ちを抜けば、初めてのクリーンヒット。明らかにダメージを与えられたであろう一撃。
俺の右拳は、バリスの腰付近にめり込み、そしてその腰はミシミシと音を立てていた。渾身の一撃だった。骨くらいは砕けただろう。
「ク、ソがァ!」
「ふっ……」
苦悶の表情を浮かべたバリスだったが、痛みに耐え、振り向きざまに裏拳を放ってきた。
それをバックステップで躱し、こちらを睨んでくるバリスを、睨み返す。
「思った通りだったよ……やっと、一撃、加えられた」
「てめ、ぇ……」
腰を押さえながら、恐らくそれを治療しているのだろうか、青白い光が見える。
思えばおかしい点は沢山あった。
手始めは、リリィの矢による最初の不意打ちだ。攻撃を曲げるという謎の能力を持っているにもかかわらず、あいつは、擦り傷を負っていた。その後の矢は全部曲げ、逸らし、無傷だったのに対し、あの矢だけは曲げきれなかった。
しかし、そうじゃない。あれは曲げきれなかったんじゃなく、曲げるのが遅れたんだ。
次だ。俺の攻撃、つまり殴りや蹴り。あれを異様なまでに曲げることによって無敵化していたバリスだったが、何度か掠る程度のダメージを与えたことがあった。
あれは全て、威力ではなく速度を重視した攻撃だった。結局曲げられたことに変わりはないんだが、それまでが少し遅かった気がする。
ここから導き出される答え。それは……。
「お前、自分の目で見たものにしか、能力は使えないんじゃないのか?」
「ちっ……めんどくせぇことに気づきやがって」
バリスの腰から発せられていた光が収まっていき、幾分か安らいだ表情になって言った。
「その反応を見る限り、正解か?」
「ああ、そうだ。オレの能力は強すぎるからな。制限も強いんだ。オレがこの目で見、認識したものだけにしか使えない」
やはり、と心の中だけで安堵する。これで間違っていたら、『もう一つ』に頼るしかないところだった。
あいつは、リリィの最初の攻撃を、掠る直前、もしくは掠ったその時に見たんだ。不意打ちだったから、そのタイミングで見るのが限界だった。だから、逸らしても少しだけ傷を負っていた。
俺の攻撃に関してもそうだ。威力を落とし、速度に特化した攻撃は、完全には目で追いきれなかった。だから、微々たるダメージを受けていた。
能力の弱点を指摘されたバリスは、されど大した痛手ではないとでも言いたいのか、鼻で笑った。
「言っとくが、オレだって本気じゃねぇぜ? 本気を出しちまったら、てめぇらはすぐに死んじまうからな。つまんねぇ」
「そんなこと言ってる余裕があるか? 弱点を見破られて、倒されるのも時間の問題じゃないか?」
俺がそう挑発すると、少し不機嫌そうになったバリスが返した。
「……笑わせてくれんなよ、ハクハ。そんなもんがバレた程度で、オレが負けるはずねぇだろうが」
刹那、バリスから感じられていた魔力が大きくなった。その表情は、真剣そのもの。これから行われるのは、今までの遊びのような戦いではなく、本気での戦いだということだ。
望むところだ。こんな奴に、負けるわけにはいかない。こいつを倒して、ヌィアーザも倒す。そうしてリリィや、他の妖精族を救う。
無限収納室から回復薬を取り出す。せめて、体の傷だけでも治す。魔力のほうは問題ない。体力のほうは戻す手段がないから仕方ない。
取り出した回復薬の小瓶の蓋を開け、中身を一気に飲み干す。口の中に広がる薬草の味。そして、体細胞が蠢いていくような、独特の感覚。
みるみるうちに治っていく体中の怪我。空いた小瓶はもう一度仕舞っておき、敵を真っ直ぐと見据える。
バリスは強い。能力とかじゃなくて、心も強いんだと思う。こんなにも意識が高い奴は、こっちに来てから初めて見た。
(だけど、勝たなきゃいけないんだ……!)
転移で相手の後方へ移動する。バリスはそれにすぐさま反応し、後ろ回し蹴りを打ってくるが、それをまた転移で回避する。
転移の応酬。転移が終わると同時に転移をする。
「ちょこまかと鬱陶しい!」
「うぐ……まだ、まだぁ!!」
その途中で何度か攻撃を食らうが、どれも第二撃が来る前に転移をする。
本気になったバリス。左腕は失っているが、まだかなりの戦力を有している。
正直な話、見えないほどの速度で攻撃すればいいとは言うが、難易度的にはかなりハイレベルなことを要求してきているのだ。
チャンスは、そう何度も無い。さっきみたいに上手くいくのは、精々後1、2度だ。それだけの攻撃で決めなくてはならない。
「逃げてばっかじゃ終わんねぇぞ、ハクハァ!」
「分かってんだよ、馬鹿野郎!」
徐々にだが、バリスが俺の転移についてきている。転移先に攻撃を仕掛けてくるなんてことがザラになった。こいつの知覚能力は、一体どうなっている?
「鬱陶しいっつってんだろうがよォ!」
「ぐ、かふっ……!」
遂に奴の蹴りが俺に届いた。躊躇なく放たれたそれは、凄まじい威力を誇っており、素直に受けてしまった俺は、当然ながら吹き飛ばされた。
さっきとは違い、今度は俺の腹付近から骨の砕ける音が聞こえる。気持ちの悪い音だ。
口から血が溢れ出す。砕けた骨の破片が、どこかに刺さったのか。少し息苦しい感じがする。
「ど、どうした、バリス。まだ、俺は余裕、だぞ……」
「んな状態で余裕ぶってんじゃねぇよ」
激痛が走る腹部に手を当てながら、何とか声を捻り出すが、見ての通り、余裕ぶっているだけだ。体力も、精神も、限界に近い。いや、限界なんて、とっくに通り過ぎている。多分、奴に投げられて地面に衝突した、あの時に。あの時に、体の限界は迎えていた。
「くっ、無限収……」
「おっと」
「がぁぁあああああああ!?」
急いで距離を取り、無限収納室を開こうと、右手を歪んだ空間に沈めようとした瞬間、まだ沈んでいなかった二の腕あたりに、電撃の槍が突き刺さり、爆ぜる。
軽い爆発だったが、神経を直接針で刺されたような、そんな痛みが襲いかかる。
痛い。それ以外に何も考えられない。思わず右腕を押さえて、その場にうずくまってしまう。
あれは、雷魔法か。電撃の槍が刺さったのを、確かに見ている。
右腕はもうズタボロだ。他の箇所に比べても、ずば抜けて酷い。足なんかは比較的無傷に近いのに、右腕だけは、日本の医学じゃどうにもならないくらいにはボロボロだ。
力を抜けば、死人のもののようにプラプラとぶら下がる右腕。
「それの話はヌィアーザから聞いてんだ。さっきは見逃してやったが、これからはないと思ったほうがいいぜ?」
と、バリスが笑いながら言った。
ヌィアーザの奴め、余計なことしやがって。奥にいるヌィアーザを、出来得る限りで睨む。
それにも表情を変えず、ヌィアーザは、まるで機械のように、淡々と言う。
「バリス、いつまで遊んでいる。早々に殺せと、命令したはずだが?」
「はいはい、分かってるよ」
右肩を慣らすために回し、距離を取っていた俺の下へと、ゆっくりと歩んでくる。
「んじゃ、死んどくか? どうやってあの衝突から逃れたから知らねぇが、直接殺しゃ問題ねぇだろ」
来る。トドメを刺すつもりで、奴がこちらに来る。
「ハクハ!」
「女、てめぇもすぐに一緒のところへ送ってやる。待ってろ」
リリィが止めに入ろうとしたが、それを鋭い眼光だけで中断させるバリス。
俺がここで死んでは、リリィも殺される。妖精族の皆からも、きっと何名かは殺される。もしかしたら、皆殺しかもしれない。
明らかに許容以上のダメージを負っていた右腕を、魔力で薄くコーティングし、無理やりながらも動かせる状態にする。同時に、脳が焼き切れないか心配になるほど酷使し、今までで最速での転移連打を繰り出す。
「う……ぁぁあああ!!」
「まーたそれか。お前も芸がねぇなァ?」
一瞬だけ目を閉じたバリスは、何かを感じ取ったのか、閃いたような顔になり、消えたと錯覚させるほどの速度で右腕を動かした。さっきと同じ、後ろから奇襲を仕掛けようとした時と、同じ。あれよりも、さらに速い。
それが、転移と転移の間……転移をした直後あたりの話だ。
消えたと思われた右腕は、気づけば俺の喉を掴んで持ち上げており、俺は再度、宙ぶらりんな状態になっていた。
転移した先に予め意識を向けておき、そこに俺が来た瞬間、幾つかの攻撃を加えて、最後に首を掴んだ。それが、今起こったことだ。
「ほれ、捕まえた」
「ゴホッ……」
苦しい。喉を掴まれているのだから当然だろうが、そこに体中に走る激痛があいまさって、気を失いそうな感覚に陥る。
「てめぇはそこそこ楽しかったぜ、ハクハ。久しぶりに本気を出して戦った」
牙を剥き出して笑う。こいつは、どこまでも余裕そうだ。勝ち目なんか、最初からなかったのか?
……しかし、『捕まった』ぞ。俺は今、こいつに捕まっている。
「バリス……まだだぞ……」
「終わりなんだよ。敵に捕まった時点で、てめぇは負けだ」
こいつは終わりだと言うが、まだ終わっていない。
俺が本当に狙っていたチャンスは、まさに、この状況だった。
「本当に……そうか……?」
「……あ?」
言い返すと、俺を掴んでいるバリスが怪訝そうにする。
そして、徐々にその顔が険しいものへと変わっていき、掴むために掲げていた右手を離そうとした。
……もう、遅いぞ、バリス。
「……捕まえたのは、どっちだ?」
本当に、捕まえたのはお前だけか? お前だけにしか言えないことか? それは、俺には言えないことなのか?
「ちっ、離せ!」
「誰が……離すか……!」
両手で奴の右腕を掴み、決して離さない。全力での身体強化を施し、握力は相当のものとなっている。少し暴れられた程度では、外せまい。
あの夢の中で出会った男が言っていたこと。こいつは俺の攻撃を曲げることが出来るのに、あの蹴りだけは腕で受け止めた。それは何故だったのか。
あいつは、攻撃を受け止めるのとほぼ同時に、俺の顔を掴んでいた。ほんの少しだけ、掴む手のほうが早かった。
ということは、俺の顔を掴んでいる時には、何か蹴りを受け止めなくてはならない理由があったのだ。
あの男の言葉。それを要約すると……
「……お前の能力は、誰かと触れ合っていると、発動しねぇんだろ……!!」
俺の顔を掴んでいた、つまり、奴が俺に『触れていた』から、能力は発動出来ず、俺の蹴りを腕で防御するしかなかった。
俺が思うに、こいつがあまり自分から手出ししてこなかったのも、それの影響があるんだと思う。攻撃するということは、その瞬間には触れてしまうのだから、反撃されることを考えて、だと思う。
それが、そういう性格なのかは知らないが、目の前の敵、俺たちが自分に何も出来ないと分かって、図に乗りすぎたんだ。
「てめぇ、そこまで気がついて……まさか、わざとか! 単調な転移も、今掴まれたのも!」
「そういうことだよ! そこに気がつかなかった時点で、お前の負けだ、バリス!」
掴んでいた手を引き、今度は逆に、俺が奴の首のあたりを掴み返す。逆上したバリスは抵抗しているが、もう手遅れだ。俺はもう、『落ちる』準備を完了させた。
「……今度は一緒に、落ちるか?」
ニヤリと笑ってやる。奴の表情は怒りに染まっていて、今にも爆発しそうだ。
落ちるか? とは言ったが、返事を聞くつもりもない。
このまま一緒に、落ちろ……!
「が、ぁ、ぉぉぉおおおおぉお!!」
「らぁぁあああああ!!!!!」
そのまま足から、魔力を惜しげもなく放出させて、頭から真下に落ちていく。
落ちていく途中、バリスの体を地面側にして、その体に、何度も攻撃を加える。左手では首を掴んだまま、右手では顔や腹を殴る。
奴も反撃してくるが、左腕を吹き飛ばされているために、分が悪い。
「ぐぁ……ハクハァッ……!!」
「後、数秒で落下だ。覚悟は出来たか?」
呻くバリス。形勢逆転とは、まさにこのことだ。風の勢いのために、髪や服が音を立てて暴れている。
「待て……これじゃてめぇも食らうぞ!」
「そんなの、承知の上だ!」
俺ならば、無限収納室に大量に回復薬がある。 死にさえしなければ、傷は治せる。
バリスも回復手段は持っている。左腕の切断面を止血した時、腰の骨が砕けた時、回復魔法なのだろうが、治していた。
それなら、治す気力さえ残らないほどに、叩きのめせばいい。指一本動かないほどに倒してしまえばいい。
「ほら、もう目の前だ」
「やめろ……!」
必死に中止を訴えてくる。このままいけば無事では済まないと示しているようなものだ。
そんなことが分かっていて、止めるわけがないだろう。
ほら、もう数瞬後にはぶつかっている。どちらにせよ、もう止められないさ。
「……歯ぁ、食い縛れよ」
地面に衝突する直前、俺は、呟くようにして言う。自らは笑いながら。
……そして。
大きな爆発音、盛大に舞った砂煙。俺単体で落ちた時よりも、遥かに勢いが強かったために、それらは1人のときとは比にならなかった。
地から天に翔けた、黒い流星。それと同じ日に、天から地へと、青白い光を放つ一回り大きな何かが落ちたとか。




